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mercy rain  作者: 塔子
53/57

【52】

下校時間。


実結は、何度断っても私のスポーツバッグを持ってあげると言って放さない。


しかも、とにかくご機嫌で、表現は悪いけどニヤニヤと笑っている。



「良かったーっ!美雨とまた一緒にテスト勉強出来るんだもん!!」



何も違和感なく歩く通学路は、引っ越ししたなんて嘘のよう。



「だって、美雨が出るって言った問題は必ず出るし!!」

「……そ、そう?」



別に、勘が当たった訳でもない。


普通に授業を聞いていれば、先生が「ここ、出すから」って言ってくれるのだから、その箇所をチェックしているだけで……。


近付くアパートの前まで行くと、鞄から先日ママから渡された鍵を出す。

部屋の中は、引っ越し前と変わらず、すぐにでも普段と同じ生活が出来る状態のまま。


一緒に入った実結が「うわっ、衣里おばさん、ほとんど持って行ってないんだね?」と驚きの声を上げた。


まず、私は冷蔵庫の中身を確認。


実結も横から覗き込む。


「あれ、やっぱり何も無いか」

「そうだね。スーパーに寄って帰ってくれば良かったね」



じゃあ、勉強の前に買い物に行こうという事になり、実結は階上にある自分の家に。そして、私はスポーツバッグから着替えを取り出し制服を脱いだ。



カチャ。



玄関のドアの開く音。


実結、着替えてくるの凄く早いない?



「実結~、ちょっと待って。私、まだ着替え終わっ…――っ?!!!」



ドサッという何か落ちる音。


床にはスーパーのビニール袋の中身が無惨にも散乱してしまっている。



「美…雨…ちゃん」



実結だとばかり思っていたのに、目の前に居るのは…。


私はただ、立ち尽くす事しか出来なくて。



「美雨ー!お待たせー!」



元気良く入って来たのは、今度こそ本当に実結で。


入って来て、この状況を見て「うがーーーっ!!」と意味不明な雄叫びを上げる。



「このっ!ボケ兄貴!!付き合い始めたからと言って!!いきなりそんな事して良いと思ってんのーーっ!!!!!」


最初に入って来たのは、ヒロ兄で。


そのヒロ兄に、実結は自分の全体重を肩に乗せショルダーアタックを繰り出し、ヒロ兄をいとも簡単に吹き飛ばす。


2人して転がる姿を見て「ヒロ兄!実結!!」と、叫んでしまう。


あんな転がり方をしたら、2人とも無傷でいられるはずがない。



なのに、ガバッと起き上がった実結はヒロ兄に馬乗りになり、ヒロ兄の動きを封じ込めている。



「美雨!とにかく、早く服を着てーーっ!!」



その時、初めて自分が両腕の中に着替えを持ったままの下着姿であるのを理解する。


慌ててチュニックに袖を通し、スキニーパンツを履く。


決してゆっくり着替えてる訳ではないのに、実結は「早く!早く!」と急かす。


着替えが終わった事を告げると、まだ実結は怒っているらしく、眉間に皺を寄せ立ち上がり腕を組む。


ようやく解放されたという感じで、のそっと起き上がるヒロ兄は鼻から血が出ている。


シャツにも鮮血が広がり、痛々しさが伝わってくる。



「ヒロ兄!血が出てる!やっぱり、どこか怪我でもしたんじゃないの!!」

「大丈夫、鼻血だから!!」



答えたのは実結で、ティッシュボックスが飛んできた。



「本当にボケ兄貴!!美雨は、まだ高校生なんだよ!!犯罪者にでもなる気?」



実結の怒りは沸点を超えていて「年の差を考えろ」とか「舞い上がり過ぎ!」だとか言いたい放題で…。


言われっ放しのヒロ兄が何も反論せずシュンとしてるのを見てると、悪い事なんてしてないのに可哀想になってくる。



「実結、ヒロ兄は何もしてないよ。タイミング悪く私が着替えていただけで」

「た、例え、そうであっても、鼻血出して妄想してる事自体ダメでしょう!!」



も、妄想??!!


ここで、一体何を?と訊くほど私も間抜けじゃない――でも。



「――でも、実結もそんなに目くじら立てなくてもいいじゃない。着替えぐらい、小さな時から何度もしてるでしょう」



一瞬にして、空気が固まった。


実結もヒロ兄も、ポカンとした顔して私を見てる。


私、そんなに変な事を言ったかな?


これからも、ここで一緒に過ごす事が増えるというのに、着替えを見られたぐらいでいちいち怒るなんておかしいと思う。


そんな二人の様子なんて、気にするのはやめてスーパーの袋から床に落ちてしまった食材を拾い集める。



「あ、卵ほとんど全滅だよ。割れちゃってる」



パックの中で、白身が溢れている。



「鶏肉もあるし、今夜は親子丼だね」



ニコっと笑って今夜の献立を告げると、実結はヤレヤレという感じに頭を振り、ヒロ兄は鼻にティッシュを詰めて少し困った笑顔を向けた。



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