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金色の螺旋  作者: 亜薇
第六章 妖霧立つ森
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九.鳴動する魔山【2】

「神力の放出が止んだ……其の剣だけで、此の山一つ分の妖を操っていたというのか」

 黒神の巨大な力を目の当たりにし、麗蘭はおどろきを隠せない。妖王は手にしている神剣を地に突き立て、再び麗蘭の方を見る。

「其れを……如何どうするつもりだ?」

「無論、お返しする。本人でなければとても扱えぬ代物だ」

 麗蘭の問いに、隠そうともせず答える妖王。彼の意図が、麗蘭には解らない。魔剣を抜き去ることは、黒神の意に反することではないのだろうか。何故黒神に反し、麗蘭たちの助けと為るようなことをするのだろうか。

「俺は奴の配下ではない。奴が俺の領土を侵せば黙っておれぬし、退いてもらわねばならぬ」

 妖王は、腑に落ちない顔をする麗蘭の思考を見透かしている。何千年もの時を生きてきた彼にとっては、素直な少女の心を読むこと等訳が無い。

「領土を侵した……?」

 麗蘭が其の意味に気付くのに、然程時間は掛からなかった。

――妖共を狂わせ、白林に攻め入らせたことか。

 其のことに対し妖王が何故不服なのかは、麗蘭には分からない。妖異たちの王としての矜恃きょうじが許さないのか、狂い死にゆく下僕たちを憐れんでいるのか、或いは何か……別の理由が有るのか。

「茗へ向かっているそうだな。やっと動き出したは良いが、苦戦しているように見える」

 唐突に、妖王は話題を変えた。

「何故……何処まで知っている?」

 眉をしかめて問うが、彼は答えない。麗蘭の方も返答を期待していたわけではなかった。

「茗の女帝だけでも手こずるだろうに、金竜や黒巫女……そして黒神の影まで現れたからな。さぞや、苦しかろう」

 同情するかのようなことを言いながら、妖王の笑みは変わらない。

「おまえは如何なのだ? おまえも、私の前に立ちはだかるのか?」

 下げていた剣先を再び妖王に向けると、麗蘭は鋭い眼光を送り込む。

「気付いているだろう? 今の俺には戦う気は無い。おまえの旅に……人間共の争いに此れ以上関わる気も無い」

 言葉通り、彼には相変わらず戦意が無い。

――だからと言って……敵であることには変わりない。

 油断は出来ぬと気を引き締める。妖王は如何か分からぬが、妖が人を陥れ欺くのは往々にして有るものだ。

「そろそろ思い知っただろう? 開光しなければ黒神どころか瑠璃とも戦えない。妖を討ち人間を救うという務めも果たせない。今回のように……な」

 妖王の言葉で、麗蘭は白林の西城塞を妖が襲った時のことを思い出す。魁斗にも言われた通り、光龍として力を使いこなせていれば、犠牲は抑えられたはずだということを。

「……そんなことは言われなくとも分かっている」

 開光については麗蘭自身も散々思い悩み、自分を責めているのだ。指摘される度に言い開くことさえ出来ないのが……苦しい。

「此のままおまえが開光せず、黒神になぶり殺されるのを眺めるのも悪くはないが……如何どうにも物足りぬ」

 薄っすらと笑みながら恐ろしいことを口にする妖王だが、只の脅しではない。歴代の光龍の中で最も強いと伝えられる奈雷でさえも、黒神の手に掛かって落命しているのだから。

「五百年に一度しか転生しない光龍と、千五百年振りに天帝の封印から解かれた黒神の戦いが……そんな味気無いものであっては困る。おまえには抗ってもらわねば」

 其処まで言うと、妖王は背後の沼の方を指差した。やや深く息を吐いてから、麗蘭には背を向けたままで話を続ける。

「茗に入り、神剣天陽てんようを手に入れるが良い。其の剣こそが、開光の条件の一つだ」

「な……」

 思い掛けない発言に度肝を抜かれた麗蘭は、途中で言葉を失ってしまう。天陽のことは、有名な話であるため彼女も当然聞き知っている。しかしそんな物が実在するとは信じていなかった。ましてや、其の剣が開光の要件と為る等考えもしなかった。

