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mercy rain  作者: 塔子
38/57

【37】


「まさか、最後の最後でこんな展開になるとはね。ヒロくん」



意味有り気に微笑むママの背後には、怒りのオーラがはっきりと見える。


思い当たる節があるのか、ヒロ兄はガックリと項垂れる。



「もう、ここまで来たんだから、はっきり言葉にしましょう」



ママの“はっきり言葉に”というセリフに反応する。


ヒロ兄は、一体何を言いたくて自転車であんな無茶な運転までして、後を追いかけて来たんだろう?



「怒ったりなんかしないわ。確かにあんな危ない事をしたのは、別の話だけど」



今度は、優しく温かな声色でヒロ兄に話しかけるママは、何だか全てを知り尽くしてるような……。


ヒロ兄の膝の上に置いてあった両手をグっと力強く拳を作る。


まるで覚悟を決めたような表情に、私は何故かゴクっと喉が鳴る。



「お、俺、ずっと、小さな頃から、み、美雨ちゃん、の、事」



少し震えるその声は、今まで一度だって聞いた事のないヒロ兄の声。


しかも、どういう事?小さな頃から?私の事?



「--好き、なんだ……」



聞き間違いかって思うほど、かすれた声で、今、確かに――。



“好き”って言った?



ヒロ兄が、私を?



「はぁ、そういうのは、きちんと本人を目の前にして言わなくちゃダメでしょう!」



ママが呆れ声で、ヒロ兄に注意をする。



「和也さんに、言ってもどうにもならないわよ」



ヒロ兄の目の前に座っているお父さんは、どうしていいのか困っている――というより怒ってる?



「俺、美雨ちゃんの事――」



目と目が会う。


この部屋に来て初めて。ちゃんと向かい合うのは。


ボっという音が聞こえてきそうなほど、頬が熱い。


ヒロ兄の顔は赤いけど、きっとそれ以上に私の方が赤いはずだ。


ママ達の前で、返事をするのは恥ずかしいけど、もう隠し切れない。


嬉しくて、ヒロ兄が私の事を好きって言ってくれた事が、本当に嬉しくて。


ポロポロと涙が溢れてはこぼれ、自分の涙なのに止める事が出来ない。


でも、ちゃんと私も伝えなくては、勇気を出して。



「わ、わた――」



“私も好きです。ヒロ兄の事、小さな頃から”


私の口から、私の言葉で伝えたかったのに、遮られてしまった。



「そんな事を言う為に、あんな危険な事をしたのか!!!」



お父さんの怒声が、部屋中に響き渡った。



「娘は、泣いてるじゃないか!!」



さっきとは違うやるせないと言った感じのお父さんの声に、私は我に帰る。


ヒロ兄が、私を好き?


本当に?――でも、追いかけて来てくれたじゃない。


今、ここで信じられるものって何?


小さな頃からって、どういう事?


だって、ヒロ兄は誰と付き合っても長く続かなくて。


それは、ずっと本命さんが居たからで。


だから、私を小さな頃から好きって言うのは……。



「--…そ」



私の微かな呟きに、ママもお父さんもヒロ兄も反応する。



「そんなの、嘘!」



皆が私を見ていても、私の視界には何も映らない。



「嘘つき!ヒロ兄の嘘つき!!」



泣いて叫んでリビングを飛び出し、新しい自室に駆け込みドアの鍵を掛けた。








どうして?



本命さんが居るのに、私の事を好きって言えるの?



また、実結に何か言われたの?



小さな頃から好きって、絶対、嘘!



私とヒロ兄、いくつ違うと思ってるの?



8歳も年下の女の子の事、本気で好きになるなんて有り得ないよ。



しばらくして、ドアの向こうでママが私を呼んでいる。



返事もしない私に「ヒロくんは、帰ったからね」とだけ告げて足音が遠退いていく。



私の荷物が積み上げられているだけの私の新しい部屋は、まるで出口の無い迷路に迷い込んだかのような気持ちにさせた。






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