49話
「似ているのは当然でしょう。魔女殿の眷属ですし、主人の真似をしているのでしょうから」
「まあ、そうだろうね。……あの魔女の余裕たっぷりの態度は真似できないみたいだけど。マンドラゴラって臆病だから、それは無理か」
(よ、よかったバレてない……レオハルトさんありがとう……)
私が子株に同期しているのがバレたのかと焦ったが、レオハルトのフォローのおかげなのか疑いにまでは発展しなかったようだ。
ほっと安心していると、ニコラウスはローブの内側から小瓶を取り出し、蓋を開けてからそれを私へと差し出した。
「魔導士殿、それは?」
「植物用の栄養剤。体液を出したんだからちょっとは消耗してるだろうしね。……これで貸し借りなし」
「……魔物相手にも徹底していらっしゃいますね」
なるほど、この小瓶は栄養剤であるらしい。ならば子株の体にもよいだろうと口を付けたが、この体には少し瓶が大きくて飲みづらい。赤ちゃんと哺乳瓶くらいのサイズ感である。根である体にドバッと浴びた方が早いのだが、多分可愛くない。……少しずつ飲もう。しかも結構おいしい。
「あの、魔導士殿。紫ちゃんにも一本分けて頂くことはできますか?」
「大銅貨一枚ならいいよ」
「はい! もちろん!」
「…………嘘だろ。冗談だったのに」
即座に財布から大銅貨一枚を差し出したリッターにどこか奇妙なものを見るような目をしたニコラウスだが、それを受け取って私がもらったものと同じ瓶を渡していた。
「これは栄養剤代にしては高いから、さっきの話をもう少し詳しく教えてやる。……マンドラゴラの吸収能力を無効化するには魔力の差を埋めればいいんだから、いくつか手段があるわけ」
「え、あるんですか? 元からある魔力の差を埋める方法、みたいなのが」
「まあ、いくつかね」
ニコラウスの講義が再開した。私はレオハルトに抱えられたまま、栄養剤をちびりちびりとやりながらそれを聞き、リッターも紫株を肩に乗せたまま真面目に聞いている。……いや、この光景で真面目と言うのは変かもしれないが。
「魔力の高い方が魔力を減らす方法と、魔力の低い方が底上げする方法の二種類。……前者だとマンドラゴラは植物だから専用の除草剤で吸収できないように弱らせるとか」
(ヒッッ!! それは人権、いや草権侵害だよ……!!)
私はガタガタ震えた。紫株もひしっとリッターの頭に抱き着いていたので怯えている。
何と恐ろしい発想だろう、マンドラゴラに除草剤を使うなんて虐待、暴力である。マンドラゴラだって弱いなりに懸命に生きているので優しくしてほしいものだ。
「紫ちゃんにそんなひどいことできませんよ……!? ほら怯えてる!」
「……分かってるよ。方法としてあると言っただけ。ほんとそいつらは自我が強いね。人間の言葉も分かるらしいし、面白いな」
「いくら魔物と言えど、そうやってからかうのはあまり褒められたことではありませんよ。……こんなにも震えて可哀想です」
「……からかったんじゃない。研究の一環だ」
レオハルトの篭手にぶつかりながらバイブ音を響かせ、震えるあまりに小瓶の中身をびしゃびしゃと零していたら憐れまれてしまった。研究の一環、と言いつつもニコラウスは中身が減った瓶の代わりに、新しく二本目の栄養剤をくれたので、多少は悪いと思ったのかもしれない。……子株ばかり栄養剤を貰ってちょっとずるい。どうせなら主人の私にくれてもいいと思うのだが。
「で、話を戻すよ。魔力が低い方が魔力を上げるなら、修行するか薬で一時的に増幅させるかだけど、後者は違法薬物だから推奨しない。体に負担も掛かるしね」
「じゃあ俺が修行すればいいんですね!」
「……まあ、そうだね。人族が魔力の最大値を上げるのは難しいけど、あとで修行方法でもまとめてあげるから頑張ればいいんじゃない。それと合わせて、そのマンドラゴラの魔力量を減らさせれば吸われなくなるだろうし」
「……あの、それってまた何か危ない方法じゃないですよね?」
リッターがそう聞くとニコラウスは自分の顎に手を掛けながら小さく首を傾げた。
