祭の終わりに
例えばの話、自分がどうしようもないドルオタで、好きなアイドルのライブに足繁く通って、握手券求めて何枚もCD買って、挙句ダフ屋から券を購入したとする。その場合、かなりの確率で反社に協力してる可能性があります。もしそうだと分かってても、反社への協力よりアイドルへの応援が重要ならそちらを優先するでしょう。
自分の払ったカネが反社の懐に入るとしても、好きなアイドルと握手できるとなればそちらを取るかもしれません。その際、もし誰かにあの握手会には反社が関わってるよ、とご忠告されても考えを改めない可能性は十分考えられます。自分はそういうやつです。ただそのけじめとして、反社撲滅運動には積極的には参加しませんけどね。
自分はネカフェを愛用してますが、そのネカフェの経営元にもし反社が関わっていれば十分反社への協力になるわけです。その事実にどっかで気付いたとしても、自分は恐らくネカフェ通いをやめないでしょう。大多数の人もそうではないでしょうか。
現実的に考えて、この世から反社を消すのなんて不可能でしょう。名前を変えたり母体を変えたり、時には公的な団体になってでも存在し続けると個人的には思います。そういうものと一切関わるまいとすれば、それこそ無人島にでも行くくらいしかないような気がします。この現代社会、そういう組織と関わらず生き抜くのは至難の業とも思えます。
それ考えたら芸能人が薬物に手を出すのもある意味必然のような気がします。その大元締めの尖兵なわけですから。彼ら彼女はその美貌や歌唱力、笑いを取る能力でもって人々を魅了する術に長けています。魅了された庶民はひとときの夢を見るために対価を支払います。その対価が反社の資金になろうとも、それはごく自然なこととも思えます。
だったらヤクやろうがタイホされようが芸能人やめる必要ないわけです。庶民ならヤクやったらほぼすべてを失うけど、芸能人さんなら守られるってのもある意味当然ってことになります。そもそも芸能界ってのはそういう性質のものだと考えれば。
うん。なんか納得した。ワイドショーの論調が薬物女優さんをどこか擁護してたのはそういうことですね? 口では薬物許さんみたいなこと言っといて、いざ身内の芸能人にはどっか甘いのは、それが建前に過ぎないからだったのですね。
薬物事件や闇営業をことさら大事のように騒いでいたアレは印象操作だったと考えれば辻褄合います。メディアは反社や薬物をことさら敵視するクリーンなポーズを視聴者に印象付け、その一方で墓穴を掘ったマヌケは叩くふりしつつ大目に見ると。
なにしろこれからも稼いでもらわにゃならん金の卵。そうそう引退などさせられません。薬物問題起こした芸能人を庶民ごときが糾弾するなど見当違いもいいとこだったのです。薬物なんてダメ! 絶対! というメディアのイメージ戦略に乗せられたからこそ、自分は「ヤクに手を出した芸能人は厳しく処罰されるべき」と思い込んだ可能性は十分考えられます。
もっと言えば薬物事件に過剰に反応すること自体、メディアに操られた結果だったとも言えます。
つまりは自分はバカだった、てことです。




