博士の情熱 5
翌日、朝の間に荷作りを済ませて博士の車に積めるだけ詰め込んだ。ワッツは二人の旅路を案じてガソリンまで分けてくれた。親子の別れの段になるとさすがにリュックは涙を堪えきれなかったが、ワッツに激励され、車の助手席に乗り込んだ。やはりワッツも心中では息子を外の世界に出したかったのであろうと博士は思った。
こうしてリュックは博士の家に入り、博士の勤める複合企業が経営するスクールに入学。そこには高い学力の生徒ばかりが集められていた。さすがに入学時は学力差にリュックも面食らったようだが、すぐにその差は逆転。博士が睨んだとおりだった。最初の数年間は年に一度は父親に会いに戻っていたリュックだったが、時間が惜しいと、ミドルスクールに上がるとそれもなくなった。その頃にはもうリュックは頭角を顕し、スクール創立以来の俊才とまで謳われ、飛び級で大学に合格。学会でも注目を集めた。
やがて大学院生になると博士の助手となり、その仕事をサポートするようになった。リュックの発想力は素晴らしく、博士の業績も格段に上がっていった。リュックが博士を抜き去り、自身の後継者となるのも時間の問題と思えた。
「博士、少しよろしいですか?」
「なんだね? 改まって、めずらしいな」
「あの……先日完成した植物生体系に関する論文なのですが、僕との連名にされてましたよね?」
「ああ、そうだったね。これは失敬した。君ももう実績が必要だね。私の名前は削除しておこう」
「いえ、そうではありません。僕の名前を削除してほしいんです」
「なんだって? あれは確かに基礎理論は私だったが、発想は君のものじゃないか。それでは私が教え子の手柄を奪ったと言われかねない。削除するのは私の名前だ」
「いいえ。あの理論は博士なしでは完成しませんでした。僕は何もしていません。署名は博士のものに」
「君は欲がないな。普通の研究者は自分の成果を横取りされまいかと怯えるものだが、なぜ表に出ようとしないのかね? あの論文になにか不備でもあったかい?」
「いえ、なにも……ただ、僕が何もしてないのは事実ですし、成果なんて誰のものでも構わないと思うんです。それが人の役に立つものなら」
「自分は縁の下で構わないと……しかし、それでは研究費を引っ張るのも苦労するぞ。君はもう少し欲張った方がいい」
「ははっ、僕だって欲はありますよ。欲張りすぎてて、自分でも怖くなるくらいに」
「そうなのか? まあ、それを聞くほど私も無粋じゃないつもりだが、自分のことを欲深いなんて言う人間に欲深な者はいないよ」




