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金色の螺旋  作者: 亜薇
第四章 紫蘭に捧ぐ
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二.碧雲楼

 青竜との戦いに敗れ、やっとの思いで逃げ果せた麗蘭。彼女は大鷲おおわしへと姿を変えた優花の背に乗り、傷付いた蘢を連れて暫くの間飛空していた。

 麗蘭も優花も、とにかくあの場から離れなくてはならないと必死になっていた。青竜の気が完全に消え失せてからも更に西へ飛び、自分たちの居る位置を見失わぬように気を付けながら、田圃たんぼや森を越えて小さな村も二つばかり越えた。

「優花、一旦下りよう。蘢の手当をしたい」

 強い風にあおられ身体の均衡を崩さぬよう注意しながら、麗蘭は友に向かって叫ぶ。優花は呼び掛けに応じて一声鳴くと、直ぐ下に見えている森へと下りてゆく。

 麗蘭は意識を失って力が抜けた蘢の身体をしっかりと抱え、なるべく負担の掛からないような姿勢を保ちながら支えている。

――出血が酷い。

 彼女の両手や着物は蘢の血に塗れていた。此処からは傷の状態までは良く見えないが、かなりの深手であることは一目瞭然いちもくりょうぜんである。

 優花は地上へ下り立つと、麗蘭と蘢を下ろしてからもう一度小さく鳴いた。妖の姿を取る時、優花は人の言葉を話すことができない。しかし麗蘭は親友の言わんとすることを解して頷いてから、先程彼女が変化する際に預かっていた風呂敷包を渡した。

 くちばしで器用に受け取ると、優花は森の奥の方へと向かう。誰も居ない所で人形ひとがたに戻るために。

 変化すると自分の身体よりも数倍の大きさになるため、着衣のままだと着物が裂けてだめになってしまう。今人の姿に戻ると、一糸いっし纏わぬ状態になるというわけだ。

 ゆえに、優花は必ず自分の荷の中にもう一式着替えを準備している。麗蘭はそうした事情を本人から聞いて、よく知っていた。彼女が人前で変化したがらない理由は其処にも有り、先刻のような緊急事態でなければ絶対に避けている。

 優花が行ってしまった後、何とか蘢の背を持ち引き摺るようにして、側に在った大きな樹の下へ入る。雲間から降り注ぐ日差しを、枝葉の傘が防いでくれた。

 蘢の上着を脱がせて其れを枕にし、草の上にそっと寝かせる。両膝を付いて身を屈めると、彼の胸へと静かに片耳を当てて、心臓の鼓動を確認する。弱まってはいるが、心音が確かに聴こえてくる。頭を上げて再び蘢を見下ろすと、僅かだが肩もきちんと上下させているようだ。

「……大丈夫だ、息も有る」

 血に染まった着物を慎重に脱がせ、右肩から斜めに走った大きな傷を露わにする。麗蘭は医学の知識には疎いが、流れ出る大量の血と蘢の蒼白い顔色、下がりゆく体温が傷の深さを物語っていた。更に、青竜の邪眼で攻撃され損傷した内部も癒さねばならない。

――とにかく先ず、傷を塞いで血を止めねば……本当に危ない。

 麗蘭は右手を彼の額に添え、傷の上辺りに左手をかざす。目を閉じ己が神力を両手に集中させ、呪を唱えながら神術を発動させる。

 治癒を目的とした術は、かなり高度な技術と強力な神気を要する。つい先程、青竜の呪縛を破るのに相当量の力を使ったために、今できることはその場凌ぎの応急処置程度であろう。

 神力が白く柔らかな光を生み出し、徐々に広がって二人を覆ってゆく。白光は次第に其の大きさ、強さを増していき、やがて二人を完全に包み込む。

 深く切られていた傷口が、ゆっくりと閉じてゆく。麗蘭の神力が蘢の治癒力を補い、自然な形で癒しているのだ。麗蘭が再び目を開けると、溢れ出ていた血は止まり、不完全ではあるが何とか塞ぐことができた。完治したわけではなく、少しの刺激で再び傷が開く恐れのある不安定な状態であった。

