心を躍らせる
婚約披露の日が来た。
いつものそばかすを消し、いつもは一つに結ばれている亜麻色の髪をハーフアップにして花を散らし、薄化粧を施されたリネットは間違いなく地上に現れた妖精だった。先日母アレクサンドラから直接リネットに譲られたアクセサリーとキースの色のドレスを纏った彼女の美しさに、自分の審美眼の確かさを確信し、言葉の限りを尽くした賛美を送る。今日はロブウェル公爵家での夜会になるため、リネットと本邸に来て準備をしている。
ずっと見守ってはいたが、リネットとキースが交流するようになってから、キースはリネットのほんの些細な表情の変化がわかるようになっていた。褒めちぎられ、一瞬困ったように目尻を下げたが、耳の先が赤いのでこれは照れているのだろう。コーラルの口紅が塗られた小さな唇は引き結ばれているが、緊張しているのだろう。
リネットが可愛過ぎて、このまま別邸に引き返して閉じ込めてしまえば、婚姻式まで安心できるかととろける笑顔の下で物騒なことを考えていると、ノックの音がきこえてきた。
「お兄様ーお義姉様ー!」
元気な声と共に入ってきたのは、末の妹リリベルだった。母のアレクサンドラによく似た赤みを帯びた髪に、クリクリと愛らしい大きな青い瞳で、人懐こく明るく愛され上手の肉親の欲目を抜きにしても美少女だ。今日はリリベルも参加するため、リネットと同じハーフアップにし、モスグリーンの可愛らしいドレスを着ている。髪型はリネットと同じにすると聞かなかったのだ。本来ならばまだデビュー前なので夜会には参加しないのだが、末娘に甘々の父が、身内の祝い事であり特別に自分の目の届くところにあることを条件に許可していた。
「リリー。淑女のふるまいは?」
「そうでした!お兄様、お義姉様、ごきげんよう。」
軽くたしなめると、パッと姿勢を正したリリベルは美しい所作でカーテシーをした。しかし、天真爛漫な末っ子は、すぐにいつもの調子に戻り、リネットを褒めちぎる。
「さすがお義姉様です!亜麻色のサラサラの髪にたくさんの花があしらわれて素敵です!お肌も白くてキメが細かいので明るいブルーの生地と乳白色の真珠がとてもお似合いですわ!背筋もピンと伸びてお義姉様の清楚な雰囲気にピッタリです。」
我が妹ながら称賛の語彙力に驚かされる。13歳と言えど女性なのだろう。目の付け所がやたらと具体的だ。
「お兄様、お義姉様から離れてはダメですよ!こんなに綺麗な人、悪い人に捕まったら連れ去られてしまいます!」
「当たり前だろう。」
「ああ!それでも心配です!お兄様がどうしてもダメな時はリリーがおそばにおりますわ」
「今日は私たちの婚約披露なのだから、離れるわけがないだろう?私がずっとそばにいるから大丈夫だ。」
それに美少女具合で言えば、現実的に近衛として訓練しており反撃のすべを持つリネットよりも、何の反撃手段も持たないリリベルの方が危ない。
「私はこれでもそれなりに強いので大丈夫です。」
恥ずかしさからか大人しかったリネットが口を開いた。
「ええ。でも、どこにどんな輩がいるかわかりません!お兄様から離れないでくださいませ。」
本気で心配しているらしいリリベルの勢いに押されたのか、苦笑しながらリネットが了承した。わずかではあるが表情を動かすことが増えてきたリネットに、キースの心も躍る。
前に贈った髪飾りは、毎日勤務の時につけてくれているとキャサリンから聞いている。別邸にはリネットと2人で商人を呼び寄せて選んだ調度品が少しずつ増えている。リネットの部屋には、彼女の心を動かしたものが少しずつ増えて、落ち着いた中にも可愛らしい雰囲気が出ていた。
(こうやって少しずつ彼女を取り戻していこう。)
彼女が今までの人生であきらめてきたことを取り戻していくのだ。
するりとリネットの手を撫でれば、キースを見上げたリネットがわずかに微笑んだ。
「さて、私はお邪魔でしょうから、先に会場でお待ちしていますわ。」
敏感にこちらの機微を察知した末っ子は、笑顔で家族の待つ談話室へと戻っていった。
「貴女が素晴らしい騎士なのは知っていますが、リリーの言うとおり私から離れないでくださいね。」
「キース様は心配症です。」
「そんなことはありません。誰でもこんな貴女を見たら同じ心配をするでしょう。」
「そんなことはないと思いますが…。ただ、社交の経験は少ないので、そばにいてくださるのは嬉しいです。」
「助かります」ではなく「嬉しいです」という心情を表す言葉を使ったリネットにキースは心の中で狂喜乱舞する。
(そのうえ今日はリネットを返さなくていいだなんて最高だ…)
婚約式の準備もあって、リネットは今日を含めて3日の休暇を許可されている。流石に別邸に泊まるのは家族から止められたが、3日目には2人で市中を散策する予定だ。
(早く王宮になんて彼女を帰さなくていいようになればいい。このままずっとここにいればいい。)
何かの形に動いたリネットの唇を奪おうとしたところで、ノックが聞こえ、会場への移動が告げられた。




