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金色の螺旋  作者: 亜薇
第六章 妖霧立つ森
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三.異形の群れ【2】

「おい……多過ぎないか、此れは」

 不敵に笑う魁斗は、鞘から刀を引き抜く。

 もう一本、背中の矢筒から矢を取り出して弦に掛けると、麗蘭は蘢の傍に近寄り、そっと耳打ちして尋ねる。

「蘢、一応聞くが……本当に動けるか」

 大怪我をしている蘢を案じる麗蘭に、蘢は苦く笑って頷いた。

「大丈夫だよ、ありがとう。君は君の身を守ることだけ考えてくれ」

 そう言っている間に、霧で良く見えなかった妖たちの全貌が明らかに為ってゆく。麗蘭が見知っている種族も、全く見たことの無い姿形のものも混ざり合い、様々な妖が彼女たちを囲むようにして集っていた。化け物の群れとの距離は、四、五十歩程であろうか。

 木枝には鳥の妖が止まり、一つであったり二つであったりする大きな目をぎろりとさせてこちらを睨んでいる。闇の中無数の目だけが不気味な光を湛えている様は、薄ら寒いものを感じさせる。

 煙樹えんじゅの下に立ち並ぶのは、翼を持たない大小異なる妖獣たち。皆同じく飢えた目を爛爛らんらんとさせ、牙を剥き出しにした口からは唾液や血を垂らし、地鳴りに近しいうめき声を響かせて狂気を露わにしている。大地を足で踏み鳴らし、今にも麗蘭たちに躍り掛かって来そうな臨戦態勢を取っている。

 抜身の剣を構えた蘢は、妖たちを見回して首を傾げる。

「大物の姿は見えないけど。奥に居るのかな?」

「ああ、そのようだ」

 彼に答えた麗蘭は、隣の魁斗にちらりと目をやる。

「神力で一気に蹴散らすというのは如何どうだ?」

 其の提案に、彼は少し考えてから頭を振った。

「其れは出来るだけ控えた方が良いな。此の山には、妖異の他にも居場所を知られると都合が悪い奴が居るかもしれない」

 妖たちを吹き飛ばす程の技を出せば、隠神いんしん術を維持するのは不可能。出来るだけ力を発さずに剣や弓で戦うべきというのが、魁斗の意見だ。

「……わかった、なるべく大きな神術は用いぬようにしよう」

 其処まで決まったところで、頭上の妖鳥たちが一斉にわめき出す。只の鳥とは違う、聴覚に直接作用しさわりをもたらす不快な高音が、闇の森を震わせる。思わず耳を塞ぎそうに為ると、其の音を合図にして一時に、獣らが地を蹴った。

 麗蘭たちは散り散りと為り、それぞれが妖異と対峙して戦いを始める。凄まじい速さで連続して矢を放ち、立て続けに三頭の大猪おおいのしし射殺いころした麗蘭は、武器を剣に持ち替え自分の間合いに入った青牛を斬り倒す。蘢は負傷しているとは思えぬ程の素早さで、彼らしく美しい剣技で猛虎もうこたおし、振り返った所を襲って来たひぐまの妖異へ立ち向かう。

 魁斗はと言うと、噂に違わず卓抜した無上の剣を、存分に振るっていた。冴え渡る斬撃は余りに速く、一振りで数頭の妖を斬っているかのように見える。

 神に近い強靭きょうじんな身体は疲れを知らず、幾ら刀を振っても技の切れは変わらない。彼にとっては、妖力が強まっているとはいえ低位の妖を相手にする等、赤子の手をひねるようなものなのかもしれない。

――切りが無いな……

 戦いの最中、麗蘭が森を回視すると、大分斬った気がするのにもかかわらず、数が減っているように見えない。幾ら強くとも、気に影響されない魁斗以外の二人は特に、やがて限界が来る。身の回りに結界を張りつつ、返り血を浴びないよう戦い続けるのは此の上無く難しいのだ。

 思考を巡らし、時折少し離れた蘢の方も気にしながら斬り続けていると、背後に一際大きな妖力を感じ取る。背筋を走る悪寒と刺されるような視線を覚え、上空から振って来た妖鳥を剣で貫いてから急いで振り返る。

 麗蘭の真向かいに居たのは、一頭の獅子。光沢の有る紫黒しこく色の巨体に、雪白ゆきしろ色のたてがみという珍しく美しい取り合わせで、他の妖たちとは異質の力を放っている。赫い瞳は狂気に侵されておらず、飢えにもがき苦しむ様子もない。

――先程から感じていた大妖とは、こやつか……

 白林で、そして此の山では初めて出会った、心を失っていない妖。

――此れは……瑠璃か黒神の使い魔だ。

 眼前の美獣からは、強大な妖気と共に黒の力を感じる。元々彼らの支配下に在るのだから、操る必要は無い。ゆえに理性を保っているのだろう。

 足を揃えて凛として立ち、麗蘭の方を真っ直ぐに見詰めている黒獅子。獅子と麗蘭が向かい合ってからというもの、他の妖たちは何故だか彼女たちを避けている。心を失っているとはいえ、大妖たいようの前では本能的に恐れを感じ控えているのだろうか。