「単純に魔力を消費させて疲れさせればいいよ。それで最大量が逆転すれば意識がない状態にでもされない限りは吸われない。……まあ、意識がないとこの量の差って関係なく吸えるからそこは気を付けて、それの前で意識を失わないようにしろよ。マンドラゴラってそのために叫んで気絶させてくるから」
「……紫ちゃんを疲れさせるなんて、あんまりやりたくないですね」
「でもお前、一番簡単な方法はやりたくないだろうからな……」
「一番簡単な方法?」
「ああ、マンドラゴラの根に針を刺して体液を吸い出――」
あまりにも怖い台詞が聞こえたため、私は恐怖で叫びながら両手で目を覆い、子株との同期を切った。本体へと意識が戻り、こちらの体でも寄りかかった椅子からがばりと身を起こし、顔を手で覆う姿になる。膝の上に載せていたカップが床へと転がり落ちて音を立てた。……針で体液を吸い出すとか、あまりにもむごい。拷問だろうそれは。
「魔女さま……大丈夫ですか? 悪い夢でも、見たんですか……?」
カップを落としてしまった音に驚いたようで、ノエルは少し慌てたようにぱたぱたとこちらに駆けてきた。少し慌てて周囲を確認してみたがコーンスープは空になっていて、床を汚したりカップが割れたりしている様子はなく、ひとまず安心した。
(なんでもないよ、驚かせてごめんね……ちょっと怖い話を聞いただけで……ひぃっニコラウスさんやっぱり怖い)
「……無理して笑わなくても、大丈夫ですよ。魔女様だって……思い出して辛くなることがあるって分かります。俺ももう子供じゃないですから、そこまで気を遣わなくていいです」
(……うん?)
「……それでも俺に心配かけないように笑うんですよね、魔女さまは。知ってます」
ノエルはそんなことを言いながら私の足元にしゃがみ、落ちているカップを拾った。私にそこまで辛い過去はないから、皆の設定の中の「魔女」の過去だろう。
私が思い出して辛いことといえば、あの魔境の中で「ゾンビといっしょ」という教育、いや恐育番組をやらされていたことくらいで、前世の不幸は覚えていても「悲しい」とか「辛い」という感情が付随することはなくなっている。
前世の花園美咲と今の私は、完全に別物といっていい。……まあ、哺乳類と植物なので感覚が変わらぬ方がおかしいのかもしれないが。
「獣人は寿命は短いですけど……俺は長生きしますね。魔女さまとできるだけ、長く一緒にいます」
彼はそう言って、しゃがんだ格好のまま私を見上げて微笑んだ。……獣人は寿命が短いらしい。
寿命についてはあまり考えたことがなかった。魔族は非常に長生きだというのは知っていたが、他も人種によって違いがありそうだ。
(……そういえば私ってどれくらい生きるんだろうね?)
植物の寿命が長いイメージはないが、マンドラゴラはただの植物ではなく魔物なのだ。……一応魔族ということになっているから、あまり気にしなくてもいいのかもしれない。私が穏やかに生を終えられるなら、その生涯は一年だろうと百年だろうと、それ以上だろうとあまり関係がない。魔族と思われていれば長生きしていても疑われないし、早死にした後なら正体がバレても何も問題がないからだ。
「スープ、温めましょうか。それともお茶を淹れますか?」
(うーん、じゃあお茶かな……浄花のお茶)
ノエルの優しい声の問いかけに、ニコラウスの栄養剤が美味しかったことを思い出しながら、浄花の花びらが入った籠を指差した。彼はそれだけの動作でこくりと頷く。
「分かりました、じゃあ、浄花のお茶を淹れてきますね!」
尻尾を振りながらキッチンへと向かう背中を見ながら、私の動作から意図を読むのは抜群にうまいのにな、と思う。……私という存在を根本的に誤解しているからこそ、感情においては勘違いをしてしまうのだろう。
(……でも、やっぱり……バレない方がいいよね。私がただのマンドラゴラだってことは)
誰もが私を「花の魔女」だと思っている。人でなしの私は、きっとこの勘違いの中でしか人と共に生きられない。
大人しく善良で人の役に立つ魔物として頑張るので、せめてひっそりと暮らしていくことくらいは許されたいものだ。
恐怖の育成番組「ゾンビといっしょ」
提供:NHK(謎の破壊草)――[終]
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