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金色の螺旋  作者: 亜薇
第六章 妖霧立つ森
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五.突き抜ける雷光

 麗蘭とはぐれた蘢と魁斗は、数え切れない怪物たちと戦い続けていた。斬っても斬っても途切れること無く向かって来る妖異たちを相手取り、霧の向こうに消えた麗蘭を案じながらひたすら剣を振るう。

 本調子ではない蘢は、疲労の色を見せずにしのいでいたが、時を経る毎に限界を感じていた。

 呼吸は荒れて額から汗がにじみ、傷の痛みが目立って動きにくく為る。落ちていた体力と神力は極限に達し、森に満ちる陰の大気や妖が放つ邪気を退ける結界の維持も、困難に為りつつある。

 結界が弱まれば其れだけ身体への悪影響も強まり、更に事態を悪くする。蘢程の剣士が、此の厳しい状況に危機感を覚え始めていた。

「蘢、大丈夫か?」

 剣を構えたまま蘢と背中合わせに為った魁斗が、彼を横目で見る。神力が落ち、徐々に攻撃が鈍く為る蘢に気付き、敵をあしらいながら近付いて来たのだ。

「うん……何とかね。気を遣わせて済まない」

 小さく苦笑した蘢は、顔に飛び散った返り血を軍服の袖でぬぐう。黒神の力を含む妖の血は、肌に浴びれば害と為る。其れを避ける余裕も無くなっていることが、見て取れた。

「未だ戦えるけど、麗蘭が気掛かりだ」

「そうだな。こいつらとも、そろそろ決着を付けないとな」

 戦い始める前と殆ど変わらぬ様子の魁斗を見て、蘢は内心でとても驚いていた。神の血族とは、一体如何いか程の力を秘めているのだろうか。

「俺の神力で妖共を一蹴する」

 見えざる強敵を避けるため、力を出すまいと気を付けていた魁斗が、漸く覚悟を決めたらしい。

「……見付かりたくない敵に見付かったら?」

「まあ……其の時は其の時だな」

 軽く微笑む魁斗は平然として、少しも臆していない。自分たちを取り囲んでうなる妖を見回し、手首を使って刀を回転させている。

「分かった。頼む」

 胸の痛みに耐えつつ麗蘭の身を案じる蘢は、魁斗を信頼して頷くしかない。任せておけと言わんばかりに頷いた魁斗は、刃を下にして両手で刀を持ち、顔の辺りまで上げてゆく。

 何やら早口で呪を唱えると、銀色の刀身がひらめいて雷電らいでんが宿る。またたく間に光の筋を纏った刀を見て、只ならぬ脅威を感じた妖たちがたじろぐ。魁斗は怪物の群れが動き出すよりも先に、己の力を十分含ませた愛刀を地面に突き刺した。

 解放された神力が溢れ出し……大地を、空気を震動させ氾濫する。音を立てて穢れた土を伝い、魁斗を中心として波及する雷光の激流が、妖異たちを次々と飲み込んでゆく。

――此れが、『昊天君こうてんくん』の……!

 魁斗の直ぐ後ろに居た蘢は、流れ来る神気と力を身に受け驚愕する。麗蘭と同じ正の気とも、黒神と同じ負の気とも異なる全く別の、初めて感じる種の力。神と魔王の血を継ぎ、聖と魔を併せ持つといわれる彼の所以ゆえんなのだろう。

 余りに強い……魁斗の力を知った蘢は、彼がかたくなに此れを隠していた理由が分かった気がした。人界に存在するには特異過ぎる、絶大過ぎる量と質なのだ。

――もしかして、奴と互角……いや、互角以上かもしれない。

 息を呑む蘢は、白林で瑛睡が言っていたことを思い出す。人界最高の神人と呼ばれる青竜に対抗出来るのは、光龍として開光した麗蘭か、『天君』である魁斗だけだという言葉を。

 無比なる光耀こうようを浴びた化け物たちは、灼熱の焔と化した閃光に依り一瞬にして炮烙ほうらくされ灰燼かいじんに帰す。不可思議なことに、同じく光にさらされた周囲の木々は残ったまま。妖気をはらむ妖だけが、肉片一つ骨一つ残さず、瞬きする程の間に消炭けしずみと為ったのだった。

