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金色の螺旋  作者: 亜薇
第八章 霞む四星
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八.四神消滅

 帝都洛永らくえいの中心、王城利洛りらく城から程近い所に、白虎・大御史だいぎょし紫暗の邸が在る。妻子を持たず、下男や下女を数人ずつ置いているだけで、其の暮らし振りは実に目立たぬものであった。

 仕事以外では他人と付き合わず、来客も無い。殆ど休む為だけの屋敷は、無駄な装飾や調度品が一切無く、本人の性格を反映してか常に清潔に保たれ、整えられていた。

 死んだはずの友人が訪ねて来た時、紫暗は御史部ぎょしぶから一度屋敷に戻り、皇宮に向かう準備をしていたところだった。本当に死んだのだろうかと疑問には思っていたが、彼が自分を訪ねて来たと聞いた時、俄かには信じられなかった。

「緑鷹、本当におまえか……」

 不意の来訪に意表をかれた紫暗は、久方振りに会う昔馴染みを見て我知らず声を出す。

「おい、幽霊でも見たような顔をするな。おまえまで俺が死んだと思っていたんじゃないだろうな?」

 笑いながらずかずかと室に入ってきた彼は、右肩に提げていた酒瓶を下ろし、勧められもしないうちに長椅子の上に腰掛けた。

「飲むか?」

 差し出された酒を見て、紫暗は無言で首を横に振る。

「ちっ……おまえ、未だ飲まないのか。何時までも下戸げこのままでは損をすると言ってやっただろう」

 尊大な口のきき方は相変わらずだが、紫暗は緑鷹の何かが数年前と変わっていることに気付く。怪訝けげんな顔で旧友を見詰めると、抑揚の無い声で尋ねてみる。

「……左手を如何どうした?」

「ああ……聖安の蒼稀上校にやられた。おまえも名前くらいは聞いたことがあるだろう。鼻持ちならん餓鬼だ」

 緑鷹が素直に答えたことが余りにも意外で、紫暗は目を見開いた。自尊心、虚栄心の強い彼は、自分の敗北を認めたがらない。昔、瑛錘えいすい上将軍に顔を斬られた時も、誰に傷付けられたのか、暫くの間決して話そうとしなかった。

「……俺が消えていた間、色々と面倒なことに為っているようだな。漸く開戦に踏み出したというのに、かつて無い程宮中が乱れている」

 左手のことで機嫌を損ねたようには見えないが、緑鷹はさりげなく話題を変えた。そして其の緑鷹の発言に、紫暗の脳裏をいささかの疑問がかすめる。

――帝都を離れていた緑鷹が何故、内部事情を知っている? 開戦の話等も、未だ正式には表に出ていないというのに。

「聖安から帰るなり、あの一々腹の立つじじいが待ち構えていて、面白いことを言われたぞ……珠帝陛下を失脚させて、代わりに先帝の甥を帝にしたい。だから、俺に手伝えと」

 紫暗が言葉を発さず考え込んでいるのを見て、緑鷹はわざとらしく驚いてみせた。

「何だ、知らなかったのか? そういうのを潰すのが大御史の仕事だろう?」

「……叛意はんいを持つ高官が居るという情報は、とっくに掴んでいる。枢相すうしょう韶宇翁しょううおうなどは、ず疑うべき人物だ。だがおまえを使おうとしているとは、奴らしくもない大胆さだな」

 緑鷹や紫暗をはじめとする四神と韶宇は、以前から反目し合い事有るごとにぶつかっていた。幾ら珠帝に縁を切られたと噂される緑鷹といえど、共謀を持ち掛けるなどとは考えにくい。

「何時の間に、陛下も随分と優しくなったものだ。分かっていて、そんな臣下を直ぐに排除しないのは……全く陛下らしくない」

『白虎』や『朱雀』があぶり出した不穏分子は、一族の者全てが容赦無く惨殺され消されたものだった。珠帝が即位して後統治が安定するまでは特に多く、恐ろしい粛清しゅくせいは彼女が『焔の女傑』と呼ばれる所以と為った。

「韶宇は相の中でもかなりの権力を握っている。今、奴を下手に裁けば宮中が分裂し、内戦にも成りかねない」 

 冷静に説明する紫暗だったが、自分でもせぬ顔をしている。

「だが確かに、近頃の陛下は何処か様子が違う……其の最たるものが、おまえに対する処置だ」

 聖安を挑発するために、『玄武』を死んだことにして国葬を行った。表向きは『名誉の死』だが、本人からしてみれば存在の抹殺であり、敵の将校に破れたと人界中に公表されたことは屈辱以外の何物でもない。

