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最後の選択



「だ、誰か!」



 リコエッタは廊下を進み、階段を降りようとしていた。すると、丁度数人の騎士たちが、自分とは逆に階段を登っていっている姿が見えた。

 助かった。リコエッタは胸をなでおろし、彼らに救援を求める。


「助けてください、姉が私を襲ってきて――」


 すぐに、彼らの様子がおかしいことに気付た。

 彼らの目は赤く、生気を感じない。まるで先ほどアンジェが操っていた貴族の男と似たように。


「そ、そんな!」

 

 リコエッタは恐怖を感じた。

 先程の反応からして、これも姉の仕業だろう。

 ここまでして自分を殺したかったのか。

 私がそんなに憎かったのか。

 そんな重苦しい思いばかりが胸をつき、心臓は張り裂けそうな気持ちになる。

 騎士達はリコエッタを捕らえようと緩慢な動きで、こちらに向かって階段上ってくる。


 リコエッタは彼らから逃げるため、屋上に出る反対側の階段を上りだした。


 屋上にたどり着き、すぐさまその扉を閉める。

 周りを見渡して、今度こそリコエッタは一息ついた。


 屋上から出た先のレンガの屋根瓦は傾斜が酷く傾いており、操られている人間では追ってこれなさそうだった。ひとまずはこれなら安心できる。

 だが、これでは。


(けど、これじゃあ、逃げ場がない…お願いシオン。早く来て)


 リコエッタが屋上から下の街道を見ると、大勢の民衆が食べ物集まる蟻の様に、商館に集まり出した。


 それに、町のいたるところでのろしや何か叫び声のようなものがあがっていた。


 ここ以外も似たような状況なのだろうか。

 これでは、城からの救援も望みは薄い。そのことをよく理解できた。


 しかも、このままでは確実に追い詰められる。


 だんだんとリコエッタの焦りはおおきくなった。

 その時、カツカツと階段を一歩ずつあがる音が聞こえる。


 …きっと姉に違いない。

 確信めいたものがリコエッタにはあった。


 リコエッタは彼女から逃れようと屋根の端までバランスをとりながらよろよろと歩き、たどり着く。


 人が豆粒サイズの見えるほどの高さだった、ここから落ちたらひとたまりもないだろう。


 さらに隣の館まで軽く見ても、少なく見積もっても4メートルは離れている。

 とても普通の人間では飛び移ることは出来ないだろう。


 リコエッタの額にはいやな汗が出た。それも屋上に吹き荒れる秋風で、すぐに乾いていた。


「リコエッタ、ごめんなさい、遅くなって」


 それは、友人を待たせたことを謝罪するような軽い挨拶だった。


 扉がゆっくり開き、リコエッタはこともなげに現れる。

 彼女は普段以上に優雅な様子で、これから妹を殺そうとするとは思えない落ち着きようだった。


 アンジェは一歩ずつ屋根の上を歩いてくる。

 たまらずリコエッタはアンジェに叫んだ。


「どうして姉さん、なぜこんなことを!」

「なぜ、なぜですって。それはね、あなたがシオン様の心を奪ったからよ、本来ならあの人は私のものなの。あの人のやさしさ、あの人のぬくもり。あの人のすべて…私が手に入れるはずだった。でも、それももういいの。あなたを殺し私があの人の妻になるのだから。そして彼は生まれ変わるこの国の王様になるのよ」


「そ、そんなこと」

「そんなこと!?」

 アンジェはリコエッタがこらまで見たこともないほどヒステリックに豹変した。


 リコエッタはアンジェの異様な様子に恐怖する。

 姉がここまで感情を露にするところなんて今まで見たこともなかった。

 リコエッタの中では、姉はいつも優しい人だった。


「これがどれだけ重大なことか分かっていないようね…彼が王様になってこの国はとても素敵な国になるのよ。それに竜の力を受け入れれば皆が幸福で、1000年も続く王国が出来る。これから私達は誰も争わない幸せな国を作るの。彼と一緒に。そのために…まずはあなたが邪魔なのよリコエッタ」


 アンジェはポケットからナイフを取り出す。

 リコエッタは今にも逃げ出したい衝動に駆られた。


 だが、ここで逃げるわけには行かない。


 自分やシオンのためもあったが、それ以上に姉のアンジェが心配だった。

 今の彼女は狂気に取り付かれている。


 あれは本当の姉の気持ちじゃないはずだ。


 リコエッタは勇気を出し、アンジェの言葉を否定した。


「姉さんが言っていること全く意味が分からないわ。あんなふうに人がおかしくなるのが幸せだなんて思わない。それにシオンの気持ちはどうなるの?」

「……そんなもの後でどうとでもなるわ」

「本当にそう思っているの?」

「ふふ……まさに勝者の余裕ね。あなたにわかるの?私の気持ちが。愛した人にないがしろにされて、他のことなんてどうでも良かったのに!でも、貴方さえいなくなれば、貴方さえ!」


 アンジェの一振りで、リコエッタは屋根からずり落ちそうになる。慌てて足で屋根を蹴り、体制を立て直す。その衝撃でレンガが数枚ぼろぼろ落ちていた。そして音もなく地面にたたきつけられる。


 自分もすぐ、ああなるのだろうか。


 リコエッタの心を絶望がよぎる時、アンジェはリコエッタの胸倉を掴み、そのまま屋根瓦に押し付けた。


「いや!やめて姉さん」


 リコエッタの必死の抵抗もむなしく、アンジェが天にナイフを掲げる。


 ナイフの切っ先が輝いた。

 ナイフはそのまま、リコエッタをめがけ、振り下ろされた――





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