魔女大血戦
カツミの声と同時に、場の空気が変化する。今やはっきりと感じられる、得体の知れない妖気。いつしか霧のようなものまで発生しているのだ……ガイは警戒心をあらわにし、ナイフを抜いて辺りを見渡す。
そんなガイの後ろから、忍び寄る者がいた。ニーナだ。ニーナは杖と細長い紐を握りしめ、ガイのそばに忍び寄る。
そして、紐を投げつけた――
「な、何だこれは!?」
ガイの体に巻き付く、細長い紐。両腕から両足に至るまで、しっかりと巻き付き、自由を奪う……ガイは倒れながらも懸命にもがき、外そうと試みる。しかし、ガイの超人的な腕力をもってしても外れない……。
「ガイ、てめえは大人しく見てろ。てめえの出番はな……帰ってからだ」
カツミの無機質な声。と同時に、霧がいっそう濃くなり――
霧の中から、何者かが姿を現した。長い黒髪の若い女だ……身体的な特徴は日本人のものである。顔や体格だけを見ると、ごく平凡な若い女だ。しかし……その体から発せられている妖気は凄まじいものだった。ニーナの顔が、みるみるうちに青ざめていく……。
「あんたが門番のレイコさんかい……まったく、とんでもねえ化け物だな」
感情の消えた顔で、呟くカツミ……同時にショットガンを構える。
だが、レイコと呼ばれた女は恐れる様子もない。冷たい表情で口を開く。
「あなた方も、こっちの世界に飛ばされて来たのね……申し訳ないけど、帰るのは諦めなさい。あなた方を通すわけにはいかない」
レイコの声は淡々としている。こちらを敵として認識していないようだ……。
だが、その時……ニーナが懐から何かを取り出す。短い棒のような物だ。ただし、透き通ったガラスのような材質でできている。
ニーナは、その棒を天にかざした。すると棒は光り始める……そして棒から放たれる魔法の力が、周囲を覆っていった――
それを見たレイコの表情が、僅かに変化する。不快そうな様子だ。
「魔法を封じるとは……フリントの仕業ね。あいつ、ふざけた真似を――」
レイコは言い終えることが出来なかった。カツミのショットガンが火を吹く……レイコはその衝撃でよろめいた。
だが、すぐに体勢を立て直す。同時に、レイコの体内から押し出されていく散弾。パラパラという音とともに、地面に落ちていく。そして、一瞬にしてふさがっていく傷口……。
「銃で撃たれたのは初めてだけど、けっこう嫌な気分ね……でも、こんな物じゃ私は殺せないわ。諦めて、さっさと逃げるのね……そうすれば、一人くらいは助かるかもしれないわよ」
だが、カツミはレイコの言葉を無視した。再度ショットガンを構え、そして撃つ――
その顔からは、人間らしい表情が消え失せていた。
カツミには忘れられない光景がある。
まだ、日本に来たばかりの時……公園で敷物を広げ、その上に座り仲むつまじくオニギリを食べている家族連れの姿。三人家族は、とても幸せそうだった。楽しそうに話し、嬉しそうに笑っていた。
カツミはその光景を見た時……人生で初めて、他人を羨ましいと思った。その光景から目が離せず、遠くからじっと見つめていたのだ……。
自分もいつの日か、あんな幸せを手に入れたい……そう、心から願った。
ずっと、普通の人間に憧れていた。
ずっと、平凡な幸せに憧れ続けてきた。
だが……この世界に来て、カツミは悟ったのだ。
普通であるはずの人間も、一皮剥けばヤクザやマフィアと大して変わりないのだということを。
平凡な人間が、正義という大義名分のもとに……弱者に対し、どれだけ残虐な仕打ちをするのかを。
オレは普通の人間として生きることは……もう、諦める。
殺人マシンとして……。
殺人マシンの誇りを持って……。
殺人マシンらしく、最期まで任務を果たす。
ヒロユキとニーナを、この世界から脱出させるために。
そして、ガイとチャムとリンと……産まれてくる子供に、幸せな生活をさせるために。
あの時に見た、公園にいた家族連れのように……。
そう、果たせなかった自分の夢を、そして幸せを……ガイに託す。
カツミは氷のような表情で、ショットガンをぶっ放す……しかし、レイコは僅かによろめくだけだった。またしても散弾は体内から押し出され、地面に落ちていった。そして、傷口は一瞬でふさがっていく。
だが、カツミは攻撃をやめない。ショットガンの弾丸を込め直し、引き金を引く……ガイのわめき散らすような声が、かすかに聞こえてくる。だがカツミには、その声は聞こえても……言葉は届いていなかった。まるでマシンのように、淡々と同じ作業を繰り返すカツミ……。
レイコは、そんなカツミを憐れむような目で見た。
「あなたにはわからないの? あなたでは、私には勝てない……」
そんなことはわかっている。
初めから、百も承知だ……。
だが、カツミの任務は勝つことではない。
