7月11日 午後2時 ベルリン
「なぜワルキューレを発動しなかったのです」
「いや、その……」
「すぐに発動して下さい」
ベルリンに着いて、事態を把握したシュタウフェンベルクはひどく腹を立てていた。誰かが状況を整えなければ動き出せない、ひょろ長いエリートたち。
「ヒトラーは死んだのです」
シュタウフェンベルクは、自分もその場を確認する余裕のなかったことを隠した。
「放送局の占領はどうなっていますか」
「まだだ」
「早く!」
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ゲッペルス宣伝大臣は、OKWのヨードル作戦部長から電話を受けると、「どうなっているんだ」と叫んだ。ベルリンには様々な噂が乱れ飛んでいて、ゲッペルスはほとんどすべての知人から事の成りゆきを尋ねられる有り様であった。
「陸軍のクーデターだ」
ヨードルは言った。
「予備軍参謀長のシュタウフェンベルク大佐が、大本営に爆弾を仕掛けた。ゲーリングとカイテルは死んだ」
すでに犯人は特定されていた。大本営から出るときの挙動があまりにも不自然だったからである。カイテルはOKW幕僚総監で、ヨードルの上司である。
「総統は」
それが問題であった。
「生きておられる」
「声を聞かせてくれ」
「それはできない」
「なぜだ」
「一刻を争うのだ、ゲッペルス大臣。ラジオで総統の生存を放送してくれ。反乱部隊を寝返らせるのだ」
自らが優れた扇動家であるゲッペルスは、直観的に状況を見通した。同時に、決定的な一点を再発見した。
「総統はどうした」
「生きておられる」
ヨードルは引っかからない。
いいだろう。どっちみち、ヒトラー以外の命令を聞くつもりはない。
「わかった」
ゲッペルスは、ひとりきりの戦いを開始した。




