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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第3章 ゴールド/ジュノー・ビーチ
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<学生のレポート> 1944年6月当時のドイツ軍ジェット機開発状況


 ドイツ最初のジェット機の飛行実験が成功したのは1939年のことである。この時期から1944年まで、ドイツの航空機開発は優先順位の管理がおろそかであったし、ジェット機にはそのポテンシャルにふさわしい順位が与えられていなかった。これらの多くは人的要因、つまり優先順位を管理すべき高官の情実人事・牽制人事と高官の新知識の欠如、そして戦訓をフィードバックする姿勢の不足によるものであった。しかしジェット機固有の技術やシステムが数多く未知の問題を含んでいたことも、また事実であった。


 まず、エンジンの耐用時間の問題があった。ジェットエンジンはそれまでのエンジンでは考えられない高温・高圧に耐えなければならないため、使用する材料から細かい気流の制御に至るまで未知の部分が多く、それらはエンジンの極端に早い摩耗に現れていた。試験機がごく短時間滞空することと、戦闘機が連日数時間の出撃に堪えることの間には、ライト兄弟とリンドバークほどの差がある。その差を国際協力なしに数年間で駆け抜けようと言うのであるから、これがすでに並大抵ではない。


 加えて、戦闘機の性格も位置づけが困難であった。当時テストされていたのはメッサーシュミット社の戦闘機とアラド社の爆撃機であったが、戦闘機のほうは機首に30ミリ機関砲を4門装備している。一見きわめて強力、と映る。しかし、こんな大きな機関砲は弾丸も大きいから携行弾数が制限される。その少ない弾数を4門で分け合えば、機関砲自体が分捕るスペースで減る弾数もあるので、すぐ弾切れになってしまうのではなかろうか。その疑問への答えは、この戦闘機は重爆撃機の迎撃用なのだ、と言うことである。上昇力と高速を利して襲いかかり、一瞬のチャンスに4門の機関砲をフルに使って多数の30ミリ弾を頑丈な重爆撃機に撃ち込んで、さっさと離脱する。こうした装備はそうした戦術と不可分に結びついていて、決して万能の無敵機と言うわけではなかった。


 テストの結果を通じて、このジェット戦闘機は、戦闘機との戦闘では多くの困難が予想されていた。エンジンが不安定で、急加速・急減速をするとエンジンが止まってしまうことがある。ゆっくりスロットルを操作しなければならないために、離着陸のときには長い直線コースを辿らざるを得ない。この間に攻撃を受ければひとたまりもない。いったん飛び上がれば高速なので確かに目標としては当てにくい目標だが、自分の弾も当たらない。転換訓練には長時間を要すると見られていた。また、戦闘中に無理な機動によってエンジントラブルが誘発されることも十分考えられた。


 ヒトラーは5月末に、このジェット戦闘機にかねて命じておいた爆弾架が装着されていないことを知って激怒した。ジェット戦闘機が本格的に投入されたのはそれからほとんど半年経ってからであった。このふたつの事実をつないで、ヒトラーがジェット戦闘機の登場を半年遅らせた、と書いている書物が多い。しかし実際には、爆弾架は相対的に大きな問題ではなかった。ドイツ空軍ではもっと大きな改造を、現地改造キットを配ることで解決している例がいくらもある。例えば大戦初期に、航続距離を伸ばすために当時の主力戦闘機の機関銃が2門から1門に減らされた。これを戦闘力の低下だと嫌うパイロットのために、翼下に追加の機銃を釣り下げるキットが配布された。


 もちろん増設された爆弾架が役に立ったとはあまり考えられない。上記の機銃増設パックも実際使ってみると運動性がひどく低下するので、ほとんど利用されなかった。しかしヒトラーが仮に「余は純粋な戦闘機を欲する」と叫んだとしても、それはエンジンの耐用時間を伸ばすために夏中続けられた努力を後押しする役にはあまり立たなかったであろう。また、このジェット戦闘機は機銃掃射をごく短時間しか続けることが出来なかったし、連合軍戦闘機との戦闘になれば大きな損害を出したであろう。そして、いかにもありそうなことだが、ヒトラーが新兵器の捕獲を嫌って低空への進入を禁じたら、高空用の精密照準器を装備していない戦闘機ではほとんど爆撃の効果は望めなかったであろう。


 しかし、ジェット戦闘機に関する過大評価と、それに基づく可能性の追求は、歴史的観点からは興味あるものであり続けるであろう。なぜなら、その過大評価は、ヒトラーその人が持っていた幻想であったからである。この幻想は連合軍の諜報網を通じて、アイゼンハワーをはじめ幾人かの連合軍将帥を悩ませたと言われており、現実への影響もまったくなかったわけではない。


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