【29】
side:実結
美雨の引っ越しまで、1週間を切ってしまった。
ウチの家でも、その話題が上らない日は無い。
仕事を終えて帰宅したお母さんは、遅い夕ご飯をテレビを観ながら食べている。
そんなお母さんが「引っ越し業者に頼んであるから、人手は足りてるって言われたしね。3人分のご飯でも作ろうかね~」なんて言っている。
「一緒に作るよ」と、先に食事を済ませた私はお茶を飲みながら話す。
「大樹…、部屋に篭って…。今日もご飯食べないで寝てしまったね」
「別にいいんじゃない。絶食してるって訳じゃないんだから」
「美雨ちゃんの事、好きなら好きって言ってしまえばいいのに」
「それが出来たら、もうとっくにしてるでしょう」
突き放したモノの言い方の私に「それも、そうだね」とお母さんは溜め息を付いた。
あの短かった家出から戻った後、家から仕事に行き、帰りもちゃんと帰ってくる。
今までと同じ生活に戻ったと思っていたのに。
あのイジイジして鬱陶しい兄貴は居ない。
ゴロゴロしてやる気の無い兄貴だったら、蹴飛ばしてガツンときつい言葉を投げ付けてやるのに……。
朝は、コーヒーを1杯飲んで仕事に行く。
夜は、お風呂だけ入って誰より先に部屋に篭って寝てしまう。
元気は有るように見せてるけど、覇気が無い。
一番近くで見てるこっちが滅入ってしまう状態だ。
「兄貴、もう寝た?」
コンコンと普段ノックなんていつもはしないのに、ドアの前で返事を待ってみたりする。
お母さんはもう休んでいるので、小さめの声で再度、兄貴の名を呼ぶ。
「…なに?実結」
のそっとドアを開け、覗き込むようにほんの少しだけしか開けてくれないドアに、イラっとした私は「いい加減しろーー!!」と足で蹴り開けてしまった。
「壊れるだろう」
全く抑揚の無い口調に、眉間に皺が寄る。
「しかも、夜も遅いんだから、大きな声出さない!!近所迷惑」
さらに最もな忠告に、頬の筋肉がピクっと動く。
我慢我慢と、心の中で繰り返し「ちょっと話があるから入るね」と暗い部屋の中に入る。
「話って、なに?」
「………」
壁に背を預け両膝を抱えて座る兄貴。いわゆる体育座りというやつだ。
8つも年上のくせに、そんな姿を無意識にしてるって、どうよ!
情けないと思う。でも、私にとっては――。
「兄貴、美雨に告白しよう」
「!?」
兄貴が息を呑む。暗がりの中で表情ははっきり分からないけど、本当に驚いている。
「100%、振られるのは確実だけど」
「100%かよ…」
「このままだと、兄貴ダメになる!」
「俺、振られたら灰になる」
「灰でも骨でも拾ってあげるから、思い切り振られようよ!」
「美雨ちゃんには、迷惑だろう?」
「そうかもしれないけど、兄貴の気持ちを考えると…」
「………」
「兄貴の気持ち、美雨は絶対哂ったりしない!」
「……実結」
「もし、もしも美雨が兄貴の事バカにしたりしたら、私、美雨とは絶交する!」
「実結!――美雨ちゃんは、そんな事する子じゃないよ」
「私も、そう思う」
「だったら、絶交なんて言うな」
面倒くさそうに、やる気の無い兄貴。
本当は、誰も傷付いて欲しくない。
でも、変わって欲しくて前に進んで欲しくて、何もせず終わるなんて絶対良くない!!
「美雨の事、本気で好きなら区切りを付ける為、告白してもういい加減に諦めようよ」