 一度目を閉じて四囲しいの気を探り、妖異の気配が消失し切ったことを確認すると、魁斗は土から刀を抜く。同時に隠神術を使い、発現していた気と力を再び奥へと閉じ込めた。

「凄い……! あっと言う間だったね」

 素直に感じ入る蘢の方へ向き直り、納刀する魁斗。あれ程の力を出しておきながら、彼は顔色を全く変えていない。

「まあな……だが、面倒そうな奴に見られたぞ」

 魁斗が見詰める先に蘢も目をやると、詰め寄せる妖たちが消えた後に、黒の衣に身を包んだ誰かが独りで立って居る。

 其の者はやや離れた位置に居たが、顔が判る程の距離である。しかし頭から被っている黒布が邪魔をし、はっきりとは見えない。

「女……だよな」

 目を細めて尋ねる魁斗に、蘢が頷く。姿形から察するに、間違いなく女だと確信する。

「何の力も感じない」

「……俺もだ。だが、多分味方じゃあないだろうな」

 青年たちは右手で剣の持ち手を握り、警戒しながら女の様子を窺う。暫くお互い向かい合っていると、先に進んで来たのは彼女の方だった。

 女は少しずつ歩み寄って来るが、依然として面貌めんぼうは隠れたまま。窺い知れるのは、僅かに見える形良い鼻や口元、艶笑の形を作る厚い紅唇こうしん。そして少しだけ開いた胸元から分かる肌の白さと、対照的に黒く滑らかな髪。加えて、近付く程に分かる類稀な……しなやかなる妖姿。

「おい、あれ、かなりい女じゃないか?」

「うん……そうかもね」

 二人はつかの間、女の麗しさに目を奪われ惹き付けられ、言葉を失った。見ること叶わぬかおが、より一層彼の女への興味を掻き立てる。

「……おう

 何時の間に立ち止まっていた女が呟くと、蘢と魁斗は我に返る。彼女の真横辺りの空間が、突如歪曲し始めたのだ。何も無い所に渦巻が出現して徐々に大きく為り、やがて黒い穴と為って口を開ける。

 呼び掛けに応え、闇から這い出て来たのは一頭の獣。磨かれたように艶々した黒い獣皮に真白いたてがみを持つ、明らかに上位に属する妖族の獅子である。

「あの女からは何も感じないが、あの獅子は物凄く嫌な気を発している……奴の神気を」

 忌々しそうな魁斗の言葉で、『奴』というのが誰だかは聞かずとも判断出来る。勘が鋭い蘢は、件の邪神と眼前の若い女を結び付け、女の正体を直ぐに推測した。

「黒神の神巫女、闇龍?」

 遥か昔、麗蘭の遠い前世である光龍奈雷と同時に創造された、黒き神に仕える闇の巫女。其の魂の転生が、麗蘭がかつて共に孤校で過ごした少女……瑠璃。

「成程……伝承に依ると、光龍と同じで闇龍も桁外れの美女だというから、頷けるな」

 そう言っている間に、呼び出された妖獣は此方を睨め付け、今にも襲い掛からんと闘気をみなぎらせている。傍らの瑠璃らしき女は何も言わず、閉じた口で美しい弧を描くだけ。

「蘢……此処も俺に任せてくれるか」

 目だけを動かし蘢の方を見ると、やや控えめに尋ねる魁斗。彼は途轍とてつもなく強いが傲慢ではないし、人の心情を推し量れる器の大きさも持ち合わせているのだ。

 そんな魁斗の気遣いを感じ取った蘢は、済まなそうに笑みを漏らして首肯しゅこうする。

「……情けないけれど、頼んだ方が良さそうだね。今の僕の神力では、接近しただけで邪気にてられ……動けなく為るかもしれない」

 先程からずっと、蘢は無理を重ね続けている。傷の激痛に耐え、かつ妖気が満溢おういつする此の森の中で戦う等、彼程精神力の強い人間でなければとっくに倒れていてもおかしくない。

