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金色の螺旋  作者: 亜薇
第五章 天海の鵬翼
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五.剛なる将星【2】

「おまえは『昊天こうてん君』を知っているか?」

「……確か、魔国まこくの王子の一人であったかと」

 唐突な問いをいぶかしがりながらも、蘢は答える。同盟国とはいえ、魔界の者たちと全くと言って良い程接点の無い蘢だが、噂に名高い『昊天君』の名前位は知っていた。何十人と居る魔族の王子の中で、恐らく最も高名なのが彼であろう。

「先代魔王を父君に持ち……『神』を母君に持つそうですね。数年前に今の魔王が即位するまでずっと、次期魔王の最有力候補であったと記憶しています」

 碧空を見上げていた瑛睡は、蘢の方へ振り返って満足そうに笑む。

「『半神』というだけでも此の世に二人と居ない稀有な存在だ。其の上母君は只の『神』ではなく『闘神』……天帝の命で邪神を討伐する戦の神という噂」

 其処までは、蘢も何処かで見聞きして知っている。強大な魔の力と聖なる神力を併せ持つ其の王子は、何を思ってか魔王の座を継がずに魔国を出て、今は人界の諸国を旅して流れているという話だ。

「何でも、恵帝陛下は昊天君とお会いになり……麗蘭さまとおまえの旅に加わるよう依頼されたらしい」

 考えもしなかった瑛睡の発言に、蘢は我知らず目を丸くする。期待通りの反応だったのか、瑛睡は何処か楽しげに笑む。

 此の英雄は、戦場や公の場では人界随一の将星と呼ばれるに相応の厳しさや激しさ、生粋の貴族らしい矜恃きょうじを見せているが、其の内奥には生来の親しみ易さが確かに在る。其れが、何万の部下や聖安の民たちから絶大な人気を勝ち得ている所以であろう。

「私に御用が有ったというのは、其のことでしょうか?」

「そうだ。聖安を出る前に合流出来るよう、伝えておかねばと思ってな」

 蘢は驚きを隠せない。だがもし其の話が本当なら、手放しで喜べる。神々に比肩する力を持つという魔の王子が味方に付いてくれるのなら、此の上無い戦力と為るに相違無い。

 しかし、思慮深い蘢には一つ気に掛かる点が有った。

「……昊天君が我々に助力くださるのは何故なのでしょうか? 恵帝陛下が此度の旅について明かされたということは、魔国との同盟以上に……彼の王子とは特別な縁が有るのでしょうか?」

 察しの良い蘢に何時もながら感心しつつ、瑛錐は少し首を傾げて答える。

「王子は未だ幼子であられた頃、幾度か紫瑤に来られていたし、私自身、皇宮にいらせられたのをお見掛けしたことが有る。蘭麗さまとも面識が有るのではないか?」

 瑛睡のもっともらしい答えに、蘢は複雑な心情を隠しつつも納得した面持ちを見せる。自分の知らぬ蘭麗姫の一面を知っているかもしれない、という高貴な青年の存在は、「焦り」とは行かぬまでも、彼に幾らか悔しい思いをさせたのだろう。

 二人は其の後も暫くの間、話し込んでいた。瑛睡は蘢に聖安国内の状況や恵帝の様子、茗に潜ませた諜者からの情報などを伝えた。中には茗の上層部が最近の珠帝の言動に少なからず動揺していること、消えた玄武が未だ行方知れずであり、遺体が焼かれるのを青竜が見たなどという噂が広がっていることなども含まれていた。

「あの玄武を負かすとは、おまえも強くなったな」

「……恐れ入ります」

 まるで我が子を褒めるかのように嬉々とする瑛睡に、はにかむ蘢。他の誰に称賛されようともやはり、彼が褒められて最も嬉しくなるのは此の瑛睡なのだ。

「しかし……本当に強敵でした。私の挑発に乗って隙を見せるまでは、勢いは彼の方に有りました」

 謙遜ではなく、蘢は本気でそう思っている。だが相手の感情を動かし勝ちを得る方法が、殺し合いの中では当然のように用いられる技術であるということも、勿論心得ている。

「やはり、若い頃からのさがは変わらんか。彼奴あやつはおまえ位の歳の頃から短気な若者だった」

 昔、若き玄武と剣を合わせた将軍は深く息を吐き、何処か懐かしそうに言う。軍学校時代に蘢が耳にした噂に依ると、玄武は大戦の頃卓越した剣の腕で不敗を誇っていたが、戦場で瑛睡に挑み猪突猛進して敗れたという。

「其れでも敵ながら、才気に溢れた勇ましい男だった。こんな幕引きとは、惜しい気もするな」

 海賊に肩入れし敵国の若い将校に討伐され、生死は別として長年仕えた珠帝からは存在を抹殺されるなど、本人にとっては余程無念だろう。

「確証が有る訳ではないのですが、私には何故か……未だ彼が生きている気がしてならないのです」

 蘢は俯く。自分の口からそんな言葉が出てきたことを、些か不思議に思いながら。

「……奴が如何なっているかも気になるところではあるが、やはり今は、青竜だな」

 再び椅子に坐した瑛睡に、蘢が躊躇いがちに尋ねる。

「麗蘭公主を狙っている以上確実に、青竜は再度接触して来るでしょう。我々は……また防ぎ切ることが出来るのでしょうか?」

 麗蘭や優花を含め、他の者の前では極力押し隠している危懼も、瑛睡の前では見せられる。素晴らしい上官であると同時に、彼の中で今や父親の如き存在と為った瑛睡は、何時でも的確な助言を与えてくれる。