時間を稼ぐことだ。
殺人マシンとして、与えられた任務を最期まで全うする。
「クソがぁ! ニーナ! さっさと外しやがれ! オレにも戦わせろ――」
「いい加減にしなさい」
タカシの静かではあるが、迫力を秘めた声……さしものガイも黙りこむ。
「ガイくん……カツミさんは君とチャムを守るために命を張って戦っているんです。君は黙って見届けなくてはなりません」
カツミはショットガンを投げ捨てた。弾丸切れだ……ベルトに差していた拳銃を抜き、両手で構える。
レイコは呆れ果てたような顔になった。
「何を考えているの? 無駄だということはわかったでしょう?」
確かに無駄だ。
並みの人間ならば、すぐに逃げ去っているだろう。数十発の散弾を撃ち込まれたにもかかわらず、平然としているレイコ……ニーナが魔力を封じているとはいえ、それでも絶望的な戦力差なのは理解できる。
だが、カツミは拳銃を撃った。
レイコめがけ、ありったけの弾丸を撃ち込む――
「もう、止めなさい」
言葉と同時に、レイコが動いた。恐ろしい速さで、一瞬にしてカツミとの距離を詰める。
そして、カツミの胸を突いた。
次の瞬間、後ろに吹っ飛ばされるカツミ……百キロを超える巨体が、若い女の一撃で軽々と宙を舞ったのだ。
カツミは地面に叩きつけられ、思わずうめき声を洩らす。全身に走る激痛……あばらは数本折れただろうか。叩きつけられた衝撃で、内臓もどこかイカれたかもしれない。
だが激痛を無視し、カツミは立ち上がる。
そして……腰の日本刀を抜いた。
日本刀を構え、じっとレイコを見つめる。
その瞳には、一切の感情が無かった。
「あなたは……死ななければわからないようね」
呟くと、レイコは再び間合いを詰める。カツミは日本刀を降り下ろすが――
レイコは素手で、日本刀の刃を受け止める。そして、刃を握りしめた途端――
刃が砕けた……。
だが、それだけでは終わらない。レイコは日本刀から手を離し、またしてもカツミの胸を突いた。
だが、今度は突き方が違う。指を真っ直ぐ伸ばした形――空手の貫手の形である――で、カツミの胸を突いたのだ……。
レイコの手は、カツミの体を貫いた。
だが、それでもカツミは戦いをやめない。レイコの髪の毛を掴み、頭突きを叩き込む。
何度も、何度も……。
しかし――
レイコは蚊に刺された程度にも感じていないらしい……平然とした顔で手を伸ばした。その手が、カツミの喉を掴む。そして次の瞬間、脛椎を握り潰される――
カツミの肉体は、活動を停止した。
「カツミ……さん……嘘だろ……」
ガイは呆然とした表情で呟く……だが横にいるタカシは、凄絶な笑みを浮かべて立ち上がった。
「カツミさんですら、子供扱いですか……全く、とんでもない化け物ですな。カツミさん……私も今、そっちに行きますよ」
その言葉の後、ガイを見下ろした。
「ガイくん……先に地獄で待ってるよ。君は必ず生き延びるんだ」
そして、ニーナに視線を移す。
「ヒロユキくんは必ず来る……信じるんだ」
いつの頃からだろう。
自分は人として、完全に壊れていた。そんな自分の周囲からは、どんどん人が離れていった……。
(あいつ、いっつも笑ってるぜ)
(気持ち悪いよな……)
(葬式ん時も、ヘラヘラ笑ってたらしいぞ)
(キチガイなんだな……あいつ……)
気がつくと、いつも一人だった。共に地獄を生き延びた親友さえ、いつの間にか自分から離れていったのだ。
一人ぼっち……学校でも会社でも、自分は浮いていた。どこにも行き場がなく、誰とも深い関係を持てなかった。大抵の女は、初めは面白がって自分に近づいて来たが……長続きはしなかった。
だから、タカシは居場所を求めた。自分の特技を活かした貿易会社……それも結局は、居場所がないなら自分で作るしかない、という思いからだった。
だが、皮肉にも……南米のゲリラに拉致された一人の社員を救い出したことが、タカシの怪物ぶりを他の社員たちにも知らしめてしまったのだ。
タカシはまたしても、一人ぼっちになった。
しかし……この世界に来て、初めて仲間ができた。自分のことを何のためらいもなく受け入れてくれた仲間たち。常人とはかけ離れた力を持つ自分に対し、分け隔てなく仲間として接してくれた……。
そして……ヒロユキとニーナ、さらにガイとチャムの姿は、忘れかけていたものを自分に思い出させてくれた。
ナオミへの思い……。
ナオミ……私はやっと、君の所に行けるよ……。
みんな……居場所をくれて……ありがとう。
ずっと……ここに居たかった。
もっと、君たちと旅をしていたかった。
君たちと一緒に生活し、そして成長を眺めていきたかった……。
でも……君たちは帰らなきゃならないんだよね。
ガイくん、チャムと幸せになるんだ。
ヒロユキくん、あとは頼んだよ。
