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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第3章 ゴールド/ジュノー・ビーチ
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6月6日 午前8時 ロシュ・ド・ギヨン(ドイツB軍集団司令部)

「行ってくる」


「困ります」


 ノルマンディーへ督戦に出ようとするロンメルとシュパイデルは押し問答を続けていた。


「OKW予備を解放して頂くのが先です」


 第12SS戦車師団と戦車教導師団は公式にはOKW(ドイツ国防軍総司令部)の直轄部隊のままB軍集団管区に駐屯しているから、戦闘になっても指揮権がない。OKW作戦部長・ヨードル上級大将がヒトラーの命令なしに指揮権を移動させることを渋っているのである。西方軍のルントシュテット元帥はこの非常時におけるあまりの杓子定規に、ヨードルへの嘆願を参謀長のブルーメントリット中将に任せきってふてくされてしまった。任されたブルーメントリットも困ってしまって、シュパイデルを通じてロンメル元帥を動かそうとしているのであった。


 ヨードルは決して凡庸な男ではないが、事務屋だ、とロンメルは思っていた。軽重判断はヒトラーがする。ヨードルはほとんどの場合、自分の裁量を極小にして、各戦線にはヒトラーが認めるぎりぎりの戦力しか送らなかった。来週もヒトラーは何かを思いつくだろうし、そのとき「重視」された戦線に送るべき兵力を残して置くのがヨードルの才覚であった。


 ヒトラーは普段は直言を嫌ったが、ときどき率直な意見を聞きたがる精神状態が訪れる。そのときに思い切った判断を述べると信頼が厚くなるのだが、そのときのヒトラーの言質を後から言い立ててはいけない。このあたりの機微をヒトラーの側近は心得ているが、その筆頭と言えるのがヨードルであった。ヨードルは責任を取らない。責任を取らない故に戦功もない。ヒトラーの信任がヨードルのすべてであった。


 ヨードルはヒトラーの信任が頼りであるため、ヒトラーの覚えのめでたいロンメルには冷たい。ヒトラーは言いたいことを言うロンメルに辟易することはあっても、総統護衛の責任者として旧知のロンメルの言い分をかなり認めて、それなりの言質を与えていた。大先輩元帥の統括する西方軍との交渉でロンメルはそれをしばしば活用した。ヨードルに取って、良い兆候ではなかった。ロンメルもそれを感じていたから、自分が言っても無駄なものは無駄だと思うのである。


 ディートリッヒ大将からの電話が押し問答に割り込んだ。第12SS戦車師団の主力はすでに偵察大隊援護のため出動している、と言うのであった。


「師団の一部と言えども、すでに戦闘に巻き込まれておるのだ。総統に話してみよう」


 ディートリッヒは政権奪取以前からヒトラーの長年の盟友であって、この人物の目からみればヨードルなどは今出来のお小姓であった。


「助かる」


 ロンメルは心底助かっている。これで前線へ行ける。


「最初の1日が決定的だ。連合軍を海岸へ押させてもらいたい」


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