馬車大爆走
マウザーたちの乗る馬車は、ゆっくりと森の中を進んで行く。その後に続くのは、ギンジたち一行の乗る馬車だ。マウザーの故郷の村にひとまず寄せてもらい、水や食料などを補充しようということになった。その代わり、マウザーたちの道中の安全はギンジたちが守る……その約束で、二台の馬車は同じ方向に向かっていたのだ。
「しかし……妙だな」
馬車の上で、誰にともなく呟いたギンジ。だが、その言葉にヒロユキが反応した。
「妙って、いったい何が妙なんです?」
「ん? いや、こっちの話だよ。別に、お前が知る必要のない事だ」
ヒロユキの問いを、さりげなくかわすギンジ。今までのヒロユキならば、その答えで納得していたはずだった。
しかし――
「知る必要ないって……そんな言い方ないじゃないですか……」
ヒロユキの口調は静かなものだった。しかし表情は鋭い。その表情を見て、ギンジも若干ではあるが戸惑っているようだ。
「おいヒロユキ……一体どうした――」
「ぼくはあなたと違うんです……あなたみたいに、何もかも悟りきっている訳じゃないんですよ。この先に何かあるのなら、教えてくれてもいいんじゃないですか……ぼくはあなたのように強くないし、頭がキレるわけでもない……」
「ヒロユキ……お前どうしたんだ? 変だぞ」
カツミが落ち着いた表情で、優しい声をかける。だが、ヒロユキの表情は変わらない。鋭い表情で、ギンジの顔を見つめている。ギンジは苦笑した。
「じゃあ逆に聞こう。ヒロユキ、オレの予測しうる危険な事態……そいつを話したところで、お前に何ができる?」
「え……そ、それは……」
口ごもるヒロユキ。自分に何ができるのか……何も出来ない。そう、自分はガイやカツミのように強いわけではない。タカシのような交渉もできないし、ギンジのように頭がキレるわけでもない。チャムのように人に安心感を与えることも、ニーナのように魔法が使えるわけでもない。
自分はただの……何も出来ないガキだ……。
だが、その思いがヒロユキにさらなる怒りをもたらした。
「そ、そんな言い方ないじゃないですか! それに……もし危険が予測できるなら……ぼくらに教えてくれてもいいでしょうが! そうすれば、せめて心の準備くらいはできます!」
ヒロユキはさらに食い下がった。しかし、ギンジの表情は変わらない。
「そうか……だったら、心の準備をしておけ。オレの勘では……また何かありそうな気がするんだよ」
二台の馬車は道なりに進んで行く。ヒロユキの心では、未だにギンジに対するわだかまりが消えていなかった。だが、ギンジの言っていたことも気になる。何かありそうな気がする、とは……?
ヒロユキはギンジの顔を見た。だが、ギンジは拳銃を手入れしている。その表情からは、何も窺い知ることはできない。
そんなギンジを見ているうちに、ヒロユキは苛立ちを覚えた。この先に何が起こるか、ギンジはある程度は把握しているに違いないのだ。でも、自分には何も教えてくれない……。
それは……自分が弱いからだ。
自分が使えないからだ。
ヒロユキは唇を噛みしめる。その時、服のすそを引っ張られた。ヒロユキが振り向くと――
(ドウシタノ?)
ニーナが心配そうな顔で、ノートを開く。さらに、ニーナはノートに書き添えた。
(ワタシ ガンバル ヒロユキ タスケル ヒロユキ ササエル)
ヒロユキはようやく気づいた。ニーナが自分の態度がおかしいことに気付き、心配してくれていたことに……ヒロユキは微笑んだ。ニーナに余計な心配をさせたくない。
「ニーナ……ありがとう。心配させてごめんね。ぼくは大丈夫……大丈夫だから……」
ヒロユキの言葉を聞き、ニーナも微笑んだ。その笑顔を見ているうちに、ヒロユキの苛立ちが収まっていく。冷静に考えられるようになってきた。
そうだ……。
ギンジさんの本音がどんなものだろうが、そんなことはどうでもいい。
ニーナをこの世界から連れ出す。
だがその時、いびきをかいて眠っていたチャムが飛び起きた。そして――
「な!? 狼だにゃ! 狼がいるにゃ!」
と騒ぎ出す……一行は慌てて周囲を見渡した。しかし、辺りにはそれらしき姿は見えない。
「チャム! いい加減なことを言うな! 狼なんかいねえじゃねえか! この狼少女が!」
怒鳴りつけるガイ。すると、チャムの顔つきが変わり――
「な!? チャムは狼少女じゃないにゃ! チャムはニャントロ人だにゃ! 狼はいるにゃ!」
「じゃあ、どこに狼がいるんだよ!」
「いるにゃ! どっかにいるにゃ!」
怒鳴り合う二人……しかし、ギンジが割って入る。
「ガイ、まあ待てよ……チャム、この辺りに狼がいるのか?」
「いるにゃ! 狼は絶対にいるにゃ!」
チャムは周りを見回しながら怒鳴った……その表情は真剣そのもので、見えざる狼に対する恐怖らしきものが感じられる。ヒロユキは戸惑いを覚えた。あのヴァンパイアの群れを相手にしても、怯まず戦い抜いたチャムを怯えさせる……狼とはそれほど恐ろしいものなのか?