「天陽……奈雷が金竜を討伐する際に神王から賜り、代々の光龍が受け継いできたという神剣か」

 声に出して知識を確認してみるが、益々納得できない。幾ら神剣とはいえ、一振りの剣が千五百年の時を経て残っているということが有り得るのだろうか。

「何を驚いている。天陽と同じ時期に下賜かしされた淵霧えんぶも、俺の虎楼ころうも、こうして存在しているだろう」

 妖王が手にしている淵霧と、腰に差した虎楼を順に見てから、麗蘭は以前書で読んだ伝承を思い出した。

「二人の神巫女と天帝、黒神、そしておまえに、竜王討伐の下命かめいと共に与えられたのが其れらを含めた五剣……という話だったな」 

「そうだ。五百年前、おまえの前世である光龍『紗柄さえ』が死んでから、天陽は『珪楽けいらく』の地に安置されている」

 紗柄という少女のことは、麗蘭も良く知っている。奈雷から数えて三人目の光龍で、聖安と茗の隣国である祥岐国の王族に仕え、時の闇龍と激しい戦いを繰り広げたと伝わっている。『珪楽』とは、紗柄を祀る聖域として知られていた。

「人間が神を滅するには神剣を用いなければならない。宿に従い、開光して黒神を殺すには、天陽が不可欠……取りに行かぬ手は無い」

 妖王の言うことが正しければ、今後のことを考え回り道をしてでも珪楽に行かざるを得ない。黒神や瑠璃が何時いつまた現れるか分からぬし、青竜に対抗するためにも彼の剣が必要だ。だが麗蘭には、やはり解せぬ点が有った。

「何故、私に其れを教えるのだ? おまえの目的は何なのだ?」

 疑わしげに尋ねる麗蘭に、妖王は笑んだまま答える。

「……退屈凌ぎ。加えて、黒神への仕返しといったところか」

 曖昧ではあるが、言葉の意味は伝わってくる。麗蘭と黒神、麗蘭と瑠璃の戦いを半ば愉しんでいることと、琅華山の件に対する黒神への反撃だということを言いたいのだろう。

「話は終わりだ、早く去れ」

 釈然としない顔の麗蘭を余所に、話を切り上げようとする妖王。彼は再び、沼の向こうを指差した。

「おまえの仲間が側まで来ている。妖気の壁で感知しにくいだろうがな」

 霧を払うかのように、妖王が顔の前で手を横へと動かす。左右に分けられた妖気は次第に薄まり、立ち籠めていた霧もまた、風も音も立てずに晴れてゆく。

――此の気は……!

 本人の人柄を表す、曇り無き真っ直ぐな神気は蘢のもの。そしてもう一つ、未だかつて感じたことの無い不思議な波長を持つ……強大な神気が在った。

――魁斗のものに違いない。

 麗蘭が仲間の気配に気を取られていると、妖王は淵霧を持ったまま歩き出す。彼女と擦れ違った所で一度足を止め、振り返らずに再び口を開いた。

「……もう一つ。開光の際には『犠牲』を伴う。真の神巫女と為るには、其れ相応の対価を要する……覚悟しておくことだな」

「犠牲……?」

 思わず聞き返したが、妖王は何も答えずに森奥へと歩いて行く。薄く為った霧に隠れ、姿を消しゆく妖王を見詰めたまま、麗蘭はある言葉を思い出していた。天帝、聖龍神の御言葉を。

『方法は、そなたが試練を乗り越えることだ。それはいつ訪れるか分からない。どんなものかもそなた次第で変わる』

 四年前、開光の方法について尋ねた時……光龍の創造主である彼の神は、確か其のように教えてくれた。

――邪龍の言っていたことは、陛下が仰っていた『試練』のことか……?

 問うてみても、答えてくれる者は誰も居ない。麗蘭は妖王が去った方向に背を向けて、沼地の向こう……仲間の居る方へと歩き出す。

 妖霧ようむ立つ森は寂寂じゃくじゃくとして、黒神の呪縛から逃れたであろう妖たちも鳴りを潜めている。山に入った時は彼方此方から恐ろしげな音が聴こえ、耐え難い邪悪さに包まれていたのが嘘のようだ。確かに妖気は感じるが、其れでも、霧の森にはひっそりとした美しさが在る。

――此れが本来の……琅華山なのであろうな。

 麗蘭は足を速めて走り出し、闇黒あんこく色の木立の間を駆けて行く。仲間たちが放つ、眩い光だけを頼りに。

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