【32】
side:大樹
「――ここまで来て、逃げる気!!!?」
今日は、美雨ちゃんの引っ越しの日。
「まさか、このまま一生逃げ続ける気!!!!?」
確かに、俺は逃げている。
引っ越しの手伝いだけ終わらせて、そそくさと自分の部屋へと逃げ込んでいる。
「いい加減、腹を括れ!!!!」
「むりだ。やっぱり、むりだ」
ここまで来て、意気地の無い自分自身に嫌気が差す。
「長年の想いを、晴らさないでどうするの!!!!?」
「――それを言うなら、長年の恨み」
長年の想いって?つい、実結の間違いを真面目に正してしまう。
実結の目が、イラっとしてるのが分かる。
自分でもいい年して男のくせに、これほどまでに女々しいとは思いもしなかった。
実結だって、報われない想いは早く捨てろ!忘れろ!諦めろ!
と散々、吠えてたくせに、ここに来て――告白しろ!と言う。
振られても振られても、好きだと告白し続ければいい!と。
可能性は、限りなくゼロに近い――いや、完全にゼロなんだ。
美雨ちゃんの好きなヤツって、どんなヤツなんだろう?
そいつが羨ましい。
「ヒロ兄!実結!そろそろ出発するの!下に降りて来て!!」
玄関先から、美雨ちゃんの明るく元気な声が届く。
実結が、ビクッと肩を震わす。
「兄貴…」
眉尻を下げ、今にも泣き出すんじゃないかと思うような顔を見せてくる。
実結のこんな表情を見たのは、いつ以来だろう。
親父が、二度と目が覚めないというのを理解した時以来か。
小さな妹に『死』というのを説明する役を俺がした。
しっかり妹の面倒を見て、母さんを支えていこうと心に誓った日。
なのに、今の俺を父さんが見たら、怒るだろうか?笑うだろうか?
自分の事より、妹を母親を何より優先してきた生活を自ら望んだのだから、辛いとか嫌だったとか、そういう気持ちはない。
友人との付き合いも、理解してくれるヤツがたった一人でも居てくれればそれで良かった。
そんな生き方をしてきた俺だ。
今更、8つも年下の女の子に何を言って、してあげればいいかなんて決まってるじゃないか!
だけど、実結の顔をみていると……。
「――分かった。後は頼んだ」
「うん!兄貴!頑張れ!!」
きっと、いや、結果は目に見えている。
無謀な挑戦だと知りつつも、妹の気持ちを考えると、この行動は正しいのだと思う。
イジイジ状態な俺を、この先しばらくは見せる事になるが、それは許して欲しい。
そして、いつもの様に発破を掛けてくれ!
お互い、目で合図を送る。
後にも戻れない。
さあ、行こう。美雨ちゃんの元へ。