 更に、麗蘭自身が青竜によって斬られた右腕の傷も閉じていた。此方は蘢の傷程は深くないので、僅かな光だけで殆ど癒すことができたようだ。

 麗蘭が蘢から手を離すと、少しずつ光が収束する。無理をして神力を放出した彼女の呼吸は僅かに乱れ、額からは汗が流れ出ていた。

「麗蘭!」

 替えの着物を身に付けた優花が走って来る。二人の所まで来ると、膝を折って蘢の顔を覗き込んだ。

「あっちに川があったから、水汲んで来たよ」

 優花に竹筒を渡されると、麗蘭は頷いてから受け取る。そして蓋を開け、蘢の傷周辺の血を慎重に洗い清めた。

「取り敢えず止血はした。何処か……街へ運んで医師に診せなくては」

 強い神力のお陰で、心なしか蘢の顔には血の気が戻り始めている。其れでも未だ、一刻を争う状態に変わりはない。

「優花、無理をさせて済まないがもう少し移動出来るか?」

 妖力を解放した状態は、優花にかなり負担が掛かるという。彼女が普段、妖力封じの札を持って自ら力を封じている理由の一つが其れだ。

 優花の身体を気遣いつつも、彼女の力に頼るしか他に方法はない。 

「分かった。場所を決めてくれれば、また変化するよ」

 自分の胸に手を当てて、大きく首肯してみせる優花。手荷物の中からさらしを取り出すと、麗蘭と協力して蘢の傷に巻いてやる。

 改めて見ると、青竜の言っていた通り急所といえる場所は奇跡的に外れている。少しでもずれていたらと思うと冷や汗が出る。

 一通り巻き終わると、麗蘭は蘢の荷物に在った地図を取り出した。何処か適当な街がないか探そうとするが、知らない地名ばかりが並んでいて良く分からない。下手に小さな町へ入ってしまうと、医師がいないこともあり得る。加えて、余計な詮索をされずに暫く滞在できる宿も必要だ。

――早く決めねば、ゆっくりしている余裕は無い。

「蘢、気が付いたみたいだよ!」

 途方に暮れていたところ、優花の声ではっとする。慌てて蘢の顔を見ると、薄っすらと目を開けほんの少しだけ頭を動かした。麗蘭と優花の姿を確認して安心したのか小さく息を吐き、数度瞬きしてから麗蘭の方へ目をやった。

「……済ま……ない。不覚を……」

「喋るな、辛いだろう? 頼むから今は休んでくれ」

 蘢が意識を取り戻したことが嬉しい反面、自分の犯した過ちを思い知らされる麗蘭。何とか言葉を搾り出そうとする彼に向かって頭を振り、少しでも安静にして欲しいと視線で伝えようとする。

――蘢がこんな怪我を負ったのは……私の所為せいだ。

 巨大な敵青竜を前にして、蘢の制止を聞き入れずに一人で向かった結果が、此れだ。責任は全て自分に有り、言い逃れはできない。

 そんな麗蘭の心情を読み取ったのか、蘢は目を閉じて首を横に振り否定の意を表す。更に彼女を心配させないようにと、痛みに耐えながらも小さな笑みを作ってみせた。

 麗蘭が施した神術は、一時的に傷を塞ぐものではあるが完全に痛みを取るようなものではない。幾ら鍛えられた青年将校とはいえ、此れ程の大怪我でうめき声一つ上げないだけでも称賛に値するだろう。そう思うと、こんな時でさえ気を遣わせてしまっていることが本当に申し訳なく思えてくる。

 やがて蘢は、麗蘭が地図を手にしていることに気付き、彼女の意図を瞬時に読み取る。

「げい……かへ。えい……か大路の……宿、へき……うんろうへ」

 声を詰まらせながら、やっとのことで伝えて来た蘢に、麗蘭は幾度も幾度も頷く。

「分かった、兒加げいかだな。兒加の『えいか大路』にある『へきうんろう』だな?」

 兒加という地名は手にしている地図に載っている。通りや宿の名前までは分からないが、復唱することで記憶に刻みつけ憶えてしまった。隣の優花を見やり、彼女が了解したことを確認する。

