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金色の螺旋  作者: 亜薇
第六章 妖霧立つ森
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十一.見届ける者

 麗蘭と別れた後、妖魅ようみの王は次に会うべき人物の気を探った。

 光龍の『陽』とは真逆の『陰』の気、『光』をもかげらせ喰らい尽くす『闇』の気。そして妖王が昔から苦手としている『の君』の香りを纏った……膨大なる黒の力。普通なら容易く探せる独特な気配だが、『彼女』が用いている隠神術が見事であるがゆえに、妖王といえども見付け出すには骨が折れた。

 役割を終えたはずの其の人物は未だ去らず、深き森奥に残っていた。霧の中、数年振りに会う彼の姿を見ても全く驚いていないところから察するに、其の者が彼を待っていたのは明らかであった。

「お久しゅうございます、邪龍さま」

 妖王を前にし、慎ましやかに深々と頭を下げる美女は……瑠璃。

「どうなされた? 其のように険しいお顔で」

 小さく首を傾げてみせる彼女に、妖王は抜き身のまま持っていた長剣を押し付けるようにして手渡した。

「持ち主に返しておけ」

 彼女は両の手で恭しく受け取ると、数日前に此の剣を召還した時と同じく頭を垂れ、主の御剣に深い敬意を示す。

「まさか、貴方さまが直々にお出ましになるとは……麗蘭が引き抜き、我が主の力に毒されるのを楽しみにしておりましたのに」

「……嘘を吐くな。元々麗蘭に抜かせる気など無かっただろうが」

 僅かな苛立ちを含んだ声色で、容赦なく斬り捨てる。

「俺に抜かせることも、奴の計算の内だろう? 此処を踏みにじられて、俺が黙っているはずが無いと」

 瑠璃は答えずに、只艶やかに笑んでいる。妖王は其れを無言の肯定だと受け取った。此の女には、主と自分の心の内を見抜かれて焦る様子などまるで無い。其の点が幾らか、妖王のかんに障ることになった。

「開光のことを麗蘭に教えたのは、どのような意図があってのことでしょう?」

 彼がやや機嫌を損ねていることに気付きながらも、瑠璃は平然と話し続ける。

「……奴の望み通りにしてやっただけだが」

 次の瞬間、場の空気が一変する。先程から妖王に対しずっと微笑し続けていた瑠璃の反応が……変わったのだ。だが、其れもほんの数瞬。笑むのを止めて瞳を凍り付かせたかと思えば、直ぐにまた頬を緩めて皓歯こうしを少しだけ覗かせる。

「流石は……異母弟君おとうとぎみ。あの御方のお考えを良く御存知でいらっしゃる」

 麗蘭には黒神への報復だと話した妖王だが、真意はたった今瑠璃に言った方だった。彼は決して臆病者では無いが、黒神との間に波風を立てることは極力避けたいと考えている。淵霧の件も、異母兄あにの考えを推量して自ら出向いたというのが事実。外向きには黒神に屈していない形を装い、結局は彼の思い通りに動かされている現実が、今妖王の機嫌がすこぶる悪い大きな要因である。

「茗の女帝になど肩入れし、何を企んでおられるのか。大方読めはするが理解は出来ぬ」

 半ば呆れて吐き捨てる彼に、瑠璃が静かに口を開く。

「黒龍さまは退屈なさっているのです。人間や妖たちを殺し合わせ、哀れな姫君の羽根をもぎ取り、焔の如き女王が崩れゆくのを眺めて、少しでも気を紛らわせようとしておられる」

「……其れは、おまえもか?」

 其の問いにも瑠璃は答えない。相変わらず微笑んだままで、逆に問い返す。

「貴方さまには、そういう嗜好はございませぬか?」

「……かつて、興じていた頃も在った。だが今はそうでもない」

 彼はふと、数百年前の昔を思い出す。暇を持て余し、瑠璃の前世である闇龍と共に策をろうし、残虐な遊戯にふけった記憶を。

――前世の自分を憶えている訳ではなかろうに、此の女は何故斯様なことを訊くのだ。

 妖王は軽く舌打ちして、自分を誘う女の厚い唇に触れた。彼の骨張った細長い指が、瑠璃の口から顎、首筋へと伝ってゆき、やがて胸元へと到達する。

 瑠璃に魅せられ狂わされ、抱きたいとこいねがう人間の男たちと妖王は……違う。闇龍の獣の如き心と柔らかな身体を、五百年振りに味わってみたいと思っただけだ。彼にとっても、そして彼女にとっても、こんなことはほんの戯れに過ぎない。

