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金色の螺旋  作者: 亜薇
第七章 光焔の剣
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七.光の郷で【1】

 光の神巫女――紗柄さえ。『初代』の光龍である奈雷から数えて三人目、麗蘭の一代前の巫女に当たる。

 生まれは北の大国、祥岐しょうき国。幼き頃より光龍として尊ばれ、武人として王子の側近く仕え重用された。

 清楚な美貌に似合わず気性が激しく、其の戦い振りは嵐の如き猛々しさと華麗さを兼ね備えた見事なもの。剣をげば神風が立ち、瞬く間に狩られた敵の血煙が吹き上がる。神巫女として強靱きょうじんな力を存分に振るい、彼の妖王邪龍も恐れを為したと伝えられている。

 未だ黒神が封じられていた当時、時の闇龍は主の復活を目論み暗躍していた。主君を甦らせようとする闇の巫女の執念は凄まじく、天帝や光龍への憎しみの炎が彼女に莫大なる力を与え、巨大な非天へと為らしめていた。

 紗柄と闇龍の戦いは苛酷を極めた。余りの強さゆえ『戦巫女』の異名で呼ばれた紗柄も、闇龍との死闘の最中、壮烈な最期を遂げた。

 天の王に愛された美しき其の御魂みたまは、以後五百年もの間、聖地珪楽に神剣天陽と共に眠っていた。次なる光龍『麗蘭』の誕生を待って――





 鎮守ちんじゅの森を走る小道を抜けると、白石で造られた巨大な門が見えて来た。天をする程の巨木が何本か側に並び立ち、網の目の如く伸びる枝葉の隙間から光が漏れて門へ注ぐ。木漏れ日に照らされた汚れ一つ無い純白の柱は、まるで其れ自体が輝きを放っているようだ。

「立派な門だな。此れが珪楽の神門じんもんか?」

「はい、麗蘭さま」

 そう答えて天真が指さした門の向こうには、真白な玉砂利たまじゃりが敷かれた広い参道が続いている。

「此処から向こうが『神坐かみざ』です。直に神宮かみみやも見えますよ」

 三人で門を潜ると、麗蘭は立ち止まって背後を見る。門の周りを見回し数度瞬きをしてから、澄み上がる空を振り仰いだ。

「不思議だ……門の此方側は、また世界が違う」

 珪楽に入った時、次元の違う空間に迷い込んだかのような感覚が有った。そして神坐に入った途端、更に異質な天地が開けた気がしたのだ。

「神気が更に強くなったしね。麗蘭、君のものと良く似ている」

 蘢の指摘に、麗蘭は腕を組んで小首を傾けた。

「そうか? 自分では自分の気が分かりにくいから、余り感じぬが……」

 道の両側に連なり立つ杉の木々を見ながら、再び歩き出す。暫く進んでゆくと、天真が言った通り『神宮』と思しき建物が視界に入ってきた。

 数十段もの石段の上方に建つ、堂々たる威容を備えた高床の社殿。反りのない傾斜面の屋根は茅葺かやぶきで、真直ぐに突き出た千木ちぎが交差しているのが見える。

魅那みな!」

 天真は叫んだかと思うと、急に駆け出した。石段の下で彼の姉が待っていたのだ。

 肩下で切り揃えられた髪は天真と同じ柔らかな萌黄もえぎ色。瞳の色も彼と同じく桔梗色だが、天真よりは眼差しがきつく、意志が強い印象を受ける。二人並ぶと体格も顔立ちも非常に良く似ていて、一目で血縁の者同士だと分かる容姿であった。

