59話 ニコラウス 中編
他人種が魔族に恋をするなんてあまりにも不毛だ。そして何より、魔族にとっても好ましいことではない。
他と違って魔族には寿命らしい寿命がない。しかし死ぬことはできる。他人種の時間はあまりにも短く、儚い。愛情を深く傾けた人間を失った時、深く傷つくのは残される魔族の方だ。
(あの女が、この男に情を移さないと断言できないからな。やたら人が良いし、世話焼きだし、情が深そうだし……コイツに釘を刺しておかないと……)
時間感覚が違うからこそ、魔族は他人種に恋愛感情を持つことはほとんどない。共同生活を送ることが多かった獣人族などは、魔族がそういう意味で愛した例はないくらいだ。……しかし人族との恋愛の前例は、少ないがなくはない。そしてその後は悲惨だったと記された文献も残っている。
花の魔女がそうならないとは限らない。ニコラウスは、他人種の後追いなどという馬鹿な行為で最後の同胞を失いたくはなかった。
「言っておくが、僕たちとお前たちは違うからな」
獣人の寿命はおおよそ四十年。人族だって、長生きしても八十程度、最長命の記録でも百を超えたくらいだ。数百、数千年と生きていく魔族とは違う。
魔族同士なら長い時の中で友人になったり、夫婦になったり、疎遠になることもあればまた近しくなることもある。長い時を生きるからこそ関係を限定されないものだった。
しかし百年も生きられない種族との関係は、そう変わらない。変わる前に死んでしまうからだ。……恋仲や伴侶になれるかもしれない、なんて思いあがられては困る。そうなったとして苦しむのは魔女の方なのだから。
「ええ、よく分かっています。肝に銘じておきましょう」
睨みつけるニコラウスに対して穏やかな表情で答えるレオハルトだが、一応理解をしているらしいことはその声色から察せられた。叶えるべきではないと理解した上で恋心を抱えたまま過ごすつもりなのだと。
……分かっているならいい、とニコラウスも留飲を下げた。まだ二十年しか生きていないような若者をいじめる趣味はない。
「……ふん。じゃあ、あの魔女が何をどうしたのか確認する。お前もついてこい」
「ええ、もちろん」
レオハルトを連れ、壁の一部に作られた通り道から外に出る。魔法により操られた植物は人間が通る場合にのみ大きく道をあけ、魔物がやってくると固く閉じる。これはニコラウスの宿の出入り口にも使われている魔法だが、原理はよくわからない。
魔法で人間と魔物の区別をつけるまでならともかく、個人の識別までやっているのだからかなり高度だ。植物にそこまでの意思があるというのがそもそもニコラウスの発想になかったため、やはりこの分野において花の魔女は天才的な発想と思想の持主である。
「魔導士殿、おさがりを!」
「ッ……」
壁となっている鎖薔薇の動く魔法に気を取られ、すぐそばにいた別の魔物に気づかなかった。レオハルトがニコラウスの肩を掴んで後方に押しやり、剣を構える。
相変わらずの馬鹿力だ。掴まれて少し痛む右肩を押さえながら、レオハルトが剣を構えた相手を見た。
「待て、様子がおかしい。ここまで接近して敵意を向けても動かない」
「……そうですね。この距離にいたらだいたいあの実の部分を振り回してくるんですが」
壁のすぐそば、半ば壁に埋もれて隠れるように生えていたのはアヤッシーという植物の魔物だ。硬く大きな実をつける木で、その実を振り回して獲物を殴り殺す魔物である。植物の癖に物理的な攻撃力が高いため、その攻撃範囲に入らず遠方から魔法攻撃を仕掛けるのが一般的な討伐方法となる。
(植物系の魔物がこんなに近くまで移動してきてるのか)
植物の魔物は基本的に生まれた土地に根付くものだが、その土が適さない場合は移動することがある。現在の魔境は毒に侵された大地となったためか、最近はあの山から下りてきたと思われる植物系の魔物が浄花の境界からこちら側へと増えつつあった。
村の付近にもだんだんと姿を見せるようになってはいたがこんなに至近距離にいるとは思わなかったし、油断していたが――それにしてもこの魔物は攻撃するそぶりがなく、まるで普通の植物であるかのように微動だにしない。
鑑定してみたところ、人間には攻撃できないようになっていることが分かって肩の力を抜いた。
「……これは、魔女の眷属みたいだな」
「魔女殿の? ……マンドラゴラ以外も眷属化できるようになられたんですね」
「まあ、系統としては同じ魔法だからね。一種類できれば他のもできるようになるのは早いだろうけど……魔物自体のレベルも低い、生まれたばかりだ。こういうまだ弱い植物系の魔物なら何でも眷属にできるのかもな」
拠点建築だけでなく、魔物の眷属化とそれらの拠点配置までやっていたらしい。一体どれほどの魔力を使ったんだと心配になってきた。
そして拠点の周囲を見回ったことで、そういう眷属の魔物が一体だけではないことも分かった。しかも複数種類存在している。
「……まさか魔物に守られるとは思いませんでした。魔物の眷属化とは短時間でできるものでしょうか」
「一体や二体ならともかく、十体以上いる。さすがに魔力が持つはずがないだろ……普通ならだけど。あいつは化け物か?」
竜との戦争を生き延びるほどの大魔族、どれほど長く生きているのかも分からない。そんな伝説級の存在だとしても、人間なのだから限界はあるはずだ。
ニコラウスが自分を基準に考えれば、その魔力はすでに底をついているような魔法を使っていることになる。さすがに人間離れしすぎだろう。
「それなら魔女殿は眷属の魔物に防衛をさせるつもりで準備していらっしゃったのでしょうね」
浄花によって、魔境との間に引かれた境界線よりこちら側は植物と草食動物の楽園のようなもの。新しい植物の魔物が生まれやすくなっていたし、それらを日々眷属化して備えていた可能性はある。それならばまだ理解はできた。
(……それでも、やっぱり魔力は使いすぎだ。あの女……余裕そうな顔してたけど)
壁を見て回って、魔女が本気でこの村を守ろうとしていることは理解できた。人を襲わず、魔物を襲う植物。遠近どちらの攻撃方法も持った植物魔物がそれぞれ配置されている。しかもいざという時は食料にもなる魔物までいた。これらは魔女が配置を考えて移動するように命令を下したはずだ。
こんなに手の込んだ拠点――本当は、無理をしていたのではないか。ニコラウスを前に腕を組んでいたのも、余裕の表れではなく姿勢を崩しそうになる自分の体を支えるために抱いていただけなのかもしれない。
(あの馬鹿は他人のために無茶しすぎるところ、ありそうだし……まったく世話が焼ける)
……今日は上手く話せなかったし、あとで差し入れでもしてやろうと思った。
情報はかなり出そろっているはずなのに正しい道を逆草するからいつまでも正解にたどり着けない
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