いや、待てよ……。
「チャム……狼って……ダイアウルフと違うの? ほら、ぼくたちが毛皮と肉にして、ケットシー村に置いてった……」
ヒロユキが尋ねると、チャムは首を横に振った。
「違うにゃ……この匂いは……たぶんライカン人だにゃ……」
「ライカン人?」
ヒロユキがおうむ返しに聞くと、チャムは頷く。
「そうだにゃ。ライカン人は凄く強いと聞いたにゃ……」
そう言いながら、チャムは横にいるガイの手を握りしめる。ガイは何か言いかけたが、チャムの怯えた表情に気づいて、させるがままになっていた。
しかしヒロユキの目には、その光景は映っていなかった。
ライカン人って……。
やっぱり、アレだよな……。
「ヒロユキ……お前、ライカン人に心当りがありそうだな。何者だ?」
いつの間にか、ギンジが近づいて来て尋ねる。ヒロユキは堅い表情のまま口を開いた。
「恐らく……ライカンスロープだと思います。映画などに出てくる狼男ですよ。かなり厄介な連中ですね……」
ライカンスロープは……普段、人間のような姿で生活している。しかし、何かの拍子に二足歩行の狼の姿に変身するキャラだった。彼らには普通の武器は効かないはず。銀製品もしくは魔法の武器でないと傷を与えられないのだ。
しかも、殺傷能力は人間……いや、獣をも上回る。さらに、奴らの牙で傷つけられると感染する可能性もある。
「……ですから、もしライカンスロープがこの辺りにいるのだとすると……非常に危険ですね。さっさと離れた方がいいと思います」
「そうか……確かに面倒だな」
そう言いながら、ギンジは前を走る馬車に視線を移す。ヒロユキはその表情に違和感を覚えた。ギンジはあの馬車に何か思うところがあるらしい。マウザー、ポロム、パロム……あの三人がどうしたというのだろう。どう見ても人畜無害だ……。
待てよ。
確かに、人畜無害ではある……。
でも、あんな老人と子供だけで旅をしているなんて、あまりにも危険じゃないのか……。
お金はかなり持っているのに、傭兵も雇っていないみたいだし……。
おかしいな。
考え込むヒロユキ。まさか、あの三人がライカンスロープなのか? いや、それはないだろう。チャムはあの三人には、大した興味を示さなかった。現に、ついさっきまで昼寝をしていたくらいだ。
ヒロユキは混乱してきた。頭の中で状況を整理してみる。
チャムは、ライカンスロープがこの辺りにいると言っている。これは……間違いないだろう。チャムは頭は良くないが、下らない悪ふざけはしないからだ。
そして、老人と幼い姉弟の三人だけで旅をしている家族……こんな物騒な世界で、あまりにも無用心だ。何かおかしい。今のところ、敵意はなさそうだけど……。
ライカンスロープとマウザーさんたち……この先、脅威となるのはどっちだろう?