「ようこそお出でくださいました。私は魅那……天真の姉で、此の地の巫女にございます」

 外見同様、声の高さも質も天真のものに近いが、口振りや表情、仕草など、全体的に彼よりも数段大人びて見える。恭しくお辞儀され、麗蘭と蘢も慌てて会釈を送り返した。

「私は清麗蘭だ」

「蒼稀蘢といいます」

 二人を見上げて幾度か頷くと、魅那は麗蘭の方に自分の身体を向ける。知的に光る真剣な瞳で、麗蘭の目を覗き込んだまま視線を逸らさない。

「巫女さま……今生こんじょうでは、麗蘭さまと仰るのですね。麗蘭……さま」

 麗蘭の名を噛み締めるようにして繰り返すと、静かに目を伏せて下を向いた。やがて直ぐに顔を上げ、ほのかな笑みを浮かべる。

「……お二人共、先ずは下宮しものみやへどうぞ。妖の山を抜けて来られたのでしょう? ごゆるりとお休みください」

 少女の手が示す先は、石段の上……古朴こぼくで美しい檜のやしろ

 隣に立つ姉の腕を握った天真は、感動で潤んだ目をきらきらさせて、満面の笑みを溢れさせた。

「お帰りなさい……巫女さま。ずっとずっと、お待ちしていました。またお会い出来て、すごく、嬉しい」

 大役をきちんと果たしたことで、僅かでも自信が付いたのだろうか。あるいは姉の許に帰り、ほっとしているのだろうか。天真は麗蘭を直視して、自分の喜びを隠すこと無く、恥ずかしがること無く飾らない言葉で伝えた。

「麗蘭さま。貴女の御魂は、ずっと此の珪楽で眠り続けておられたのです。十六年前に貴女が貴女としてお生まれになるまで……此処は、貴女の故郷なのです」

 魅那の言葉は、不思議な程麗蘭の胸奥へと落ちて来た。同時に、珪楽に入った時から感じていた懐かしさの正体も解せた気がした。 

「ありがとう……今、帰った」

 初めて訪ねて来た場所なのに、自然と「帰った」という表現が出たことに驚きながら、麗蘭は己の根源たる前世へと繋がる階段を上っていくのだった。





 木床の回廊を渡ると、麗蘭たちは畳の室に通された。十畳程の小さな部屋で、所々畳がそそけておりかなり古びてはいるが、清潔に整えられ良く手入れされている。家具や調度品の類は無く、何の用途で用いられている部屋なのかは良く分からない。

「此の下宮は、巫覡ふげきが生活し修行を行う場です。何もなく、お持て成しも出来ないのですが……」

「いや、余り気を使わないで欲しい。こうして迎えてもらえるだけでありがたい」

 まるで大人のような言動をする魅那に驚き、恐縮する麗蘭たちは、勧められるままに並んで端座した。彼女たちに向かい合う形で、魅那も姿勢を正して腰を下ろす。

 其処へ、天真が遅れて入って来た。客人二人分の茶碗を載せた盆を持ち、身体の均衡を保てていないのかふらついた足取りで、見るからに危なげである。

「どうぞ」

 膝を折ると、麗蘭たちの前へ湯気を立てた茶碗を差し出す。

「忝い」

「ありがとう。とても喉が渇いていたんだ」

 受け取って直ぐに飲んだ二人は、天真がれた茶が想像以上に美味しいことに驚いた。水温も濃さも丁度良く、柔らかでまろやかな深い味わいが有る。

「麗蘭さま。早速ですが、此の地に居らしたのは天陽を求めてのこと……ですね?」

「ああ、そうだ。開光のため……そして来るべき巨悪との戦いに備えるため、神剣が必要なのだ」

 天陽は光龍としての覚醒にも不可欠だが、何れ黒神と闘う時にも鍵となる。人が鍛えた剣では神を斬り、刺し貫くことが出来ない。神が創りし剣でなければ、宿敵にかすり傷一つ付けられないのである。

「天陽は、紗柄さまが亡くなられてから五百年間ずっと、上宮かみのみやに封じられています。後程ご案内いたします。あの剣を神巫女に継承していただくことは、私たち珪楽の巫覡の勤めです。ただ……」

 魅那は麗蘭から一度目を逸らし、間を置いてから続ける。

「どうか、ご承知おきください。天陽を抜いた瞬間、貴女は今の貴女ではなくなります」

「私が……私でなくなる?」

 言葉の意味が解せず、思わず聞き返してしまう。

「光龍の剣には、過去の巫女たちの『記憶』が残っています。其れが貴女の魂に眠る思念に反応し、呼び起こされる……其れに依って生じる影響が、貴女に如何ような変化をもたらすのかは分からないのです」

――過去の巫女の記憶が、呼び起こされる……?


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