57.7話 レオハルト 後編
「何してるの、お前たち」
魔女が大規模な魔法を使ったことで、魔族である彼も異変に気付いて飛んできたのだろう。なんだかんだと言いながら、彼はようやく見つけた同族が気になって仕方がない様子なのだから。
ただ五百年の時間は彼にとっても長すぎたのか、ニコラウスは魔女に強く当たりがちだ。また魔女が責められないよう、彼女が大きく貢献してくれたことを説明する。
「魔女殿が拠点づくりに協力してくださいました。……もう、ほとんど完成しています。あとは物資や細かな道具を運び入れるくらいで、すぐにでも使えるでしょう」
「…………お前はほんと、すぐ大規模な魔法を使う。そんなにポンポン魔法を使って、魔力切れを起こしても知らないぞ」
苛立たしげに魔女を睨むニコラウスの視線を追うように魔女を見た。彼女は微笑みながら腕を組み、疲れなど見えない様子だが、同族のニコラウスがわざわざ口にするくらいなのだから余程の魔力消費をしているはずだ。
「魔族の魔力切れは、他の人種よりも重い症状が出ると聞きますが……」
レオハルトも魔力切れの経験はある。魔境の調査中にそうなって戦闘に支障をきたしたのだ。とはいえ魔力が切れたくらいで動けないことはない。
だが魔族にとって魔力とは生命力と言っても過言ではない。彼らが歳を取らないのは、その膨大な魔力に体を支配され、肉体の再生を繰り返すからだという。そんな彼らが自分を維持するために必要な魔力まで使い果たしたらどうなるか――。
「そうだよ。お前たちは魔法が使えなくなって疲労感を覚えるくらいだろうけど、僕たちの場合は魔力が減りすぎれば体調を崩すし、最悪衰弱して死にかねないからね」
やはり命に係わるらしい。圧倒的長命種である魔女が自分より先に命を落とす可能性など頭になかったレオハルトは、一気に不安になった。
普通の人間は命を削ってまで他人に尽くさない。しかしこの優しい魔女ならば、五百年前も命を懸けて他の人種すべてを守った魔族たちならば、それくらいやってもおかしくなかった。
「魔女殿、やはりご無理をさせていませんか? それならばどうか、二度とこのようなことはせず、御身をお大事になさってください」
魔女は微笑みながら首を横に振った。それは「これくらい問題ない」という意味なのか、それとも「多少身を削っても人助けをやめるつもりはない」という意味なのか。どちらの意味にもとれて、言葉を交わせないことを不安に思う。
そんな感情を顔に出し過ぎたのか、魔女は軽く悩むように首を傾げた後、しずしずとレオハルトの元へやってきて、目の前で握っていた拳を開いて見せた。そこにはちょこんと小さな葉の植物があり、どうやら魔法で作り出したもののようだった。
(まるで手品でも見せるみたいだったな。……私を元気づけようとしてくれたんだろう)
まだ魔法も使えるし、これくらい平気だから心配しなくていい。そういう意図で作り出されたのがこの植物。本来は三枚の葉を生やすものだが、時々突然変異で四枚葉となる。そしてその四葉は幸運の象徴とされ、幸せを願う相手、親しい人への贈り物にもよく使われる定番のデザインだ。
それを魔女はレオハルトへと見せ、差し出したまま動かない。……これは、彼女からの小さな贈り物ということだろうか。
「……魔女殿、これは……私にくださるのでしょうか?」
魔女が頷いたのでレオハルトは四葉をそっと受け取った。……幸せを願われているのだろうか。レオハルトが魔女の幸福を願うのとは少し違うかもしれないが、それでも嬉しい。
彼女は衣食住、そして薬など人に役立つものはすぐに作り出すけれど、特に生活の役に立つでもない物をもらった人間というのは限られている。……少なくとも、レオハルトが知る限りこういう何にもならない物をもらったのは自分だけだ。
(ただの四葉だろうに。……得難く感じる)
なんの変哲もないただの四葉が特別に思えて、これができるだけ長くもつようにあとで処理をしよう、と懐にしまった。
そんな自分を不満そうに見ている視線に気づき、内心で苦笑する。……いままでのレオハルトも似たような目を彼に向けていただろうから。
「……ふうん、まだ余裕って言いたいわけか。お前のおかげで計画のやり直しが必要だから、宿に戻って会議を再開した方がいい。この騎士は連れていくから、早く帰れ。……余計な魔力を使わず休めよ、馬鹿め」
口は悪いが内容としては心配だから早く休めというもの。それを聞いた魔女は、さすがに同族の心情を慮ったのか微笑みながら家の方へと歩いて行く。
そんな魔女の背中を見送り、見えなくなったところでニコラウスは眉間にしわを寄せ、舌打ちでもしそうな顔をこちらに向けた。
「言っておくが、魔族と他人種は違うからな」
その言葉の意味が何か、分からないほど鈍感でもない。先ほどまでレオハルト自身も考えていたことだ。
魔族とそれ以外の人種では寿命が違う。生きる時間があまりにも違う。不死でなくても不老の魔族は、不測の事態さえなければ永遠に等しい時を生きるからこそ、他人種と親しくなっても「恋愛」する例はほとんどなかった。
魔族と他人種では時間の感覚が違うから、愛情を育むための時間感覚も違う。魔族が他人種を愛するには圧倒的に時間が足りなかったのだ、という。
(言われなくてもわかっている。……自戒も、何度だってしよう。私と魔女殿はあまりにも違いすぎる)
だからレオハルトは彼女から恋だの愛だのという情を向けてもらえるとは思ってはならないし、望んではいけない。望むだけ無駄な、不毛な恋。……それを理解したから、レオハルトは一生自分の片思いでも構わないと、そう決めたのである。
「ええ、よく分かっています。肝に銘じておきましょう」
誓いを立てるように胸元に手を当てながら、そこにしまってある四葉の存在を思い出し、微笑みながらニコラウスへと答えた。自分はこれで満足でそれ以上など求めていない。……ちゃんと分かっている。
「……ふん。じゃあ、あの魔女が何をどうしたのか確認する。お前もついてこい」
「ええ、もちろん」
ニコラウスも一応は納得したのかつまらなそうに顔をそむけたあと、拠点内の確認を始めるつもりのようだったのでレオハルトもそれに付き従った。……この先もずっと魔女と同じ時間を生きる彼をやはりうらやましい、と思いながら。
誰とも根本から違うので安心してほしい
というわけで本日より感謝週間毎日更新スタートです。がんばります。
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