【51】
教室へと続く廊下を歩く。
途中、職員室の前を通った時、担任に呼び止められた。
何だろう?と思いながら担任の後に付いて行くと、職員室ではなく隣にある小さな会議室。
「すぐに話は終わるから」という担任の言葉に小さく「…はい」と返事をする。
職員室の戸には“試験前につき、生徒の入室禁止”とある。
(あ、そっか、もうすぐ期末試験…)
「――転校の件、お母さんから電話があって――」
「………」
「――ということで、下校は気を付けて」
「…え?あ、はい」
「苗字もキリの良い2学期から、変更しておくから」
「はい」
よく分からないうちに担任の話は、終わっていた。
でも、引っ越しで登下校は大変だけど転校しなくて済んだし、私の日常は言うほど変化は無い。
変わってしまったのは…--。
廊下に出ると、待ってましたと言わんばかりに実結が飛び付いて来た。
「おっはよ~!美雨~」
「きゃ!み、実結っ?!」
教室に行っても私が居なかったというのと、担任に呼ばれて会議室に入って行くのを見たと言うクラスメートから話を聞い待っててくれたようだ。
「さっき、お父さんに会ったよ」
「え?お父さん?!」
「“美雨の事、守って欲しい”だって」
「………」
守って欲しいって?何から?
あ!分かった!帰りが1人になるし、遅くなるから心配してるんだ。
もう高校生にもなって、心配されるなんて…。もしかしたら、バイトもダメって言われるのかな?
ちょっと、過保護過ぎだよ。
「ねぇ、実結。引っ越しはしたけど学校はこのまま転校しないで通うから、これからも宜しくね」
「え?本当?!」
実結の驚いた顔が、あっという間に嬉しさに満ちていく。
「じゃあ、今までと同じように一緒にテスト勉強してくれる?」
そんな実結の何気ない問いに、私は「勿論!」と答え笑顔を見せた。
朝、学校に行く前に実結とテスト勉強するから帰りが遅くなるとママに話せば、以前修学旅行で使ったスポーツバッグを渡された。
ずしりと重みのあるバッグを手にして、首を傾げる。
「着替えが入ってるから」
「え?」
「帰りが遅くなるぐらいなら、いっそ泊まってきなさい」
「う、うん」
ママには珍しく、はっきりとした命令口調。
そして、ふとあの鍵の存在が頭をよぎる。
学生鞄を手に、スポーツバッグを肩に掛け、先に家を出て駐車場で待っているお父さんの下へ行く。
何だか、そわそわして落ち着かない気分。
また、あの部屋に戻れるなんて思ってもいなかったから。
お父さんが待つ車に乗り込むと、いつもは優しく穏やかな表情なのに、今朝に限ってお父さんは眉間に皺を寄せて難しい顔をしてる。
「お父さん、もしかして具合悪いの?」
そんな私の問いに「大丈夫だよ」と、無理に笑って答えてくれる。
具合が悪いなら、送ってくれなくても、電車で行けば…――遅刻は確定だけど。
「本当に大丈夫だから。それより、何かあった時は実結ちゃんを頼るんだよ」
「え?あ、うん」
言われなくても、私と実結は小さい頃からお互い助け合ってきた。
勿論、これからも、ずっと……。この気持ちは、永遠に続いていく。
私の返事に満足したのか、お父さんはアクセルを踏み込み、学校へとハンドルをきった。




