見えない気づかないわからない
リネットは小さく息を吐いた。ウエストを細くみせるためのコルセットは、普段着慣れないぶんリネットの精神を削る。
「リネット、ようこそ。」
何度も騎士服のままきたロブウェル家の別邸に、今日はデイドレスをまとってリネットは訪れた。
「今日はいつにも増して美しいですね。いつもの凛とした騎士服姿も素敵ですが、今日のドレスはリネットの可愛らしさをとてもよく引き立てていて、とても美しい。」
玄関で出迎えたキースは満面の笑みでリネットを褒め称えた。普段なら女らしさもない自分を揶揄っているのかと思うところだが、このそれなりの期間の付き合いで、キースは大真面目だとわかる。
近衛は休みも少なく、いつも近衛の詰所から屋敷に来ていたが、初めて休暇の日にキースから茶会の招待を受けた。となると、いつもの騎士服ではまずい。久しぶりに実家の侯爵家に帰り、滅多に開かないクローゼットからドレスを選んできた。リネットの乳母だった侍女が、嬉し涙を流しながらそのドレスを着せ付けてくれ、ここにきたのだ。ふだんは邪魔なのでひとまとめにしてある薄茶色の髪も、侍女たちの手によって美しくハーフアップにまとめられ、花を模したピンを至る所にあしらわれた。幸い父にも母にも会わずに家を出ることができた。
キースは笑顔でリネットの前に来ると、これもまた珍しく薄化粧を施されたリネットの額に優しく触れるだけのキスを贈った。まるで愛し合う恋人同士のような親密な仕草に、リネットは未だ慣れないでいる。そのままよく日のあたるサロンに案内され、お茶会がはじまった。とはいえいつも通り2人でのお茶会だ。リネットがドレスである以外は変わらない。
不思議なほどにいつもリネット好みのお茶とお菓子をいただいていると、執事が何やら恭しく持ってきて、キースに渡した。キースはそれを受け取ると、すっと立った。すかさず使用人がリネットの隣にキースの椅子を移動し、執事と共にサロンの外へと出て行った。キースが置かれた椅子に座る。
「リネット、どうぞこれを。」
先ほど執事が持ってきたリボンで装飾された箱を、リネットの手に渡す。
美しいリボンを傷つけないように恐々と包みを開けると、そこには透明度の高いブルーの宝石と、銀で出来ているのだろう花をあしらったダイヤをあしらった美しい髪飾りが入っていた。先日見た、商店に置かれていたようなものより遥かに高価だとわかる品だった。
「これは…」
「街では恋人に髪飾りを贈るのが流行だとききました。貴女に付けてもらいたくて作らせたのです。」
箱を持つリネットの手にキースは片手を添え、中に入っている髪飾りを取り出した。日の光を受けてキラキラと煌めくそれは、先日みた婚約パーティーのドレスにも、目の前のキースの瞳の色にも似ていた。
「恋…人…」
「はい。王命で決まった縁談ではありますが、私は貴女と心を通わせたいのです。いやですか?」
「…いえ、少し予想外のことでしたので驚きました。」
「後3ヶ月ほどですが、夫婦になる前に恋人らしいことをしたくて」
キースが少し恥ずかしそうに告げる。
「よかったら、会えない日もつけてくれませんか?」
つられて恥ずかしくなったリネットが小さく頷くと、キースは笑顔でリネットの肩を抱き寄せ頰にキスを贈った。
「どうしたの?!髪飾りなんて珍しいじゃない!リネット!!」
次の日、出勤したリネットをみて、ヴェルナが声をかけてきた。恥ずかしげに少し頰を染めるリネットに、ヴェルナはさらに驚く。
「頂き物だから。」
言い訳のようなリネットの言葉に、察したのだろうヴェルナが「ふぅん」と訳知り顔でリネットを見た。
「街で流行ってるものねぇ。恋人からの髪飾り。」
途端に周りにいた数人の同僚たちがリネットを見た。
「公子さまからの贈り物なわけね。」
顔を見なくてもヴェルナがニヤニヤしていることがわかるが、リネットはヴェルナを見ることができなかった。
「初めて見たわ。リネットのそんな顔。」
「そんなんじゃない。」
「そんな顔で言われてもねぇ。愛されてるじゃない?」
これ以上は何を言っても揶揄われると、リネットはヴェルナを置いて交代へと向かった。
「リネット…!!」
なぜか早番だったウリエルにも驚かれた。紫色に見える青い色の瞳を見開き固まっている。
「もう…みんななんなの…!」
恥ずかしさを隠しきれずリネットは珍しくボソリと声に出していた。




