7月11日 午後6時 マーリニー村(サン=ロー市西10キロ)
ビットマンのタイガーは、最後の僚車の残骸を盾に、そろそろと離脱を図っていたが、アメリカ軍はそれを許してくれそうになかった。タイガーに対しては数台で散開して、必ず1台は装甲の薄い側面・背面から攻撃する、という戦術が定着していたのである。
残弾わずかに2発。それでもビットマンは脱出路を探した。戦車戦の最中に降伏など、実際問題としてできるものではない。
「3時、敵戦車」
ビットマンは、側面に回ったアメリカ戦車を先に射てと命ずる。砲手と装填手が懸命にハンドルを回し、煤の混じった黒い汗が飛び散る。タイガーの巨大な砲塔は、手動のウォームギアで回転するのだ。
だめだ、間に合わない。
聞き慣れた射撃音とともに、側面の戦車が砲塔を吹き飛ばされた。背後から別のドイツ戦車が4台、重々しく迫ってくる。アメリカ戦車隊は後退して行った。ビットマンはハッチを開ける。
「助かった。君たちはどこの部隊だ」
新来の戦車からも人が出てきた。
「ダス・ライヒ師団です」
第2SS戦車師団”ダス・ライヒ(帝国)”は、ノルマンディー上陸後すぐに増援として南フランスから移動を開始したのだが、レジスタンスの徹底的な移動妨害のために、7月になってからやっと戦線に到着してきたのである。
「もしや、ビットマン大尉ではありませんか」
「そうだ」
相手の戦車長の唇がすぼまった。戦場の騒音で聞こえなかったが、口笛を吹いたに違いない。後続車両のハッチが一斉に開く。みんなビットマンが見たいのだ。
「すまないが後退する。残弾がない」
「任せて下さい。お分けできればいいんですが」
タイガー戦車の主砲は、一般のドイツ戦車よりも大口径なので、弾薬の互換性がない。
「我々も夜の間に撤退します。お気を付けて」
ビットマンは、大戦最後の戦闘を終えて、ごろごろと後退して行った。




