【39】
日常は、残酷にもいつもと変わらずやって来て、否応にも私を学校へ送り出す。
約束した通りお父さんは駐車場から車を出してくれて、助手席に乗り込むと学校へ向かってくれる。
昨日、ヒロ兄はすぐに帰ったとママが教えてくれた。
華江おばさんが作ってくれたお弁当を3人で食べて、荷解きしたけど一向に片付かず。
「夏休みに入ってから、ゆっくり片付ければ?」というママの言葉に甘え、何もしないでそのまま休んでしまった。
「美雨ちゃん、遅くなるようなら帰りも……」
「――ううん、だ、大丈夫!」
考え事をしていたせいで、返事が少し遅れてしまった。
お父さんは気にしていないようだけど、昨日の事もあるから迷惑も掛けたくないし、心配も掛けたくない。
「――訊いてもいいかな?」
「…な、なに?」
何を訊かれるのか、トクンと心臓が跳ねる。
「“ヒロくん”だったかな?美雨ちゃんは、どう思う?彼の事」
「…どう思う?って、言われても」
予想外にも、お父さんの質問はストレート過ぎて答えに困る。
私もストレートに答えるなら“好き”の、ひと言。
胸を掻き毟りたくなるようなこの想いを、この先誰にも告げる事はしないと決めたはず。
「衣里は“美雨の好きにするのが一番”と、言ってたけど…」
お父さんの話し方は、言葉を慎重に選んでいるようで、ゆっくりと柔らかな口調で話し掛けてくれる。
そして、「お父さんとしての気持ちを、言ってもいいかな?」と前置きしてから、一呼吸置いて今度は固い表情で話し始める。
「お父さんとしては、反対!!」
「えっ?!」
「美雨ちゃんは、まだ高校生だ」
「………」
「付き合うとか、そういうの早いと思う」
「…うん」
僅かに緊張していたのか、言い切ったお父さんは、私の「…うん」に対してほっとしたのか安心した笑みを見せる。
「心配なんだよ」
「うん」
親子3人で新生活をスタートしたのに、こんな風に余計な心配事を持ち込んでしまった事を申し訳なく思う。
私が塞ぎ込んでしまったのがいけなかったのか、お父さんは「出来れば、もっと美雨ちゃんと仲良くなりたい」とか「娘を持つ父親を楽しみたい」とか「お嫁にいく時、号泣するかも」とか「いや、お嫁になんかいかせないから」と、父親としての可愛らしい本音は、私の耳には届かなかった。
気が付いた時には、正門のすぐ傍まで来ていて、お父さんが不思議と照れてる顔で「ここで、いいかな?」と言うので「ありがとう」とお礼を言って車から降りる。
「おはよー!美雨」
「おはよう、実結」
実結が、私を待ち伏せしているだろう事は想定の範囲内。
ヒロ兄の事で、話し合わなければならないのは、分かっていた。
「兄貴の事で、話があるんだけど」
「私も、実結に話したい事がある」
もし、このまま友情に亀裂が入り、何より大切な親友を失うかもしれない。
昨日のヒロ兄の行動の本当の理由を私は知りたい。
でなければ、ヒロ兄が私を「好き」なんて言うはずが無い。




