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狐の住む岸辺  作者: マイソフ
第13章 クロス・カウンター
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7月11日 午後4時 ロシュ・ド・ギヨン(ドイツB軍集団司令部)


 ラジオを傍受したパリでは混乱が起こった。ヒトラーが生存しているのではないかと言う疑念がにわかに広まって、反乱の深間にはまりこんでいない部隊が逡巡を始めたのである。


「至急ロンメル元帥にパリにお出かけ願い、ラジオで将兵に呼びかけて頂きたい」


 ブルーメントリット参謀長は、B軍集団司令部に電話で懇請した。


 ロンメルは、ディートリッヒを伴って、直ちに出発することにした。最初は護衛なしで出発し、道半ばでパリから急行したシュツルプナーゲル軍政長官の保安大隊が護衛につく。シュパイデルは丸腰での出発に反対したが、ロンメルは一笑に付した。


----


「あれは?」


「ロンメルよ」


 パリへと続く田舎道で、シモーヌは断定した。何の変哲もない軍用車だが、赤と白の二重縁取りのついたチェッカー柄の旗をつけている。あの旗をつけている車は、ドイツ国境のこちら側では3台しかない。軍集団司令官の乗車を示すのである。


 突入計画はおじゃんだ。もしパリに行かれたら、厳重な護衛がつくに違いない。アンドレは一瞬で決断した。


「行くぞ」


----


 イギリス製の短機関銃がうなりを立てる。先導するサイドカーの士官が体を折ってころがり落ちる。ロンメルの乗用車は急停車すると思いきり後進をかける。後衛のサイドカーは車載の軽機関銃を射つ余裕があった。2人のレジスタンスが倒れる。しかしシモーヌの狙撃で、機関銃手とドライバーはあえなく絶命する。主のいないサイドカーはレジスタンスめがけて突っ込んで行く。


 SSの将官は、レジスタンスの標的になりやすい。ディートリッヒは、たった4人ではあるが護衛の乗った乗用車を連れてきていた。2台のサイドカーは、4人が路肩に伏せる貴重な時間を稼いでくれた。サイドカーに気を取られた隙に、そのうちのひとりが手榴弾を投げた。ひとりが吹き飛ぶ。もうひとりは飛び出したところを一斉に射たれた。


 静寂が、戻ってきた。


「女か」


 ドイツ兵がシモーヌを蹴飛ばす。


「見慣れない銃だ」


 ロンメルがシモーヌの持っていた短機関銃に手を伸ばしたときであった。


「元帥!」


 繁みから立ち上がった大男がいる。誰かがロンメルを突き飛ばした。無秩序な銃声が響いて、やがて消える。


 ロンメルは起きあがった。ふたりが新たに倒れている。アンドレと……


 ディートリッヒ。


----


「私は、こういう風にして、ヒトラーを何度も守ってきたのですよ」


「しゃべってはいけない」


 ディートリッヒは短機関銃を腹に数発浴びていた。乗用車に載せて、マン市の病院に運ばれようとしている。


 ディートリッヒは、ヒトラーが一介の遊説家であったころから、ヒトラーの個人的護衛を務めていた。無頼の親分であっただけに人情に通じている。


「元帥、聞いて下さい」


「もう静かにしなさい」


「いいや、あなたには政治が分からない」


 ディートリッヒは澄んだ目をしていた。


「ラジオでは、ヒトラーを批判してはいけません。ヒトラーを継ぐと言いなさい。ヒトラーの真の意志はこうだと言うのです」


 ロンメルはもう何も言わず、聞き入っている。


「あなたはこれからヒトラーの罪をすべて負わなければならない。あとひとつくらい嘘をついても、あまり違いはありませんよ。兵士はまだまだ、我が総統を崇拝しています」


 ディートリッヒは息を継いだ。


「彼を引き回しなさい……彼に正義を与えるのです……」


 意識が混濁しているらしく、主語がはっきりしない。耳を近づけていたロンメルは、やがて顔を上げた。


 ディートリッヒの運転手が、目に涙をためている。


 ロンメルは無言で、軍帽を脱いだ。


 7月の夕陽は、まだまだ高い。


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