7月11日 午前11時 マーリニー村(サン=ロー市西10キロ)
マイヤーの隠れ場所からみても、道は壊走する歩兵で一杯であった。その人の群れを、イギリスの戦闘機が掃射して行き過ぎる。このあたりは森林と果樹園の多いところで、陣地と言うよりマイヤーたちが車両の隠し場所として使っていたのだが、そこへ避難民のように歩兵部隊が流れ込んで来ていた。マイヤーの若い部下たちも連戦と砲撃ノイローゼで幽鬼のようになっており、他人の不行状をとがめる気力は残されていない。
アメリカ軍はサン=ロー市の西側を突破して、サン=ローとバイユーを大きく包囲する計画のようであった。マイヤーの師団の歩兵連隊は見る影もなくやせ衰え、マイヤーの戦車とオルデンドルフの歩兵で合わせて1個師団、というのが実勢であったが、ここは生け垣、潅木、果樹園の錯綜するノルマンディーである。先に動きさえしなければ、大損害を与えることも出来よう。
「ヴュンシュ、攻撃指揮は任せる」
マイヤーは近距離用通信機にささやいた。
「了解」
周囲の戦車の砲塔が、一斉にウォームギアをきしませて回転を始めた。
キャタピラの音が、マイヤーの耳にも聞こえてくる。
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「ファルコンよりアルハンブラ・リーダー、1級道路の南側を掃討してくれ。そこにはまだ我々はいない」
「アルハンブラ・リーダー、了解」
「なにかね、それは」
観測士官は、いきなりパットン中将の来訪を受けてたじろいだ。
「空軍の戦闘機と連絡を取っております」
「直接か」
「はい」
「たまげたな」
パットンは心底驚いた。陸軍用のVHF通信機を戦闘機に詰め込んで安定した運用が出来るのは、この時点でアメリカだけであった。
笛を吹くような音に続いて、振動がパットンを襲った。
「アルハンブラ・リーダー、南側と言ったろう、南側と」
観測士官が怒鳴る。パットンは肩をすくめた。
「わしのジープを掃射せんでくれと、伝えて置いてくれ」
そう言い捨てて、パットンは次の訪問地に向かって行った。もっと前線に近い方へ。




