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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第4章 はるかな土地で
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6月6日 午後2時 ベルリン

 ヒトラーはこのころ、東プロイセンのラステンブルクに大本営ウォルフシャンツェを置いていたが、1944年2月からはオーストリアのオーバーザルツブルグにある山荘ベルグホーフにOKW(ドイツ国防軍総司令部)のスタッフとともに移っている。ラステンブルクの大本営を空襲に備えて強化する工事が行われていたのである。


 ヒトラーがどこにいようと、ドイツの首都はベルリンであって、官庁や軍政関係の機関はここに残っている。ノルマンディー上陸の報に接して、どの機関もあわてふためいて対応を模索している。重要な地位にある人間が曖昧な理由で本来の居場所にいなくても、誰もとがめられる状況ではなかった。それをいいことに、ひそかに路上の車中で会合しているのは、陸軍総務局のオルブリヒト長官と予備軍参謀長のシュタウフェンベルク大佐である。


「ドイツの交渉の機会は失われたのではないかね」


「ドイツ国境までは、まだまだ距離があります。取引の機会はあるはずです」


 オルブリヒトが尋ね、シュタウフェンベルクが答える。年齢や地位と、役回りが逆転していた。シュタウフェンベルクが、このヒトラー暗殺計画の中心人物なのである。


「他の将軍はまだついてくるだろうか」


「大丈夫です」


 あなたがついてくればね、という皮肉をシュタウフェンベルクは飲み込んだ。


 シュタウフェンベルクらのクーデター計画には、ごく少数の中心人物と、曖昧な位置づけの多数のシンパがいた。シンパたちは、計画の作り出す状況を曖昧に提示されていて、その場合に大同団結することを意思表示していた。その状況の提示のされかたは千差万別であったが、煎じ詰めるとこういうことである。もしヒトラーが死んだら。


 ヒトラーを逮捕ないし暗殺する試みは、1938年のミュンヘン会談時に遡る。チェコスロバキアへの領土要求を巡ってドイツとイギリス・フランスが対立したため、ドイツ陸軍の一部がヒトラーを逮捕して危機を救おうとしたのである。このときの計画はイギリスの意外な譲歩のために実行されなかったが、以来、多くの顔ぶれが入れ替わっても反ヒトラー派の連携は緩やかに保たれていて、幾人かは暗殺実行一歩手前まで行った。シュタウフェンベルクは、現在の運動の中心人物であって、単なる殺戮と化した東部戦線に深い絶望を抱いて運動に参加した男であった。


 シュタウフェンベルクの上司である予備軍司令官のフロムは、少なくともシンパではあったが、中心人物に数えて良いかは難しいところであった。この陰謀は証拠を残さないことを重視して進められていて、荷担したと言う証拠を握られているわけではないので、高官になるほど態度が曖昧になる傾向があったのである。シュタウフェンベルクはフロムの参謀長として、偽戒厳令を敷くのに十分な権限を持ってはいた。しかし……


「工事の進捗から言って、ヒトラーはもうしばらくラステンブルクには戻らないでしょう。とするとベルグホーフで実行することになります」


 シュタウフェンベルクはメルセデス・ベンツのエンジンをかけながら言った。


「君はベルリンに飛んで帰って、必要な命令が下されるよう監督することになるのだね。そこが問題だな」


 オルブリヒトは心配そうである。


 '''あなたが信用できたら、ずっと楽になるんですけどね。'''


 シュタウフェンベルクが視線に込めたメッセージは、オルブリヒトには届かなかったようだった。


 メルセデス・ベンツは走り始めた。はるかフランスを、海岸目指して走るロンメルのメルセデス・ベンツのことを、このふたりは知る由もなかった。ふたりの運命に、フランスでのロンメルの挙動は大きく関わっていたのだが。


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