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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第13章 クロス・カウンター
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7月11日 午後4時 ベルヒデスガーデン(ヒトラーの別荘)


 奇妙なことになった。グデーリアン上級大将はベルヒデスガーデンには何度も来ていたが、今日ほど椅子をふかふかに感じたことはなかった。柔らかくて、基礎がない。


 グデーリアンはドイツ戦車部隊の創業者的存在であり、ヒトラーと対立して一度は現役を退いたが、現在は戦車兵総監として戦車生産・要員訓練といったバックアップに豪腕を振るっている。


 6月30日に、陸軍総司令部(OKH)のツァイスラー参謀総長は東部戦線の指揮を巡ってヒトラーを怒らせ、無期限病気休職とされてしまった。このOKHは陸軍全般を指揮するものであるべきところ、既成の陸軍将校団を嫌うヒトラーの思惑で権限を削られ、その指揮権は東部戦線に限られていた。ともあれ、その後任はいまだに発令されていない。従って、この重大時に、東部戦線には陸軍司令官がいないのである。


「総統の命により、貴官を陸軍参謀総長事務取扱に任じる」


 ヨードルは重々しく告げた。ツァイスラーは休職なので、後任ではなく事務取扱である。


「承知しました。もしよろしければ、総統閣下に早速ご裁断頂きたいことがあるのですが」


 グデーリアンはおよそ政治好きな人物ではない。この場合も、ごく実際的な用向きがあってのことであった。ソ連軍が大規模な攻勢に出ていて、ドイツ軍は押されに押されているのである。


「総統閣下は先頃の事件で負傷されている」


「では、私は事務取扱としての自由裁量を与えられているのですね」


「そうではない。OKWの一般的指揮に服してもらう」


「その一般的指揮の原則を総統閣下からお示し頂けないなら、私は任務を果たすことが出来ません」


 ヨードルは苦り切った。


「よろしい。過去の総統命令に反しない範囲で、貴官の命令権を自由に行使せよ。それでよいか」


「はい」


 グデーリアンは早足で歩き去った。ヨードルの気が変わらないうちに、大規模な撤退命令を出してしまおう。新しい防衛線はポーランド国境か、それとも……


 待て。なんのことはない。ベルリンは、いま反乱軍に占領されていると言うではないか。


 グデーリアンは、手遅れにならないうちに、自分の仕事が始められることを願った。それ以上に重要なことは、グデーリアンには思いつかなかったのである。


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