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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第4章 はるかな土地で
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6月6日 午前10時 ポーツマス(SHAEF前進司令部)


 連合国欧州遠征軍最高司令官・アイゼンハワー大将は、イギリス爆撃機軍団司令官・ハリス大将、そしてアメリカ戦略空軍司令官・スパーツ中将からの抗議を続けざまに聞かされてうんざりしているところであった。抗議の内容は同じで、連合国欧州遠征軍空軍司令官・リー=マロリー中将が、彼らの重爆撃機を上陸地点至近の目標に再び振り向けたことに対するものであった。


 スパーツとハリスはそれぞれの国での同じ分野の開拓者であったから、反目はしても最後には相通ずるものがあった。ところがリー=マロリーとなるといけないのであった。ハリスは”ブッチャー(肉屋)”の異称を甘んじて受け、多数の部下を失いながら、ドイツの都市と民間人への夜間爆撃を断固として推進していた。スパーツもまた、部下を死傷率の高い任務に送り出し続けていた。今まで大きな犠牲を払って推進してきた目標から彼らの部下を引き離して、鉄道網などと言うつまらない目標を狙わせただけでも迷惑至極なのに、今朝はそれさえ取り消して、上陸地点の戦術目標の確保を手伝えと言うのである。


「そのうち我らが空軍司令官閣下は、重爆撃機に機銃掃射をやらせようとなさいますぞ」


 ハリスはアイゼンハワーに激昂してみせた。


「ここはこらえてくれんか……海岸の状況は深刻だ」


 エリート街道をはずれたことのないアイゼンハワーは、常に周囲の期待に応える男であった。彼は嫌われることに耐えられなかった。「孫子」は「潔きは辱められ」と廉潔すぎることを将帥の5つの危険のひとつに数えているが、アイゼンハワーはまさにこうした弱点を持っていた。


 結局アイゼンハワーは、ハリスをなだめて愚痴を聞いてやることしかできなかった。海岸の状況は深刻である。少なくとも第21軍集団司令官・モントゴメリー大将の報告ではそうである。モントゴメリーの率いる軍集団には上陸する陸上部隊のすべてが含まれていたから、上陸に関しては彼が事実上の陸軍司令官であった。もっともアイゼンハワーもモントゴメリーとは北アフリカ以来のつき合いで、彼がドケチであることにはとうに気づいていて、戦況を話半分に受け取ってはいたのだが。


 ハリスがどうやら機嫌を直して帰ったすぐ後、アイゼンハワーの参謀長・スミス少将が、さっき論難されていたリー=マロリー中将の来訪を継げた。


「お会いになりますか」


「もちろん」


 アイゼンハワーは疲労を顔に出すまいと努めていたが、スミスは上官の弱点を正確に理解していた。アイゼンハワーが暖かく全軍を包む一方で、スミスは顔色一つ変えずに補給半減の通告を発し、将官の首を斬り、喧嘩で仲間を殺害した兵士の処罰についての決裁書類をまとめる。そういう分担であった。


 アイゼンハワーは有名なにやにや笑いでリー=マロリーを迎えた。アイゼンハワーの顔の上半分には髪の毛も含めて何もない。眉は目尻にかけてつり上がり、口は幅広い。異相と言って良い。しかしこの顔は、彼が魔法を一つ唱えると、愛敬のある歓迎の笑顔に変わるのである。


 挨拶もそこそこに、リー=マロリーは用件を切り出した。


「じつはモントゴメリー大将閣下の支援要請があまりに過大なので、困っているところなのです……どうされました」


 アイゼンハワーは明らかに忍耐力の限界を試されていて、激怒が顔を出たり入ったりしていた。スミスが口を挟む。


「最高司令官はお疲れです。手短にお願いいたします」


 結局リー=マロリーは、事実上話を聞いてもらえずに退散した。



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