【23】
“ありがとう”
という気持ちは言葉にして、伝える事が出来た。
でも“好き”は…――。
あの後、会話は続かず、そのまま別れてしまった。
昨夜は一睡もしていないという事もあって、睡魔が私を襲う。
ベッドに潜り、ただ眠る。
そして、夢の中で思う。
好きという気持ちは、私の勝手な想い。
ヒロ兄には、本命の好きな人が居ると知ってしまった私は、自分の気持ちを伝えるという行為は、自分勝手過ぎないか。
伝えたという満足感を得る為だけに、ヒロ兄を困らせてもいいなんて……。
私には、――出来なかった。
むしろ、自分を偽ってもヒロ兄の恋を応援してあげた方がいい。
例え、その言葉が嘘で固めたモノであっても、私が出来るのはそれぐらいしかない。
このまま“妹”として生きていく方が、この先も穏やかな人生を送れる。
この想いは、懐かしく感じる思い出に変わる。
“あの頃は、ヒロ兄の事、好きだったのよ”なんて笑いながら話せる日がいつか、きっと…――。
side:大樹
“美雨接近接触禁止令”
実結が言うこの禁止令は、俺にとっては好都合だった。
しばらく時間と距離を置いて、美雨ちゃんと離れた方がいいと思ったからだ。
今までずっと傍に居て、少しずつ大人になっていく女の子を好きになっていくこの気持ちを隠し続けるのも無理な話だ。
他の人と付き合ったりすれば忘れるはずだと、自分に言い聞かせて“彼女”という存在を作ってみても心は揺らぐ事無く、逆に愛しさが募るばかり。
しかも、実結の話によると美雨ちゃんには好きな人が居る。
ただ、純粋に俺を慕ってくれる可愛い女の子。
8歳も年下の、しかも実の妹と同じ年の女の子。
兄のように父親のように、家族のような関係を壊してまで行動するべきではないと、今まで過ごして来た。
あの日の朝、鞄に少しだけ着替えを詰め込み、母さんに「友達の所に行くから」と言って出て行く。俺に母さんはこう言った。
「分かるような、分からないような…」
「何が?」
「あんたの気持ち」
「………」
「仕事には、出なさいよ。じゃないと、給料出さないから」
「…分かった」
「しっかりしなさい!昔は、もっと頼りがいの有る息子だったのに!!」
「………」
今日の母さんは、同情してくれたり、怒ってみたり、発破かけてくれたり――。
「これだけは、言っておくわ。大樹」
「何?」
「避けてばかりいても、何も解決にはならなよ!!」
「………」
そして、最後は、真剣に忠告された。
* * *
専門学校時代の友人のナオトの家に身を寄せて、そんな生活にも慣れ始めた仕事の帰り。
美雨ちゃんに、偶然出会ってしまった。
突然の事で、頭の中が真っ白になった。身体が勝手に走り出していた。
美雨ちゃんから逃げるようにして。
追いかけて来てるのは、分かってた。でも、ここで振り返って美雨ちゃんを目の前にしたら――。
止まらない。
止められない。
その場で、抱き締めて、襲い掛かる。
ここが外だとか、何処だとか、そんなもの考える余裕も無くなって。
あの夜は“寝惚けていたから”で、許して貰えるまで何度も謝り続ければ良いけど、また同じような事をすれば、それは罪だ。
分かって欲しい。
逃げる事は、美雨ちゃんを守るという事。
立ち止まれば、泣いて必死に追いかけてくる美雨ちゃんをさらに泣かせ悲しませる。俺自身も心で泣き、駆けるスピードを一切緩めず走り抜けた。
翌日、美雨ちゃんはナオトのアパートまでやって来た。
美雨ちゃんを傷付けたくないからこそ、離れたのに逆効果だったのかもしれない。
「帰ろうね」と淋しげな作った笑みに、なす術も無い。
そして“ありがとう”の言葉。
まるで“さようなら”と、言っているようで何も返せず、家に入って行く美雨ちゃんの背をただ見送る事しか出来なかった。