 功臣には格別の温情を与えてきた珠帝にしては、異常ともいえる此の仕打ちには、紫暗だけでなく多くの者が驚いた。だが当の緑鷹にしてみれば、そう不思議なことではなかったらしい。

「そうか? 随加ずいか駐留を命じられた時から、何をされてもおかしくはないと踏んでいたが」

 皮肉めいた言い方で笑う緑鷹に、紫暗が溜め息を漏らす。

「……其れは、何か理由が有ったのだろう。確かにあんな僻地へきちに行かされたことには同情するが」

「珍しいな、おまえが人の肩を持つなんて。随分と陛下を信じるようになったじゃないか」

 そう指摘され、紫暗がやや不快げに眉を寄せると、緑鷹はますます愉しそうに為る。珠帝に『見放された』にしては、随分と余裕の有る反応だ。

 訝る紫暗を余所に、緑鷹は心置きなく酒を喉に流し込んでいる。一気に飲み干すと、腕で口元を拭いながら、思い出したように尋ねた。

「ところで、例の姫君とはどんな具合だ? まさか未だ手出ししていないなんてことは無いだろう?」

 たった一言で、紫暗はあからさまに不愉快さを顔に表す。

「一体何の話だ」 

「……蒼稀上校に恭月塔のことを伝えた。直、姫を奪いにやって来るぞ」

 緑鷹の期待に反し、紫暗の面持ちはさほど変わらなかった。一瞬だけ瞠目どうもくしたが、やがて直ぐに何時も通りの仏頂面に戻る。 

「おまえの仕事を邪魔したのに、怒らないのか」

「怒るも何も、足を踏み入れれば殺すまで。何時もと変わらん」

 怒りを感じるというよりも、紫暗には緑鷹の言動が全く理解出来なかった。蘭麗公主の居場所を教えたというのが本当なら、立派な叛逆はんぎゃく行為に為るというのに。

――やはり、陛下を恨んでいるのか……? だとしても……

 気に入らないと思えば、たとえ主君であっても剣を向ける。緑鷹は元来、そんな分かりやすい男である。陰湿で回りくどい小細工の類は、他人が行うのを見ることすら嫌うはず。為政者である珠帝が政治的な駆け引きを行うことさえ、好きではない。そんな彼が、蘭麗公主に関する秘密を漏らす等という小賢しいことをするだろうか。

 韶宇翁に珠帝失脚の援助を依頼されたとも言うが、緑鷹自身、其の話に乗る気はないのだろう。もし関わる積もりなら、幾ら旧友とはいえ大御史である紫暗に明かすはずがない。

……しかし今後、どんな形であれ、珠帝に仕える気が無いのだけは確かなようだ。そうでなければ、恭月塔のことを漏らしたりしないだろう。

「……此れから如何する積もりだ」

「さてな……何処か遠い国にでも流れて、また戦に出るか。今度は山賊に為ってみるのもいい。とにかく戦えない、殺せない状況というのは予想以上に詰まらん」

 緑鷹の返答は、実に彼らしいものだった。

「此の二十年近く、なかなか愉しめた。最後に聖安との戦に出られなかったことが……心残りだが」

 感慨深く言うと、視線を再び紫暗の方へ向ける。

「俺が消えても、おまえは茗に居続けるだろう?」

「さあ……元よりおまえと同じで、此の国自体に執心している訳ではないからな」

 そう言いながら、紫暗は遠い昔に立てた誓いを思い起こす。

『国を揺るがす存在に為る』

 未だ幼い少年の頃、同郷の出である緑鷹と共に描いた、美しい夢。茗の田舎の、中流士族の家柄に生まれた彼らは、何も為そうとしなければ無難で詰まらない人生を送っていたかもしれぬ。其れをとせず、命懸けで戦場に行き軍功を立て、女帝に腹心として仕えて『四神』にまで上り詰めたのだ。

 其の『国』は何処でも良い。彼らが茗に仕え続けているのは、珠帝という王に惹かれたがゆえだったのだから。

 紫暗も、緑鷹も、根本の部分では殆ど何も変わっていない。言葉に出さずとも、彼らは心で感じ、共鳴していた。

「青竜の奴と朱雀は珠帝から離れないだろうが、『四神』は消滅だな。別に何ということも無いが」

 四神と呼ばれていても、緑鷹には仲間意識というものがまるで無い。紫暗とて同様で、特に禁軍を出てからは、他の二人と顔を合わすことは滅多に無い程であった。

「いや、青竜は……」

「……やはり、危ないのか」

 其れは、茗における最重要機密の一つであった。数年前、緑鷹が都を離れた頃には既に危険視されていたことだ。

「良くは分からんが、弱っていることは確かだ。俺は、近頃の陛下の焦りは其れが原因ではないかと見ている」

 巧みに隠しているとはいえ、青竜の往年の強さを知る紫暗は、年々彼の力が弱まっていることに気付いていた。だが恐らくは、未だほんの一握りの者しか勘付いていないだろう。

「数年間開戦を渋っていたのに、光龍が聖安に居ると睨んだ途端、急に内政を不安定にしてまで戦を望み出した。光龍の力を手に入れようと躍起やっきに為っているのも、『あれ』に対抗するためと考えるのが自然だ」