 両手でしっかりと剣を持ち、顔の前で構える麗蘭。獅子の威圧感に気圧けおされることなく、攻撃する隙を窺う。

――似ている……あの時の状況と。

 睨み合い、お互い踏み込む時を見計らっている今、ほんの一瞬でも目を逸らした方が不利に為る。油断を許さぬ此の状況は、九年程前に阿宋あそう山で、大妖廰蠱ちょうこと相対した時のことを思い出させる。

――そう、あれは……黒神が私に差し向けたものだった。

 黒神の加護を受けた大妖との対峙は、の邪神が今此の瞬間にも何処かから……自分を見ているのではないかと思わせる。

「私は……屈しない」

 小さくも強い声で、麗蘭は自分を奮い立たせる。すると背中の方から、魁斗の声が飛んで来た。

「麗蘭!」

 間を空けずに蘢の声も耳に入ってくる。

「……麗蘭!」

 見返ってはならないと、分かり切っている。だが仲間たちの只ならぬ呼び声に反応せざるを得ない麗蘭は、剣を構えたまま顔だけを後ろに向けた。

 思いも寄らぬ光景が目に映し出され、麗蘭は己が目を疑う。魁斗や蘢が戦っていた辺り一帯が、黒い霧に包まれて何も見えなくなっていたのだ。

「蘢! 魁斗!」

 瞬く間に霧海むかいに覆われた空間は、麗蘭と仲間を隔てて引き離す。無数に居た妖の姿も見えず、濃霧の向こうで自分の名を呼んでいるであろう彼らの声も届かない。

「自分の命より、仲間が気になるか?」

 何処からか発せられた、女の声。仲間たちを案じる余り気を削がれ、下げてしまっていた剣先を再び上に向ける。

「誰だ?」

 聞き覚えがある声だが、一言だけでは分からない。凍て付くような……それでいて熱を帯びた、艶めいた女の声。

「そういうおまえが、たまらなく嫌いなのだ……麗蘭」

「な……」

 其の声の主が誰であるのか分かった瞬間、麗蘭は黒獅子に飛び掛かられて剣を落とし、獣の下敷きに為っていた。

「しまっ……」

 獅子は麗蘭の身体を押さえつけたまま、高らかに咆哮する。慌てて耳を押さえるが、体の直ぐ上で轟く音は彼女の五感を痺れさせ、神力で保っていた結界を消し去る。

 獲物を捕らえた獣は、吠えるのを止めると足の下に居る麗蘭の顔を覗き込む。

 邪悪な獣が吐き出す息や、鋭い牙を生やした大きな口から落ちる唾液は、彼女を弱らせる妖気と黒い神気を含んでいる。牙爪で引き裂かずとも、麗蘭の身体は邪気にてられ力を失い、指一本動かせなくなってしまう。

 抑えていた神力を解放し、妖をはね飛ばそうとするも、既に遅い。結界を失い、獅子の放つ邪気と共に此の森に充満している瘴気を吸い込んでしまい、簡単な術を用いることすら出来ない状態に陥っている。

――此れで終わりなのか……?

 廰蠱ちょうこと戦い敗れた時は、風友が助けてくれた。しかし今此の場には、誰も居ない。蘢も魁斗も霧に呑まれ、更に悪いことに……直ぐ近くに瑠璃が居る。

 麗蘭という極上の生餌いきえを手に入れた悦びからか、黒獅子はまたもや荒々しく咆え哮っている。其の音はだんだんと遠ざかり、視界にも霞がかかり、獅子の顔がぼやけてゆく。力だけでなく思考も奪われたようで、麗蘭は意識を手放し目を閉じる。

『そういうおまえが、堪らなく嫌いなのだ……麗蘭』

 懐かしく悲しい声が、頭の中で反響する。自分へ向けられる嫌悪が、弱った心身に追い討ちを掛ける。

……獅子の巨体の下で、深い眠りに就いた麗蘭を見下ろしているのは、瑠璃。先刻まで居たはずの数え切れぬ程の妖も姿を消し、霧の中……此の場に残ったのは二人の神巫女と、黒獅子のみ。

 使役する妖獣に目で合図を送り、麗蘭の上から退かして下がらせると、ゆっくりと身を屈めて地に膝を付く。麗蘭の額に貼りついた太陽色の髪をけてやると、彼女の美しい顔を手の甲で優しく撫でた。

「久しいな、会いたかったぞ」

 呟くと、口の端を上げて微笑する。愛とも憎悪とも取れぬ、只激しい感情を瞳に浮かび上がらせて、暫しの間……麗蘭を静かに見入るのだった。

このあたりで時々出て来る過去の話は、「序章」である「荒国に蘭」の方で詳しく書いています。

もしよろしければ、そちらもあわせてお読みいただければ幸いです。

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