【37】
「まさか、最後の最後でこんな展開になるとはね。ヒロくん」
意味有り気に微笑むママの背後には、怒りのオーラがはっきりと見える。
思い当たる節があるのか、ヒロ兄はガックリと項垂れる。
「もう、ここまで来たんだから、はっきり言葉にしましょう」
ママの“はっきり言葉に”というセリフに反応する。
ヒロ兄は、一体何を言いたくて自転車であんな無茶な運転までして、後を追いかけて来たんだろう?
「怒ったりなんかしないわ。確かにあんな危ない事をしたのは、別の話だけど」
今度は、優しく温かな声色でヒロ兄に話しかけるママは、何だか全てを知り尽くしてるような……。
ヒロ兄の膝の上に置いてあった両手をグっと力強く拳を作る。
まるで覚悟を決めたような表情に、私は何故かゴクっと喉が鳴る。
「お、俺、ずっと、小さな頃から、み、美雨ちゃん、の、事」
少し震えるその声は、今まで一度だって聞いた事のないヒロ兄の声。
しかも、どういう事?小さな頃から?私の事?
「--好き、なんだ……」
聞き間違いかって思うほど、かすれた声で、今、確かに――。
“好き”って言った?
ヒロ兄が、私を?
「はぁ、そういうのは、きちんと本人を目の前にして言わなくちゃダメでしょう!」
ママが呆れ声で、ヒロ兄に注意をする。
「和也さんに、言ってもどうにもならないわよ」
ヒロ兄の目の前に座っているお父さんは、どうしていいのか困っている――というより怒ってる?
「俺、美雨ちゃんの事――」
目と目が会う。
この部屋に来て初めて。ちゃんと向かい合うのは。
ボっという音が聞こえてきそうなほど、頬が熱い。
ヒロ兄の顔は赤いけど、きっとそれ以上に私の方が赤いはずだ。
ママ達の前で、返事をするのは恥ずかしいけど、もう隠し切れない。
嬉しくて、ヒロ兄が私の事を好きって言ってくれた事が、本当に嬉しくて。
ポロポロと涙が溢れてはこぼれ、自分の涙なのに止める事が出来ない。
でも、ちゃんと私も伝えなくては、勇気を出して。
「わ、わた――」
“私も好きです。ヒロ兄の事、小さな頃から”
私の口から、私の言葉で伝えたかったのに、遮られてしまった。
「そんな事を言う為に、あんな危険な事をしたのか!!!」
お父さんの怒声が、部屋中に響き渡った。
「娘は、泣いてるじゃないか!!」
さっきとは違うやるせないと言った感じのお父さんの声に、私は我に帰る。
ヒロ兄が、私を好き?
本当に?――でも、追いかけて来てくれたじゃない。
今、ここで信じられるものって何?
小さな頃からって、どういう事?
だって、ヒロ兄は誰と付き合っても長く続かなくて。
それは、ずっと本命さんが居たからで。
だから、私を小さな頃から好きって言うのは……。
「--…そ」
私の微かな呟きに、ママもお父さんもヒロ兄も反応する。
「そんなの、嘘!」
皆が私を見ていても、私の視界には何も映らない。
「嘘つき!ヒロ兄の嘘つき!!」
泣いて叫んでリビングを飛び出し、新しい自室に駆け込みドアの鍵を掛けた。
どうして?
本命さんが居るのに、私の事を好きって言えるの?
また、実結に何か言われたの?
小さな頃から好きって、絶対、嘘!
私とヒロ兄、いくつ違うと思ってるの?
8歳も年下の女の子の事、本気で好きになるなんて有り得ないよ。
しばらくして、ドアの向こうでママが私を呼んでいる。
返事もしない私に「ヒロくんは、帰ったからね」とだけ告げて足音が遠退いていく。
私の荷物が積み上げられているだけの私の新しい部屋は、まるで出口の無い迷路に迷い込んだかのような気持ちにさせた。




