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金色の螺旋  作者: 亜薇
第五章 天海の鵬翼
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十三.別れの朝

 非天――人ならざる力に依って破壊された、西の城壁や家々の跡地には、千千ちぢに裂かれた人々のむくろが腐臭と瘴気しょうきを漂わせながら残っている。

 此の惨禍さんかを愉しみつつ、生まれ出た人々の悲しみや憎悪、怨嗟えんさを糧として、更なる闇を膨れ上がらせながら力とする……其れが、黒巫女であり、黒神。

 無限なる邪穢じゃわいな力は、琅華山を覆い尽くして山中の妖たちを呑み込んでいる。白林を襲った妖は其の一部に過ぎず、妖山には心を失い飢えと乾きにのたうつ者たちで溢れ返っている。

 壊れた西の城壁は依然、崩れ落ちたまま。瑛睡公が防衛の強化を図っているとはいえ、何時また狂った妖が押し寄せて来るか分からない。

 麗蘭と魁斗は優れた感知の力で、山を包み込む黒の神気と、根源たる何かの存在を感じ取っていた。つまり、其の『何か』を取り除きさえすれば、琅華山と妖は黒の神力から解放されるということだ。

 其れが分かった今、麗蘭たちの取り得る道は一つしかない。琅華山に蔓延はびこる神気を消滅させた上で山を越え、茗に入国する。妖を放っておけないという麗蘭の提案に魁斗も蘢も賛同し、優花はやや憂慮しつつも頷いた。山越えか茗の両虎関りょうこかん突破か、どちらかを選択しなければならなかったのが、自然と一つに定まったというわけだ。



 惨事から一夜明け、麗蘭と蘢、優花は宿を発った。道すがら違う宿に泊まっていた魁斗と合流し、西門で優花と別れて出立する。白鶯はくおう大路を西へ行き、少し路地に入った所に在る小さな旅籠の前で、魁斗が待っていた。

「お早う。悪いな、寄ってもらって」

 角を曲がって来る麗蘭たちの姿を見付け、魁斗は清清すがすがしい笑みを見せている。

「お早う。いいや、私たちこそ支度に手間取ってしまい、遅れて済まない」

 麗蘭は言いながら、彼が背にしている建物を見て目を疑ってしまう。優花も同様の反応を示し、蘢もまた、面に出さず驚いている。昨日魁斗自身が言っていた通り、彼が滞在していた此の旅籠は、白林で見た他のどの宿屋よりも小さくて古めかしい。良く言えば小ぢんまりとした趣の有る宿だが、魁斗のような生まれも外見も輝かしい青年が泊まるには、余りにそぐわない。

「おまえら、何を驚いてるんだ?」

 きょとんとして麗蘭たちを見る魁斗だが、彼女たちの心情に直ぐ気付いたらしい。

「なかなか良い宿だったぞ。主人は気が利くし飯も美味い。宿代も安価で財布に優しかったしな」

 満足げに言う魁斗を、麗蘭と優花は不思議そうに見詰めている。自分たちが彼よりも贅沢な宿に泊まっていたことに対し、何処か罪の意識めいたものを覚えていた。

――麗蘭は、自分も皇族だということを忘れているんじゃないかな。

 彼女たちを横目で見つつ微笑する蘢は、言葉にせず心の中で思っていた。そして益々、魁斗への好奇心を募らせている。

「じゃあ、行こうか。瑛睡殿も見送りで来て下さると仰っていたし、急ごう」

 蘢の言葉で、一行は西門へと歩き出す。昨日あれ程の騒ぎに為っていた大通りも、今は人も少なく静まり返っている。新たなる門出に相応の晴晴とした秋麗しゅうれいに恵まれ、白林らしい乾いた風が吹き抜けて来る。

「魁斗は、もう何年も人界を旅しているのか?」

 魁斗の横を歩く麗蘭が尋ねる。昨夜聞いた話だと、彼は恵帝の助けで魔界を出て、その後数年間独りで各地を回っているということだった。

「二、三年だけどな。聖安と其の属国を中心に、放浪の旅さ」

 今朝蘢から少し聞いた話に依ると、先代魔王の息子の中で飛び抜けて強い魁斗は、当然のように次期魔王に為ると目されていた。しかし何故か其の座を継がず、半ば逃げるようにして魔界を出て来たという。