 二人は暫し目を逸らさぬまま、見詰め合う。美し過ぎる彼らが目を合わせて動かぬ様は、まるで絵巻物から抜き取って来た一絵のよう。

 一度は瑠璃の腰に手を回して抱き寄せた彼だったが、何故か気が変わったらしく、突然彼女の肩に手を置いて自分から引き離した。

「……貴方さまならば、悦んで此の身を差し出しましょうに」

 本音なのか演技なのかは分からぬが、心なしか寂しそうに言う瑠璃に対し、妖王は深く息を吐いた。

「……異母兄上あにうえの怒りに触れる。面倒事は避けたいんでな」

 其れを聞くと、瑠璃は声を上げて笑い出す。妖王の発言が余程愉快だったようだ。

「妖王ともあろう御方が、そのようなことを仰るとは……面白い」

 着物の袖で口元を隠し、彼の方をちらりと見ながら愉しそうに言う。

「彼の君は、私が誰に抱かれようがお気になさらぬ。お怒りになることなど、有るはずがないのです」

 言い放つ瑠璃の目に、殆ど微かではあるが諦めのような暗い色が走ったのを、妖王は見逃さなかった。薄らと垣間見えた其の感情こそが、厚い氷の下に隠された彼女の真実であると、見抜けぬ彼ではなかった。

「……では、此れにて。急ぎ御剣を返しに戻ります」

「待て」

 一礼して踵を返した瑠璃を、妖王が呼び止めた。

「黒龍の力が麗蘭に見せた幻影……其の中でおまえは、麗蘭を憎んでいると言っていた。実際は如何どうなのだ?」

 妖王が斯様な質問をするのには、幾つかの理由が有った。瑠璃の前世と麗蘭の前世である紗柄は互いに憎み合い、激しい殺し合いを展開して天と非天の争いの構図と為ったが、今回は如何か? という疑問が、其の一つである。

 そんな意図など知る由もないであろうが、瑠璃は目を細めて艶笑し隠すことなく答える。

「憎んでおりますとも。闇龍の魂がそうさせるのか、あの娘の真っ直ぐで穢れなき光が嫌いでたまらぬ」

 一度目線を落とし躊躇するかのような素振りを見せてから、更に付け加える。

「只……憎らしい反面、いとしゅうございまする。あのか弱き瞳が……私と敵対する運命に怯え震える様が、可愛かわいらしゅうてならぬのです」

 彼女の言葉は、大体の所本心を表したものであった。実際はより複雑な思いを孕んでいるのだが、此処で妖王に明かす必要も無かろうと踏んでいた。

「お会いできて愉しゅうございました、邪龍さま」

 会話を切ると、今度こそ妖王に背を向けて遠ざかってゆく。妖王は霧の森深くへと消える瑠璃の背を見詰めつつ、誰にも聴かれぬ小さな声で独り言ちる。

「光龍を憎むのも、自分を生み出した創造主に執着するのも、闇龍の定めか……こうも毎回同じだと、哀れにすら思えてくるな」

 光龍を創った天帝が天から離れられぬ間、闇龍を創った黒神が天帝に依って封印されている間……地上に残された神巫女たちを千五百年もの間見続けていたのは、妖王只一人。彼女たちの宿が紡ぐ系譜を余す所無く眺め見て、最後まで見届けるのは……恐らく妖王だけだろう。

――今回は此れまでとは違う。黒神が測り知れぬ力を蓄え復活したのに対し、天帝の力はかつて無い程までに落ちている。天界側……麗蘭にとっては、限り無く不利だ。

 誰も居ない、心地良い妖霧の森で、妖王は狭く昏い空を見上げて佇む。

「残念ながら今生でも……おまえの魂が休まることは無さそうだな、『紗柄』」

 漸く本来の静寂を取り戻した、厳かなる妖の聖地……大樹が森森しんしんと空高く繁茂する樹海の中で、妖王の低く淡々とした声だけが哀しげに響いていた。

これにて第六章は完結です。

活動報告に後書きを掲載しておりますので、よろしければあわせてご覧ください。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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