君たち二人はもう、私たちがいなくても大丈夫だよね。
「一体、何を考えてるの? 見てたでしょ、あなたは私には勝てない……あなたも死にたいの?」
レイコは冷たい表情で、じっとタカシを見つめる。
だが、タカシは怯まない……いつも通り、ヘラヘラ笑っていた。そしてポケットに両手を突っ込んだまま、すたすたと歩いて行く。
レイコに手を伸ばせば触れられる……その距離まで近づくと、タカシは立ち止まった。
「あいにくですがね……私は何としても、ここを通りたいんですよ。あなたも、いい加減に門番なんか辞めたらどうです? ハザマは向こうの世界で、楽しくやってますよ。あなた一人を、ここに残してね――」
「そんなことは知ってるわ……私だって、好きでこんなことをしてるわけじゃない。全てはヒデオにかけられた呪いのせい……あいつのせいで、私はここで門番をしなけりゃならないのよ……」
レイコは吐き捨てるような口調で答える。その顔に、初めて感情らしきものが浮かんだ。
「なるほど、そんな事情だったんですか……では、どうあってもここを通せないわけですね?」
「そうね……通せないわ……」
「じゃあ、戦うしかないですね……」
言うと同時に、タカシは両手を上に挙げた。一見、降伏を示す意思表示のようだが……。
その手には、手榴弾があった……ピンを外されていた手榴弾が、まるで覆うように握りしめられていたのだ……さらに胸ポケットにも、丸い物が入っているのが見てとれる。
そして、タカシはヘラヘラ笑いながら……握っていた両の手のひらを、ゆっくりと開いた。
そのとたん、レイコの顔に初めて表情らしきものが浮かんだ。驚愕の表情だ。手榴弾はタカシの手から落ち、足元に転がり……。
彼の不敵な笑みの直後、爆発――
凄まじい爆発音、そして爆風。ガイとニーナは思わず地面に伏せる……。
そして……全てが収まった時、タカシの体はバラバラに砕け散っていた。
「タ……タカ……シ……さん? 何だよ……何だよこれ……どうなってんだよ……何とか言えやぁ!」
ガイは気も狂わんばかりの勢いで怒鳴りちらす。怒り、混乱、悲しみ、絶望……様々な感情に襲われ、ガイは我を忘れていた。目の前で、仲間が立て続けに二人倒れたのだ。自分は何もできないまま……。
これは……悪夢なのか……。
いや、悪夢であって欲しい……。
そして悪夢なら、一刻も早く覚めてくれ……。
しかし、悪夢はまだ終わっていなかったのだ。
地面に飛び散ったはずの肉片が、ひとりでに動き出したのだ。肉片は凄まじい勢いで集合し、固まり始める……ガイとニーナが呆然とした表情で見守る前で、肉片はレイコの形に戻ったのだ。よく見ると、ところどころ欠けている部分はある。しかし、動くのに支障はなさそうだ……。
「さてと……今のはちょっと頭にきた。これじゃあ、再生するのに時間かかりそう……本当はね、あなた方だけは戦う気がないなら生かして帰らせてあげようかな、と思ってたんだけど……気が変わったわ。恨むなら、死んだ仲間を恨みなさい……」
そう言うと、レイコはゆっくりと歩き近づいて来る……まるで、ネズミをいたぶるネコのような残忍な表情を浮かべて……ニーナは怯えた様子で、杖を構えながら後退る。
「今わからせてあげる……あなたたちがいかに無駄なことをしていたか……」
その言葉と同時に、レイコはニーナを睨みつける。すると、その瞳が赤く輝き始め――
次の瞬間、ニーナの握りしめていた魔道具がみるみるうちに赤く染まり、そして砕け散ってしまった……魔法を封じる強力な結界を張り巡らせていた魔道具。しかし、レイコに対してはさほどの効力を持っていなかったのだ……。
勝ち誇った表情で、ニーナに歩み寄るレイコ。
すると、ニーナは後退した。同時に杖を振るう。その途端、光り輝く魔法の障壁が出現する。障壁はニーナとガイ、そして眠りこけているチャムとリンをすっぽりと覆う。
と同時に、ガイの動きを封じていた紐がほどけた。ガイは素早く立ち上がり、ナイフを構える。
だが……その様子を見たレイコは、鼻で笑うだけだった。そのまま、すたすたと近づいて来る。そして手を伸ばし、障壁を消し去ろうとした――
その時、レイコの表情が変わる……彼女はようやく気づいたのだ。何かがおかしい。今のカツミとタカシの戦い方は……あまりにも不自然だった。一人ずつレイコに向かってきていた。まるでレイコの注意を自分たちに引き付け、ただ時間を稼いでいるだけのような……。
そして次の瞬間、レイコは悟った。
相手の計画に、自分がまんまと乗せられていたことに。さっきの二人は、命を張った……いや、命を捨てて大芝居を打ったのだ。
全ては、あの少年のために……。
レイコの視線は、不意に出現した者に注がれていた……その表情は恐怖に歪んでいる。
「そんな……まさか……嘘……」