「正直なところ、難しい。奴は既に人智を超えている……私が戦ったとしても、金竜の力で一溜りもないだろう」

 大将軍の発言は、見栄や自尊心とは無縁な、清廉な士の言葉其のもの。 

「おまえも奴の力を目の当たりにし分かったと思うが、人が人の領域を超えた者と渡り合うのは、実に難しいことなのだ。人外の者に対抗出来るのは、殆どの場合で同じ人外の者のみ。我々は分を弁えるべきところを見定めねばならない」

 一国の将軍の言葉にしてはやや弱気であると取られかねない発言が、蘢の心には自然と落ちて来る。長年戦いに身を置き、其の中で人ならざる者と幾度か対峙した経験の有る瑛睡の言だからこそ、説得力が有る。

「青竜に対し、今の所我々に有る対抗策は二つ。光龍であられる麗蘭さまが開光し、前世で金竜を封じた時のようなお力を得ること。そして、神に並ぶと言われる昊天君のお力を借りることだ」

「公主か……魔の王子かのどちらかが、青竜をたおし得るということですね」

 自分では青竜を破ることは出来ない……軍人として、剣士として、一人の男として、負け嫌いな蘢としては受け入れたくない事実。されど瑛睡の言う通り、身の程を知り自分の為すべきことを正しく見極めることこそが、最終的な勝利へと繋がる足掛かりと為る。蘢は将軍のお陰で若くして、其れをきちんと知り得ている。

 頬を緩めると、瑛睡はふと外を見やる。既に空は朱に染まり始めており、何時の間に長く話し過ぎてしまったことに気付く。

「さあ、もう行け。姫が待っておられるだろう。本来なら此の白林城にお越しいただきたいところだが、城主である采州候にも姫のことは隠さねばならぬからな……致し方ない」

「承知しました」

 言われるままに立とうとした時、蘢は重要なことを思い出して問うた。

「ところで、魔国の王子は今どちらに居られるのですか?」

 先を急ぐ旅ゆえに、せめて白林近辺まで来てくれていることが望ましいと思っていると、瑛睡の答えは期待以上であった。

「王子は既に此の街に居られる。明日にでもお探ししろ。城の者には事情を伏せて、此方にお招きしたのだが断られてしまったのだ。旅籠に泊まって街を見たいから……と」

 貴い生まれでありながら市井が見たいなどと、数年人界を旅して回っているだけあって、普通の貴人とは感覚が異なるらしい。王子がどんな人物なのか、蘢はますます気になった。

「畏まりました。其れでは、此れにて」

 瑛睡に頭を下げてから背を向けようとすると、不意に呼び止められる。

「待て……最後に、訊いておきたいことが有る」

 蘢が振り返ると、将軍は一際真剣な顔つきで彼を見詰めている。

「公主麗蘭さまは、如何な御方か? おまえの率直な意見を聞かせてくれ。私も紫瑤で一度お会いしたが、長く共に旅をしているおまえの口から聞きたいのだ」

 漠然とした質問に対してどのような答えが求められているのか、蘢は一瞬だけ戸惑う。しかし結局、心に浮かんだままの返答をすることに決めた。

「何事にも真摯しんし直向ひたむきで、其れでいて勇敢な御方です。常に御自分の宿と向き合っておられます。時折冷や冷やさせられますが……周囲の者に力に為りたいと思わせる人柄の良さも、素晴らしい」

 はっきりと言い切る蘢に、瑛睡はほう、と嘆息する。

「此の上ない賛辞だな、おまえにしては珍しい。其れ程あの姫が気に入ったか」

「……気に入ったというよりも、尊敬に値する、という方が近いでしょうか。大変礼を失する言い方になりましょうが……」

 蘢は言いながら、胸に深い傷を負った時のことを思い出していた。青竜を己自身が斃すべき敵と見なして他者の手助けを良しとせず、独りで立ち向かって行った麗蘭は、見方に依っては無謀で愚かしいと言えるかもしれぬ。だが蘢は、あの時の彼女の行いを勇気有るものとして受け止めている。他の少女ならば、他の人間ならば、果たしてあの場で同じ行動を選択できたであろうか? と。

 望んだ以上の答えを得られた瑛睡は、目を細めて笑みを漏らした。

「では、其の思いを持ち続けて……麗蘭さまをしっかりと支えるのだ。戦は私に任せておけ。優秀な副官が居ないのは痛手だが、私は私の役割を果たす」

「……承知」

 力強く頷いて、蘢は再び敬礼する。程無くして彼が室を後にすると、瑛睡は暫しの間何かを考えていたが、やがて墨の乾いた筆を手に取り自分の執務に戻る。

 薄暮が迫る時分、窓の外からは柔らかな光が差し込み、室内を優しく照らしていた。瑛睡が向かう黄花梨おうかりんの大机には、大量の書類や巻物が山積されている。

――夜明けまでに終わらせたいが。

 将軍は苦笑いして、重い筆を走らせ始めた。

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