「茗にも行ったことが有るの?」

 優花の問いに、彼は首を横に振る。

「いや、茗は避けて来た。世話になった聖安の敵国ということも有るし……余り好きじゃない国だからな」

 其の言葉には、深い事情を思わせる何かが内包されている。訊くことを拒否されたのではないが、何となく立ち入ってはいけないという気を起こさせる、何かを。



 西門に近付くにつれ兵の数は増え、防備のため集められた神人の神気も強く為ってゆく。城塞跡地に着いた麗蘭たちは、指揮官たちに指示を出していた瑛睡公の姿を見付けた。

「公主殿下、お久し振りでございます」

 いささかやつれ気味の将軍が、麗蘭の前に片膝を付いてひざまずく。

「お久し振りです。またお会い出来て……嬉しい」

 幼い頃からずっと尊敬してきた、帝国一の名将瑛睡。皇女と為り、彼にかしずかれる立場と為った今も、其の畏敬は変わらない。

「此の度は私の非力さゆえに、姫君の御手を煩わせることとなりました。弁解のしようもございませぬ」

 白林軍の主導権と全責任を負うのは総督である采州さいしゅう候だが、自分が視察で訪れている時の不始末を、瑛睡は酷く恥じていた。

「お顔をお上げください、公。貴公が出して下さった禁軍の御蔭で、街は救われたのです」

 敬愛してやまぬ将軍に謝られ、麗蘭は思わずたじろいでしまう。公主らしからぬ態度に他ならないが、彼女本人は其れに気付いていない。

「昊天君にも、申し訳が立ちませぬ。御自らお出でになるとは……」

「礼には及ばないぞ。あの忌々しい黒神の気を感じたから、行ってみただけだ」

 魁斗に促されて立ち上がると、瑛睡は畏まった所作を崩さずに麗蘭を見て、話し出す。

「琅華山を行かれるのですね……妖共を操る邪の元凶を断たれるとのこと」

「……はい。そして、其のまま茗へ参ります」

 将軍は、麗蘭の強い眼差しを見据える。数か月前紫瑤で会った時と比べ、目の前の少女が確かに変化していることを……彼は見逃さなかった。

――元より強い御方であったが、更に成長なされたな。

 麗蘭公主を初めて目にしたのは、彼女が生まれたばかりの赤子の時。そして次に見えたのが、数か月前の燈凰宮。どちらの時も、やはり恵帝に良く似ているという感想を抱いた。だが今は、彼の女帝とは異なる種の強さを感じる。戦うための力がと言うより、人としての成長……なのだろうか。

「貴女さまお一人に、重い任を負っていただくのは心苦しい……されど、私はこうして見送るしか出来ない。後出来ることは、貴女さまがご不在の間、此の命を懸けて祖国を死守すること」

 抑揚の無い低い声だが、彼の言葉には熱い激情が隠されている。聖安と其の皇家への忠誠、そして禁軍を統帥する帝国最上位の将としての誇りが生み出す、想いの奔流が滲み出ている。

「……蒼稀上校。此れまで通り、公主殿下を力の限りお守りしろ」

 瑛睡は麗蘭の後ろに立って居る蘢を見やり、声を掛ける。

「御意にございます」

 自信を孕んだ瞳で静かに首肯する蘢から、麗蘭の横に居る魁斗へと、再び視線を移す。

「どうか、我が国の姫にお力をお貸しください」

「無論だ。案ずるな」

 自分よりもずっと年上の上将軍に対しても、魁斗は堂々とした物腰を保っている。余裕に満ち満ちた笑顔がとても涼しい。

「其れと……」

 将軍は、蘢よりも更に後ろに居た優花へと目をやる。

「そなたが璋元上将軍の御弟子にして、公主殿下のご親友の優花殿か。お初にお目に掛かる」

 思いも掛けず話し掛けられ、優花は驚いて身をすくめる。厳しい威厳有る顔付きだが、人当りの柔らかさを持つ瑛睡に対し、彼女は大きく息を吐いて頭を下げる。

「初めまして、伯優花と申します」

 初対面の上将軍が、如何して自分の名まで知っているのだろうと疑問に思っていると、蘢が口を開いた。

「君が紀佑さんから機密を預かっていることを、お伝えしたんだ。瑛睡殿が紫瑤まで持ち帰って下さるそうだよ」

「え……?」

 もう一度優花が瑛睡を見ると、彼は無言で頷いている。

「良かったな、優花。其の方がずっと安全に為る」

「うん、そうだね……!」

 麗蘭が明るい声で言うと、優花もほっとしている。阿宋山に持って行っても、いずれ風友から禁軍に渡る。どうせなら、禁軍の上将軍に直接渡す方が良いに決まっている。

「……だが優花、機密のことが無くなっても、おまえは阿宋山に帰るのだぞ」

 念押すように麗蘭が言うと、優花はこくんと首を縦に振る。

「分かってるって。体力も回復したし、皆を見送ったら一っ飛びで帰るよ……だから」

 其処まで言うと、優花は突然麗蘭の片腕を掴んで引っ張り始める。

「どうしたのだ?」

「……言いたいことがあるの。一寸、こっちに来て」

 他の者に聞かれるのは恥ずかしいが、別れの前に必ず伝えておきたいことがあった。昨日、宿で二人きりで話している時、落雷に邪魔をされて言えなかった言葉だ。

 男たちに声が届かない辺りまで麗蘭を連れて行くと、優花は親友の耳元ではっきりと口に出す。

「麗蘭、何が有っても……此れからもずっとずっと、私は麗蘭の味方だからね」

「優花……?」

 独りで背負うには、余りにも重く辛い宿命を持たされた、親友に掛けてやれる……心からの真実の言葉。

「麗蘭は、私の一番の友達。其のままのあんたが……ううん、どんなあんたでも、大好き。どんなに離れていても、何時でもあんたを想ってる。約束する」

 きらきらとした瞳で、ほんの少しだけ頬を染めながら、麗蘭を真っ直ぐに見詰めてくる優花。じわりじわりと生まれ出て、やがて横溢おういつしそうになる喜びを感じながら、麗蘭も白桃色の頬を赤らめる。

「優花……ありがとう、ありがとう……! 私も……」

――おまえが、大好きだ。

 込み上げてくる嬉しさに涙が出そうに為る。気付けば麗蘭は、優花をきつく強く抱き締めていた。此れまで、こんなに温かな気持ちに為ったことがあろうか? 優花を友として、こんなに愛おしく感じたことが有っただろうか?

「行ってらっしゃい、麗蘭」

「ああ、優花……」

 今度こそ本当に、暫しの別れ――

 互いの立場は違えど、歩むべき道は異なれど、心は何時も側に在る。何時の日にかまた、必ず会える。

 固く信じて、麗蘭は優花と別れの道をゆく。

……向かうは妖山。そして目指すは、茗。

第五章「天海の鵬翼」はこれにて完結。

活動報告に、後書きと第六章の予告を掲載しておりますので、よろしければ御覧ください。


いつもお読みいただきありがとうございます。

何か感じられるものがありましたら、拍手等からぜひお声をお聞かせください。

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