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第十四話 決意の時

 


 アンジェは先ほどの商人たちのやりとり終え、地下室から自室に戻ろうと廊下を歩いていた。


「…どうして?」


 アンジェは自室の前に意外な人物が立っていることに驚いた。


 シオンだ。


 先ほどの商人達との会話もあり、アンジェは落ち着かない気持ちでソワソワとしてしまい、歩みを止めた。だが、シオンはアンジェに気付き、彼女の方を振り向く。アンジェはなんだか気まずくて、目を合わせないよう視線をそらせた。


「シ、シオン様、こんばんわ」

「アンジェ様外に出ておられたのですか?実はスターチス嬢が来週晩餐会を開くそうです。ぜひ出席してほしいとお誘いがあり、自分が参った次第です」


 来週か…スターチスの行動の速さに、アンジェは怪訝な表情を浮かべる。


 先ほど、商人から仕入れた情報では、スターチスは近いうちに何か行動を起こす聞かされていたが、こうも早いとは…計画を早めなければならないが、こちらの準備はまだかかりそうなのにと、アンジェは気落ちしてしまった。


 加えて、アンジェまだ計画を実行するだけの覚悟は出来ていなかった。


「お伝え頂き、ありがとうございます。ぜひ私も伺いますわ。でも、どうしてシオン様がそれを?」

「リコエッタから、様子を見てこいと言われたんです。とても貴方の事を心配していましたよ」


 リコエッタの名前が出たとき、アンジェの胸は苦しくなった。もしもリコエッタが自分の名を呼ばなければ、彼は来るつもりもなかっただろうか。先ほどまで、彼が自室に来てくれたことで舞い上がっていたというのに。  


「そうですか。使用人をよこすだけでよかったのに」


 機嫌はすこぶる悪くなり、そっけなくアンジェは言葉を返す。


「俺も心配で見に来たんです。貴方に何かあったら……もしよければ、これを」


 シオンはポケットからハンカチに包まれた首飾りを出す。いかにも大事そうなもので、首飾りの中心部には大きなサファイアが埋め込まれている。

 宝石は角度を変えると輝く色が変わり、表面には不思議な光沢がされていた。


「これは?」

「我が家に伝わる首飾りですよ」


 アンジェの顔はパァと明るくなった。シオンが妹に言われたからここに来ただけではなく、こんな贈り物まで、持ってきてくれたからだ。

 同時に、すぐに表情を変えたことで恥ずかしさも覚えた。贈り物を渡されると聞いて急に機嫌を変えるような、現金な女だと思われたかもしれない。


 それがアンジェにはたまらなく恥ずかしかった。


「よろしいですか?とても大切なもののように見えますが?」

 アンジェは、まるでお姫様に王子様が手渡すような手つきで、首飾りを手渡された。


「ええ、いいのです。ぜひアンジェ様にお持ちになってほしくて。その首飾りの意匠は繁栄と長寿を意味するそうです。よろしければ触ってみてください」


 アンジェは首飾りを受け取り、埋め込まれた宝石に触れる。すると体が少しだけ軽くなった。疲れもとれた気がする。


「これは……エンチャントですか?」

「はい、特殊な魔術が仕込まれていてあなたを癒します。そこまで効果があるものではないので、疲れが取れたり、といった程度なのですが……私はあなたに幸福になってほしいと思っています」


 エンチャントとは、魔法を道具に付加し、様々な力を与える魔道具だ。魔法は一部の人間しか使えず、魔法を仕えない人間にとって貴重なものだった。


 それでも貴族のように金を融通できる場合は別だが。


 実はアンジェは、この首飾りよりも高級なエンチャントの加わった高級品を、貴族達からいくらでももらってきたが、やはり好きな人からのプレゼントに喜ばない人間はいない。

 きっと彼は私の体調が悪かったことを気にしてくれたのだと、まるで初恋の乙女のように、アンジェは喜んだ。


「あ、あの。よかったら、もう少し私の部屋の中でお話しませんか?」

「それはできません。お互い、皆に誤解されてしまいますよ。私たちは義兄弟になるんですから」


 きっぱりとそう、彼は答えた。

 笑顔のシオンを見て、アンジェは胸にぽっかりと穴が開いたような気分になる。


 絶望がアンジェを覆った。


 …あの笑顔は愛する人に向けたものじゃない。彼の言うように、家族だとか友人に向けるものだ。

 きっとここまま一緒にいても、彼にとって、自分は、愛する人の、その姉でしかない――


「そうですか、でしたら、私も部屋に戻ります。それでは」

「は、はい」

「あの一つよろしいですか?」

「どうしましたアンジェ様?」

「…何故リコエッタが好きなのですか」


 アンジェは声を振り絞り、俯いて聞いた。


「やはり気付いておりますよね」


 当然だ、でなければあの日、彼が城に訪れた時、自分ではなくリコエッタをわざわざ指名する必要はないはずだ。


「昔、彼女が子供の時、私の父の領地にいらっしゃったことがあるんです。その時は挨拶を交わす程度でしたけど、そのときの彼女の笑顔を見てその……本当に些細な出会いでしたが、私にとっては彼女に恋をするのに十分でした」


 照れくさそうに言うシオンを見て、アンジェは精一杯の笑顔を作った。


「そうですか…私ももう寝ますね。おやすみなさい」

「はい、アンジェ様」


 シオンは振り返り、泊まっている客室に向かっていく。

アンジェは彼がすぐに去ってくれてよかったと思った。


 そうでなければ、自分の泣き顔を見せるところだったから。アンジェの目頭が熱くなる。目じりが振るえ、今にも涙が出てしまいそうだった。


(……やはり、シオン様。あなたの心は私に向いてはいないのですね……それでも私はあなたがほしいの…いえ、絶対に手に入れて見せる。どんな手を使っても…ああ、自分の気持ちも偽ることが出来れば、こんなに苦しまなくてすむのに)


 そして、アンジェはその日決断を下した。





 運命の日まで、もうまもなく。




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