やっぱりライカンスロープだよな。
「ヒロユキ……お前も何か気づいたようだな」
ギンジの声。ヒロユキははっと我に返る。
「あ、いや……まだ、はっきりとは――」
「それでいいんだよ。自分で気づく……それが一番大切だ。ま、今のところは様子見といこうぜ。今の段階では、手がかりが少なすぎるからな」
二台の馬車は、森の中を進んで行く。一応、人間や獣によって踏み固められた道はある。しかし、生い茂る木が光を遮り薄暗い。その上、日が沈みかけてきた……このままでは、森の中で野宿だろう。
「野宿は勘弁だな……早いとこ、村に着いて欲しいもんだぜ……」
呟くガイ。その隣では、チャムが怯えた表情で周りをキョロキョロ見回している。あの勇敢なチャムをここまで怯えさせるとは……ライカンスロープは相当に恐ろしい存在のようだ。
見ているヒロユキも不安になってきた。ライカンスロープの弱点についての記憶を掘り起こしてみる。基本的には、銀の武器に弱いはずだ。しかし、この場に銀の武器はない……。
じゃあ、どうやって倒せばいいんだ?
「ねえニーナ……ライカンスロープは知ってる? いや、もしかしたらライカン人と呼ばれているのかもしれないけど……あの、狼に変身する人間だと思うけど……」
ヒロユキが尋ねると、ニーナは眉間にシワをよせて考え込む表情をした。
ややあって――
(ライカンスロープ シッテル デモ タタカウ キライ ニンゲン タベナイ キイタ)
ヒロユキは、ノートに書かれた文字を読んだ。そして考える。ライカンスロープは争いを好まない平和な種族で、人間を食べたりはしない、とニーナは聞いているらしい。
じゃあ、チャムはなぜこんなに怖がっているのだろうか?
ヒロユキは次に、チャムの方を向いた。
「ねえチャム……ライカン人は、チャムより強いの? ガイより強い?」
「な!? なー……」
ヒロユキの質問を聞き、チャムは腕を組んで下を向き、思案するかのような様子で考え始める。
やがて、重大な秘密を暴露するかのような表情で口を開いた。
「ライカン人は……森の動物を守ってるにゃ。凄く強いにゃ。チャムはよく言われたにゃ、悪い子は夜中にライカン人に食われるにゃ……」
「そ、そうなんだ……」
ヒロユキは笑いをこらえるのに一苦労だった。それは結局、子供に言うことを聞かせるためのお化けのような存在ではないか……。
しかし、ガイは笑っていなかった。怯えた表情のチャムを、まっすぐ見つめている。
「チャム……お前は何か悪いことをしてるのか?」
「な? なー……たぶん、してないにゃ……」
「だったら、ライカン人を怖がる必要はないだろうが……もしライカン人が来たら、俺が追っ払ってやる。チャムは何も悪いことはしてない、って言ってな……だから心配するな」
そう言うと、ガイは優しく微笑んだ。
「な……ガイは優しいにゃ……大好きだにゃ」
チャムは喉をゴロゴロ鳴らしながら、ガイに顔をすりつける。ガイは困った顔をしながらも、されるがままになっていた。
二人の姿を見て、ヒロユキの顔に笑みが浮かぶ。だがその時――
突然、馬が暴れだした。何かに怯えるかのように、いななき、二本足で立ち上がったかと思うと、猛烈な勢いで走り出したのだ。しかも、マウザーたちの乗っている馬車も同じだった。二台の馬車は、森の中を狂ったような速さで走っている……。
「どうしたんだにゃ!」
「何が起きたんだよ!」
わめくガイとチャム。ギンジは冷静に辺りを見回しながら、拳銃を抜いた。
「おいタカシ! どうしたんだよ!」
揺れる馬車の上をどうにか進んで御者台に辿り着き、怒鳴るカツミ。すると――
「いやあ……馬の奴らノリノリですね。なんか偉いさんに命令されたみたいな雰囲気です……でもまあ、目的地ははっきりしてて、そこに私たちを連れて行くみたいですよ」
のほほんとした表情で答えるタカシ。全く動揺することなく、平然と手綱を握っている。一方、先を行くマウザーたちの馬車からは悲鳴と叫び声が聞こえるが、こちらからでは何もできない。ヒロユキは思わず叫んだ。
「ギンジさん! ど、どうすれば――」
「ヒロユキ、慌てるな」
ギンジの落ち着いた声。と同時に、前を行く馬車は獣道をまっすぐ走って行った。
その行き着く先には……村らしきものが見える。ぼろぼろになり、今にも朽ち果てる寸前の木の柵に囲まれた場所に、馬車は突入すていった。




