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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第5章 日没、あるいはソード・ビーチ
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6月6日 午前2時半 ツールコアン市(ドイツ第15軍司令部)


 第15軍司令官・ザルムート大将は、1940年の夏、ボック元帥のもとでB軍集団参謀長としてフランスにいた。そのころ隣のA軍集団には、新編成の第7戦車師団を率いた新米少将がいたはずだが、ザルムートには個人的な印象は薄かった。その歩兵上がりのロンメル少将は元帥となって、いまザルムートの直属の上司となっていた。


 ロンメルのB軍集団はザルムートの第15軍とドルマン大将の第7軍から成っており、両者はオルヌ川を隔てて東西に軍管区を分かっていた。カレー、ディエップ、ルアーブルといった上陸の適地を抱える第15軍は第7軍よりずっと強力であった。


 ザルムートは昨夜のBBC放送での上陸作戦開始の合図を信じた口で、B軍集団の指示を待たずに隷下の第15軍には警報を発してしまっていたから、ロンメルの警報を聞いてもそれほどの驚きはなかった。かといって、無線傍受の報告を無視された怒りも涌かなかった。「カサブランカのスパイによれば本日連合軍は上陸作戦を開始」というような不確実な情報は毎日のように情報主任参謀の机の上に届くし、それを信じるかどうかは司令官の個人的責任なのだ。他の国は知らぬが、ドイツ軍では。


「第346歩兵師団を第7軍管区に出動させてもよいと考えるが、どうだろうか」


 彼はシュパイデルに聞き返す。第346師団はカーン市の東の内陸部に控えている。第15軍は第7軍に比べて重視されているので、海岸に1列に並べた師団の他に、すこし2列目がいる。2列目の中でいちばん第7軍に近いのがこの師団であった。


「第346歩兵師団の件だが、まだ侵攻の全容が分からない。行く先を定めず、移動の準備を命じてくれないか。たぶんオルヌ川の東岸を引き受けてもらうことになる」


 また電話の声がロンメルに変わる。ザルムートは平静にぽつりと言う。


「上陸があると思いますか」


「空挺部隊だけでは無意味だ。それは彼らにも分かっている」


 わずかな語数で会話が弾む。


 ザルムートは有能な軍人だったが、政治に対しては職業軍人としての態度に終始して、NSDAP(いわゆるナチス党)への忠誠を示すことに余り熱心ではなく、人事でずいぶん損をしていた。西部戦線の将軍職はドイツに取って閑職で、いろいろな理由で主流をはずれた将軍達が非常に多かったが、その理由が政治的なものである場合、彼らはロンメルにとって有力な味方となった。軍事的な才能が損なわれていないと言う意味でも、もうひとつの意味でも。


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