 蘢は誇り高いが、其れゆえに状況判断を見誤る愚かな言動はしない。魁斗の申出通りにし、自分は再び見守るということで納得する。

「良し。あと、分かってると思うが……」

「うん、あの女……でしょう? 気を付けるよ」

 本当に瑠璃であれば、侮れない。麗蘭の話に依れば既に開闇かいあんを為し、神にも近しい力を有していると言うのだから。

 深く頷いてから抜刀した魁斗は、身体と白刃を黒獅子へと向ける。喉を震わせ小気味悪い声を絞り出す大妖も、魁斗へと狙いを定めて地を踏み締める。

 先手を打ったのは、時間を少しでも無駄にしたくない魁斗だった。此の後黒巫女と戦うことに為り得ると考慮に入れ、素早く斃さねばならぬ。

 先程と同じ呪を唱えて刀を振り上げ、妖目掛けて一気に空を切る。力を練り上げ作られた神雷じんらい轟然ごうぜんとして、地を駆け抜けてゆく。

 其の光焔こうえんに一度触れれば、神気を内包する大妖たいようとて一溜りも無いであろう。ところが黒獅子は、石火せっかの如き速さで迫る攻撃を難なく避けたのだ。

「なかなかすばしこいな」

 愉しそうな顔で言うと、片手で刀を持ったまま獅子の方へと走り斬り込んで行く。彼が間合いに入る手前で、黒獅子は両の前足を地から放して威嚇し吼え立てる。人の感覚を破壊する轟音の凶器が、激しい衝撃波を成して魁斗を襲う。

 離れていた蘢でさえ耐え切れずに耳を押さえたが、半神の魁斗は物ともしていない。獅子吼に依って生じた風刃ふうじんを刀で易々とはね返し、足を止めること無く妖獣へと近付く。

 地面を蹴って跳び上がり、黒獅子の頭へ食い込ませようと刀を振り落とす。彼の動きは人の速さを遙かに超越しており、敏捷びんしょうな獣ですら避け切れぬ程。魁斗が繰り出す紫電を纏いし白刃は、後僅かで妖の脳天に届くという所で……堅固な黒い結界に阻まれ弾かれた。

「ちっ……」

 舌打ちした魁斗は黒衣の女の方を見やる。彼の読み通り、支配下の黒獅子を助けたのは彼の女であり、妖獣の方へ右手を翳して防御の術を発動させていた。

「……おう、戻れ」

 薄く笑む女に命じられると、妖異は魁斗を悔しげに一瞥して唸る。黒い壁と共に徐々に姿を消してゆき、終いには黒い霧と為って溶けて行った。

「次はおまえが戦うのか?」

 刀の峰を肩に置き、魁斗は女に笑い掛ける。笑ってはいるが、其の瞳には敵意を込めた鋭い光を湛えている。

「いや、今は戦わぬ」

 女ははっきりと答え、魁斗と蘢に背を向ける。幾ら敵と雖も此の二人ならば、戦意の無い女の背を斬る真似等しないと読んだ上での行動である。

「……只、一言。昊天こうてんの君」

 肩越しに魁斗を見やり、去ろうとする女が言い残す。

「『おまえの憎悪は心地良い。だが、私を殺すには未だ……足りぬ』……おまえの母を殺した、我が主からの言伝ことづてだ」

 女の言葉を聞いた途端、魁斗は目を見開いて凍り付き、其の身に殺気を立ち昇らせた。刀の柄を潰す勢いで強く握り、わなわなと腕を震わせ、美しいかおからは何時いつもの余裕が消え失せていた。

 唖然とし見ているだけの蘢にも、分かる。魁斗の憤怒は、激情は、目の前の女ではなく其の先に居る……黒神に向けられているのだと。

 魁斗の反応を予想していたであろう女……闇龍瑠璃は、彼が心に封じていた怨差を呼び起こし、忽然と居なくなった。先刻の黒獅子と同じく霧と為り、彼女の本質とも言える昏闇くらやみに還るかのように。

 黒巫女が去った後、魁斗は暫し沈黙していた。激しい怒りは少しして鎮まったが、無言のまま俯き、魂が抜けたかのように立ち尽くしていた。

「魁斗……」

 静かに歩み寄る蘢は、魁斗に掛けるべき言葉を見付けられない。出会って間もないからということもあるが、彼を取り巻く尋常ならざる虚無は、如何なる慰めも寄せ付けぬ壁を築いていた。

「……ああ、悪い。何でもないんだ」

 蘢の視線に気付いたからか、魁斗は急に普段通りの明るい声を出して振り返る。

「時間を食っちまったな。麗蘭を探そう」

「……うん、そうだね」

 青年たちは再び歩き出す。とにかく今は……麗蘭を見つけ出し、此の魔山を抜けるしかないのだ。 

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