【38】
side:大樹
実結の言葉に背を押されて、後先も考えずただ自転車を漕ぎ続けた。
こんなに必死になってスピードを出して、走ったのはいつ以来だろう?
細い路地裏を右へ左へと曲がり、ようやく大通りに出た時、赤信号で停車している美雨ちゃんのお父さんの車を視界に捕らえる事が出来た。
自転車を乱暴に乗り捨てて、ガクガクする両足に叱責して車道へ駆け出した。
「ヒロ兄!!」
信号が青になる。
走り始めた車のドアから飛び出した美雨ちゃんは、体勢を崩し転げそうになる。
「危ない!!」
そんな美雨ちゃんを俺は、無我夢中で抱き留める。
「馬鹿!無茶するな!!」
腕の中で震える美雨ちゃんに、思わず叫んでしまった。
なのに、美雨ちゃんは自分の事より俺の心配をする。
「ヒロ兄!怪我は無いっ?」
何も答える事が出来ず、まだ震えている美雨ちゃんを抱きかかえ歩道の方へ場所を移す。
「美雨!ヒロくん!」
衣里おばさん達が慌てて走ってくる。
「なんて危ない事を!!事故にでも遭ったらどうするの!!」
衣里おばさんが、怒るのも当然だ。
考えも無しに車道へ飛び出そうとしていた俺に気が付いた美雨ちゃんが、俺より先にしかも車から飛び降りたのだから。
引っ越しの途中である事もあって、話はマンションの方でという事になった。
美雨ちゃんのお父さんの車に4人乗り、車中は重苦しい空気のまま静かに走り出す。
マンションに着くと引っ越し作業は、業者の人たちが元々荷物が少なかったせいもあって、あっという間に終わらせしまった。
そして、リビングには、衣里おばさんとお父さんと美雨ちゃん。
本当に俺は、ここまで来てしまったんだと再認識する。
どう足掻いても、逃げられない。
この期に及んで、まだ逃げようかと、考えてる自分に心の中で苦笑してしまう。
もう全て成り行きに任せるしかないのだろうか?
この部屋に漂うのは、紅茶の良い香りと気まずいだけの空気。
なのに「全く、こんなにヤキモキするとは思わなかったわ」と、衣里おばさんが意味有り気にクスっと小さな笑みを浮かべて俺をを見た。
そして、俺は美雨ちゃんに告白する。
今の今まで言えずに、一生言わずに隠し続けていこうとしていた気持ちを。
なのに、美雨ちゃんは泣きながら俺の事を“嘘つき!”と……。
こうなる事は、初めから分かっていた。
俺も実結も、結果は最初から知っていたんだ。
でも、一歩も進もうとしない俺の為に実結が――結局、俺はダメな兄貴で、明日から実結は美雨ちゃんに俺の事で謝り続けるんだろう。
衣里おばさんと美雨ちゃんのお父さんに、こんな事で騒がせてしまった事を何度も頭を下げ謝罪する。
いい大人が、自分勝手な行動で美雨ちゃんを傷つけてしまったのだと、後悔だけが残ってしまった。




