【43】
ヒロ兄に、捕まれた手首が痛い。
でも、この痛みよりヒロ兄にそんな表情をさせているのは私なの?と、思うと胸の痛みの方がより痛みを感じる。
「嘘なんかじゃない」
「?!」
「ずっと隠してきたけど、美雨ちゃんには、嘘は一度も言った事は無い」
「!――それって……」
それって、まさか、嘘じゃないって事は、本当に私の事をヒロ兄は――。
確かめたくて、ヒロ兄の言葉の先を待ってると「ただいまー!」と、華江さんの元気な声が聞こえてきた。
さらに「美雨ちゃん、来てるのーー!折角だから、晩ご飯一緒に食べて行ってよーー!!」と。
無視するわけにもいかず、挨拶をと思い目だけでヒロ兄に腕を放しくれるようにお願いする。
ふっと手を放され、痛む手首に残る温もりをまだ感じていたいと、もう片方の手で摩ってしまう。
「華江おばさん、お邪魔してます」
「あらあら、いいのよ。いつでも今まで通り、遊びに来てちょうだい」
買い物袋を両手に提げていた華江おばさんは、「昨日の残り物で悪いんだけど、食べていって」と袋から買ってきたお惣菜を盛り付けてるのを実結が手伝っている。
4人で囲む食卓は、ほんの数日前までは極当たり前の賑やかな日常だったのに…。
今夜は、かちゃかちゃと食事をする音だけが響き、会話らしい会話もなく静かなもので、華江おばさん特製の酢豚の味がよく分からなかった。
改めて、ヒロ兄を見ると髪は寝癖でボサボサ。いつもは綺麗にセットしてるのに…。
無精髭だって初めて見るかも、しかも目は赤く少し腫れているような…。
いつもの爽やかなヒロ兄は、何処にも居ない。
「食べ終わったら、送って行ってあげてよ。兄貴」
もくもくと食べていた実結が、半分突き放すような言い方で話す。
「そうね。衣里ちゃんには、連絡はしておいたけど、あまり遅くなるとね」
遅くなると言っても、壁に掛かる時計の針を確認すると、まだ7時にもなってない。
なのに、華江おばさんは、ママが心配するといけないからとささっと電話連絡を済ませてしまう。
遅いて言っても、季節的に外はまだ明るく、十分一人で帰れる。
「ほら!早く食べて!シャワーでもしてきたら!!」
実結がまだ食べているヒロ兄にを急かすから「別に、一人で帰れるから」と言うと、「いいの!自転車もついでに取りに行かないといけないから」と言う。
私を送る事よりも、自転車の確保がメインと言うなら断りにくい。
ヒロ兄の準備が出来るのを、実結と二人で晩ご飯の片づけをして待つ事になってしまった。
どうしようか……。
その言葉だけが、頭の中を占める。
「美雨」
「…え?」
ただ、並んでお皿を洗っていた実結が、いきなり話し掛けてきて、思わず声が裏返ってしまう。
「まぁ、今まで、はっきり言ってなかったけどさ」
「……な、なに?」
「兄貴に何を言われても“私には好きに人が居る”と突っぱねて」
「実結!それって、やっぱり、ヒロ兄は――」
実結は私の欲しい答えはくれなかったけど、少し困ったかのような曖昧な笑顔を見せてくれた。




