【35】
side:実結
忘れ物なんて無いのに、わざと嘘を付いて私はエレベーターには乗らず、兄貴と美雨を二人きりにした。
ここまで、この私はお膳立てをしたのだから、兄貴は何かしらアクションを起こすだろうと。
あまりに早く二人の後を追うのは、良くないと思い、ゆっくりと時間を見計らってエレベーターに乗り下へ降りて行く。
エレベーターを降りて、少し行った所に兄貴が居た。しかも、ポツンと一人で。
少し離れた場所にお母さん達が楽しそうに談笑してる。
私の姿を視界に捉えたのか、美雨が笑顔でこっちに手を大きく振ってくる。
そんな美雨に、兄貴はピクっと僅かに身体を固くした。
「実結ー!明日、学校でねー!」
「う、うん…、また明日~!」
そろそろ出発時間なんだろう。
引っ越しの荷を載せたトラックが、動き出した。
私と兄貴に手を振って、いつもと変わらない様子でおじさんの車に美雨とおばさんは乗り込む。
「おかしい。美雨、元気過ぎ」
「……」
「兄貴」
「……」
「言ったの?」
「……」
「この!ボケがーーー!!」
あれほど言ったのに、このボケ兄貴はっ!!!!
まさか、ここまでヘタレだったとはっ!!!!
もう!!!何が何でも、ここまで来たんだから――。
私は、ビシっとある方向を指をさす。
兄貴の視線は、私の指差す方を見つめる。
「自転車置き場?」
「今すぐ、追いかけろーー!!」
「は?追い付く訳―-」
「無理でも、無駄でも、やるだけやれーー!!」
「み、実結…!」
「とにかく、足掻け!!」
兄貴の背中を押して、早く行け!と即す。
駆け足で、自転車置き場に向かった兄貴。
ガチャガチャと大きな音と共に、自転車を乗って美雨の後を追う。
路地裏を行って、先回りすれば…。運が良ければ追いつくはずだ。
妹の私が兄貴の不毛な恋をわらせるのに、ここまでしなくちゃいけないなんて!
「あの子、どうしたの?」
お母さんが、兄貴の去った後を見て私に話し掛けてきた。
「お母さん、私が兄貴の分まで頑張るから」
「いやだわ~。もう大樹が帰って来ないみたいな……」
真顔でいる私の空気を感じたのか、ケラケラと笑っていたお母さんの表情が呆れ顔に変わる。
「兄貴は、帰ってくる。でも、しばらくは使えないかも」
「また、美雨ちゃん絡みなのね…」
母娘、揃って大きな溜め息を付いた。
でも、今日のこの行動ですべてが変わるはず。
兄貴は、長かった片思いを終わらせ必ず帰ってくる。
「お母さん、今夜は兄貴の好きなご飯でも作って待ってようよ」
「そうね!今日、サボった分、明後日はガンガン働いて貰うわ」




