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金色の螺旋  作者: 亜薇
第六章 妖霧立つ森
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一.妖魅の王(★)

      挿絵(By みてみん)


 くらく深い岩屋の奥、妖魅(ようみ)の王がしている。彼の周りに侍るのは、美々しい獣や美女の姿をとる妖美の化身たち。

 王に依って選ばれたのか、美しい者が王のもとに集ったのかは判然としない。はっきりしているのは、居並ぶ闇の麗姿の中でも群を抜いて艶美であるのが、の王だということ。

 冷たく底光りする()(りょく)岩の王座に腰掛け、足元に伏す女豹めひょうの白い毛並みを撫でながら、王は閉じていた瞳を気怠げに開けた。

「映せ」

 只一言、重く低い声を響かせる。他の者と同じく平伏していた銀髪の女が立ち上がり、王の前に在る円い水盆へと歩み出た。澄んだ水を湛えた盆を挟み、主と向かい合った彼女は、色めかしい視線を彼に送ると静かに両腕を上げた。

 腕の動きに合わせて湧き出でた水は、見えない力に引き上げられて高く昇り、やがて左右に広がってゆく。麗しき王と其の臣下たちが注視する中、透明な水鏡が現れ、王が望む光景を映し出した。

 妖気渦巻く黒い森の中で唯一、光輝く者たちが足早に歩いている。強い、強い光。此の場に集う妖たちにとっては脅威と為る、恐ろしいきらめき。

 青年が二人と、少女が一人。美しい、溜息が漏れ出てしまう程の、素晴らしい少女だ。妖の王にかしず佳人かじんたちも、鏡に映る彼女に嫉妬し、弱き人間に斯様かよう絶美ぜつびを与えた神を呪い始める程であった。

 長い髪は陽光の如く、瑞々しい肌は純潔其のもの。深みの有る紫色の大きな強い瞳は、侵し難いあてなる気高さを帯びている。

 彼の美少女を見て覚えるのは、神聖なものへの畏敬と懼れ。人よりも本能に忠実である妖でさえも、彼女を目にして情欲など抱き得ない。生まれ出ずるのは、恐怖。そして、憧れに近い渇望。妖が決して持てぬ、聖なる光に満ちた少女への羨望。

 あの少女を喰らい糧としたならば、さぞや美味であろう。共に居る見目良い青年たちが彼女を喪い嘆く様を、愉しく眺め見ることが出来よう――そんな空想を描く下僕たちの心中を見通し、王は冷たい声音で言い放った。

「あの娘には手を出すな。あれは、黒神こくじんのものだ」

 黒神――其の名が出ただけで、妖たちは酷く怯えて身震いした。ある者は目を伏せ、少女への欲望を一瞬でも抱いたことを後悔した。そしてある者は、王に助けを乞う縋るような眼差しを向けた。

 やがて、水の鏡が次なる映像を映し出した。彼らの同胞が、不可侵の少女に依って忌むべき破魔矢に射抜かれ、次々と命を散らしてゆく所を。

 絶大な『黒の力』に蝕まれた妖たちが、誇りを失い狂い果てたことは、此の場の誰もが知っている。王が暫し目を離した隙に非天の神巫女が琅華山へと立ち入り、あの地の妖たちを邪悪な計画の駒とすべく、酷烈な力の黒刃を振り下ろしたのだ。

 種族も棲む場所も異なり、妖異の序列で見れば自分たちよりもかなり下位の存在。そんな下賤たちが心を失くして一層醜い姿を晒し、挙句人間の少女に殺されることに為ろうとも、王の側近く仕える者たちは心を痛めるどころか何も感じない。

 しかし、王は違う。妖魅たちの父でもある彼は実に情け深く、此の事態を重く受け止めている。眉間に皺を寄せ、不快を露わにしていた。

「我が異母兄上(あにうえ)は、相も変わらず加減というものを知らんな。目も当てられぬ」

 妖王は、彼の黒神や天帝とは母が異なる兄弟である。遙か昔は神に列せられたが、(けい)()に当たる先帝の正妃の怒りを買い、神格を剥奪されて地に落とされた。異形へと変えられた其の身で子孫を成し、其れが妖と呼ばれ始めて今日に至る。

 千五百年前、黒神が先帝を弑する際、妖王は彼の力を借りて天上に舞い戻り、憎き継母を殺した。借りは大きく、封じられた黒神が復活してからも事有るごとに協力してきた。

 だが幾ら恩が有るとはいえ、此度こたびのことは捨て置けない。数百年前に自ら出向き築いた、琅華山の妖たちの平穏を荒らし、下僕たちの命を虫螻むしけらを弄ぶが如く踏みにじっているのは、見るに堪えない。

――久方振りに、あの二人の娘を此の目で見たいことも有る。

 浅く嘆息して、王は玉座を立った。周りの者たちは王に敬愛を表し、深々と頭を垂れた。

 進み出た金髪の女が、妖王の背に獣の毛皮でこしらえられた外套がいとうを掛ける。別の白い髪の女が、恭しい所作で剣を手渡す。かつて先帝に依って下された神剣、『虎楼(ころう)』である。

「供は要らん。直ぐ戻る」

 妖王以外の妖が今の琅華へ入れば、辿る道は決まっている。神に匹敵する力を持つ王だからこそ、黒の力に抗えるのだ。

 愛しげに見送る下僕たちを残し、妖魅の王は暗然とした(いわ)(むろ)を後にした。王が居なく為った後の王座の間は静まり返り、美獣たちの主の居らぬ哀しみに浸されていた。

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