57.6話 レオハルト 中編
魔女はすぅっとレオハルトから離れ、まるで音楽でも指揮するかのように指を振った。すると途端に周囲の植物がざわめきだし、湧き出る水のように緑が視界の中で溢れ出す。
(これは……まさか、拠点を?)
好きにしていいか、とは「拠点を好きに作ってもいいか」という意味だったらしい。築かれる壁や植物の建物を見ながら感心すると同時にどこか残念な気持ちになり、自己反省に陥った。……一体何を期待していたのだろう。
壁はもちろん、各役割で使える簡易な箱型の建物、夜の明かりのためのランプ草まで設置され、荷物や人員を配置すればすぐにでも拠点として機能しそうだ。
植物で作られた建築物だが、魔女がいる限り枯れることはない。どうせ時間もなく簡易な拠点しか作れないはずだったのだから充分だ。……いや、充分以上か。
「魔女殿、これは……」
「足りないものがあったら、いつでも言って」
こんなにあたりを作り変えるのは、魔法を使いすぎてはいないのか。そう心配して声をかけようとしたら、彼女はまだ手伝うつもりらしくそんなことを言った。
……魔女にばかり負担を強いたくないとこちらでできることをしようと考えていたのに、また力を借りてしまったようだ。いつもいつも、彼女は誰かのために行動している。
「いえ、充分でしょう。ここまでしていただくつもりは、なかったのですが……魔女殿がここまで国に尽くす必要も、ないのでは」
この魔女は優しい。思いやりがあり、誰か一人のためというよりは皆のために尽くしている。同族のニコラウスは多少特別扱いだとしても、誰かを粗雑に扱うようなことはない。人間を平等に愛している、大事に思っている、そういう人だ。
だが、だからと言って自分の身を削るようなことはしてほしくない。魔境の変化に多少関わっているからと罪悪感を覚えているのだろうけれど、もう充分すぎるほどに尽くしているはずだ。
その身が心配でならない。身を粉にして誰かに尽くして消えてしまいそうで不安にもなる。そんな思いを抱くレオハルトを魔女はじっと見つめていた。
「ほしいもの、ある?」
「私のほしいもの、ですか……?」
「皆のためにここまでしなくてもいい」と伝えたはずなのに、返ってきた言葉が予想外で驚いた。五百年人と関わらずに生きてきて、会話慣れしていない魔女の言葉は曖昧で、受け取り方を間違いかねない。それは先ほどの短い時間で理解している。……しかし。
(これは、私の望みを聞いてくれている、はず。……もしかして、拠点づくりも私のため、とか……?)
いや、まさか。さすがにそれは思い上がりすぎだろう。しかしどうやらレオハルトが思っていたよりも、魔女は自分のことを気にかけてくれているようだ。それだけでとても嬉しかった。
「私の欲しいものは……」
望みを聞かれても具体的なものは思い浮かばない。ただ、目の前の美しい魔女の黒い瞳に捕らわれてしまう。……ほしい、という思いはたしかにあった。
(……望めるわけがない、さっきそう決めた)
レオハルトが心の底で本当に欲しいと思ってしまうものは、望んではならないものだと分かっている。しかし望んではならぬと思っていてもどこかで望んでしまうのが人間の欲望というもの。
レオハルト一人が魔女を勝手に想って幸せを願うだけでいいと思っているのは本心のはずなのに、それでもどこかで彼女の情をもらえるならと思ってしまう。……まったく、自分が欲深くて嫌になる。
「私は……魔女殿ともっと、話す機会があればと。それ以外は特に、望みません」
しかしこれくらいなら望んでも許されるだろう。魔女との時間がもう少しだけほしい。今日のように二人きりで話せる時間があれば、親しい友人くらいにはなれるかもしれない。……そうなれればレオハルトが居なくなった時も、きっと時々は思い出してもらえるだろう。
「他に欲しいもの、ないの……?」
レオハルトの望みを聞き、少し驚いたような顔をした魔女が再度尋ねてくる。もっと他にあるだろう、と言いたげに。……もしや彼女にはすべてお見通しなのだろうか。レオハルトのもっと欲深い望みや、この感情も。
(……まさか、な。……見透かされていたら、恥ずかしいが)
しかしレオハルトはまだ、魔女の前でハリボテの自分をはがせたとも言えない。まずはそれを目指さなくてはならないし、そのために彼女と話す時間がほしいのだ。友人になり、本心を晒せるような親しい関係になりたい。……今、レオハルトが望めるのはそれくらいだろう。
「いえ、今の私に望めるようなものは、何も」
「じゃあ今度、家に……来てくれる? ……ひとりで」
「……はい。嬉しく思います」
最初に言った願いの方を聞き入れて、魔女が家に誘ってくれた。二人で話せるよう場を整えてくれるつもりなのだろう。
それがたまらなく嬉しい。やはり願いとしてはこれで充分だったのだ。……これ以上などもらったら、すでに異様な動き方をしている心臓がもっとおかしくなる。
その時ふと、魔女が空を見上げた。釣られてレオハルトもそちらを見ると人影が飛んできている。すぐに地上へと降り立ちその姿を見せたのはニコラウスだった。
これでもう魔女は声を発せない。二人きりで話せないのは残念だが、次の機会があると分かっているため、それを楽しみにできた。そうでなければもっと話したかったと、ニコラウスが現れたことに不満を持ってしまったかもしれない。
ニコラウスはそれを知ってか知らずか、鋭い目つきの一瞥をレオハルトへと送った。
(……これは……)
彼の紫色の瞳にこもった感情が何か理解して、少し驚く。その目に宿るもの、それは羨望や嫉妬、そういう類の感情だ。そしておそらくそれは魔女に関係する。
レオハルトからすれば魔女から特別扱いを受けているのはニコラウスで、彼をうらやましく思うことは多々あった。……しかしどうやら今日は逆であるらしい。
恋根の挟みあげ……ってコト……!?
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