 珠帝は単に、強欲さから力を求めている訳ではない。二十年もの間彼女を観察してきた紫暗は、珠帝という王を其のような人物として見るように為っていた。

「成程……此処数年、『人界統一』を等閑なおざりにしていると思ったが、そういう事情が有るのなら、合点がいく。おまえは相変わらず鋭いな」

 随加に行く少し前から、緑鷹は他国への侵略の手を緩めた珠帝に不満を募らせていた。だが外への干渉よりも、『あれ』への脅威に備えて力を蓄えていたというのなら、得心が行ったのだ。

「其れで、『黒巫女』と其の主を味方に付けたのか?」

「離れていたのに、良く知っているな。韶宇翁にでも聞いたのか?」

 意外そうに問う紫暗に、緑鷹は何か含みの有る笑い方で返す。

「……まあ、そんなところだ」

 はっきりしない緑鷹の答えには構わず、紫暗は腕を組んだまま話し続ける。

「陛下の神力の質が変わり始めている。最近特に……顕著に為ってきた。黒巫女と、或いはその主と、かなり危険な密約を交わしているのやもしれぬ」

 身に纏う力が変わるということは、神人にとって非常に重大な変化である。『何か』が強大な力を以て其の者に影響を及ぼし、体其のものを作り変えてゆくのに等しいことなのだから。

「そもそも『あれ』を滅ぼす目的で求めた力で、己が喰い殺されては意味が無い。暫く見ぬうちに、珠帝は其れ程までに愚かになったのか……或いは、余程の覚悟を決めているのか」

 そう言ってから、残っていた酒を最後の一滴まで飲んでしまうと立ち上がり、卓の上に瓶を置く。

「長く居すぎた。そろそろ出る」

 紫暗は無造作に捨てられた瓶を見やり眉をしかめるが、何の文句もこぼさずに緑鷹へと視線を戻した。

「……本当に、此の国を出るのか」

「ああ……一つ用を済ませてからだが。おまえとも、今生こんじょうの別れに為るかもしれん」

 緑鷹が『今生の別れ』と口にするのは、此れが初めてではない。大きな戦の前など、何度となく使ってきた言葉だ。

「前に会った時にも言ったが……おまえ、やはり何かが変わったな、紫暗」 

『研ぎ澄まされた刃のようだった神気が、随分と丸くなったな……鬼が腑抜けたか』

 随加に赴く前、緑鷹は紫暗を腑抜けとあざけった。ところが、今は様子が違う。物珍しいものを目にしているという、奇異の眼差しを向けてくるだけだ。

 しかし紫暗の方もまた、今日再会してからずっと、緑鷹の様子が妙であることを気にしていた。何歳いくつに為っても短気で我慢というものを知らない緑鷹が、終始泰然たいぜんたる態度を見せていたのは、薄気味悪いとすら感じられる。特に随加に行く前の数年間は、何時でも何らかの理由でいらついていたというのに、今はそんな様子が少しも無い。

――釈然としないな。

 室を出てゆく緑鷹を見送りつつ、紫暗は奇妙な感覚にとらわれていた。此れまで多様な出自、地位の人間たちを見てきた中で、先程の緑鷹は確かに……『覚悟を決めた者』と同じ顔をしていたのである。

――だが、俺には関係の無いことだ。

 古くから互いを知っているとはいえ、緑鷹が如何どのような道を選び、進もうとも、自分が心配することでもないし、してや口を挟むことでもない。

 紫暗が気にしていたのは、緑鷹のことよりも……恭月きょうげつ塔の姫君のことであった。『女帝の鷹』と呼ばれていた頃から比べると力が衰えているとはいえ、あの緑鷹の片手を奪う程の実力を持つ敵がやって来ると聞かされ、否が応でも意識させられる。

 恭月塔を教えたという緑鷹の真意が何であれ、如何でも良いこと。紫暗が為すべきことはたった一つで、侵入者を殺すことのみ……其れ以外は無い。

 そうした強き意志が、珠帝の命を果たすという義務感から生まれ出ているのか……姫君への執着心から来ているのかは、紫暗自身、判然としない。また、はっきりさせるという発想も無い。只、自分の思考や心情に違和感を覚えながら、月白姫を手放してはならぬという念を強くするのみであった。

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