「頼む、優花」

 麗蘭は立ち上がりながら、蘢の着物を着せてやっていた優花に声を掛ける。地図を手渡し、目的地の場所を指で示す。

「うん、兒加の場所は分かったよ。ここから南西に行ったところだね」

 そう言って優花も立ち上がる。蘢は再び目を閉じ、浅い呼吸を繰り返していた。

「…あ、えっと。ちょっとだけ待ってもらっても良い? これ以上着替えを減らしたくないんだ……」

 蘢の方をちらちらと見ながら、声を潜めて恥ずかしそうに言う。麗蘭は彼女の言いたいことを汲み、微笑んでから頷いた。

「慌てなくて良い、服はちゃんと私が持っていくから」

「ありがとう。じゃ、ちょっと行って来るね!」

 優花は麗蘭たちに背を向けて、少し離れた大木の後ろへと走って行く。残された麗蘭は、何時の間にか眠りに落ちていた蘢の側で膝を付いた。

「済まぬ……蘢。済まぬ。おまえには申し訳が立たない。赦してほしい、私の力が足りぬばかりに……!」

 頭を垂れ、手を膝に付いて声を震わせる。

「済まぬ……済まぬ」

 死んだように眠る蘢は、麗蘭の謝罪には応えない。優花が変化して戻って来るまでの短い間、麗蘭は只々謝り続けた。一向に、自らの未熟さを呪いながら。





 兒加げいか四萩ししゅう湖という大きな湖の傍に位置する、中規模の街である。随加を出て泉栄を通り、国境の白林はくりんから茗入りするという麗蘭たちの行程からすると、やや南に逸れた所になる。蘢が何故此処に行けと言ったのかは分からないが、他に当てがない以上、彼の言葉通りにするしかない。

 優花は街の外にある林へと下降し、麗蘭と蘢を下ろす。再び人形ひとがたへと変化し、麗蘭に預けていた着物を急いで着終えて、彼女と二人で蘢の肩へと手を回した。

 蘢は比較的背が高めで、すらりとした見掛けによらず手や足腰に筋肉が程良く付いてがっしりした体格をしている。少女二人で眠っている彼を担いで行くのは難儀であったが、致し方ない。

 また特に麗蘭は、蘢の血を浴びた着物が少なからず目立ちそうだったが、今はそんなことを気にしている場合でもない。

 そのまま街中へ入ると通りを行き交う人々の視線を感じながら、蘢の言っていた『えいか大路』の『へきうんろう』を探す。恐らく宿であろうと見当を付け、擦れ違った街の人に其の場所を尋ねながら歩く。

 大きくない街なので、『へきうんろう』を知っている者を見付けるのには然程苦労しなかった。話し掛けた三人目の男性が、通りと宿の大体の場所を教えてくれた。

 永華大路は街の中心に在る大通りであった。四角や六角の石畳が敷き詰められて続く道の両脇に、石造りの二階、三階建ての建物が並んでいる。食べ物や日用品を売る店、武器屋、その他の商店や宿屋が軒を連ねて賑わいを見せていた。

 往来する人々を避けつつ進むと、先程の男性から教えてもらった通り、碧雲楼に辿り着くことができた。戸口の上方に掲げられた、新しめの石の看板を見付けると、麗蘭は優花と互いに見合わせてから戸を開けた。

 中に入ると、若い男が此方を向いて立っている。熊のように大きな身体はいかにも剛の者といった風体で、口周りは髭が囲んでおり若さの割に貫禄が有る。一見すると怖そうに見えるのだが、顔を良く見てみると、瞳には未だ少年のような幼さを残し、大層陽気で人が良さそうな表情が有った。

「お、いらっしゃ……」

 客が入ってくるのを見て元気良く迎えようとしたが、二人の少女に挟まれてだらりとしている青年の姿を見るなり、ごくりと唾を呑んで声を詰まらせた。

「蘢……蘢なのか!?」

 慌てふためいた様子で蘢のもとへ駆け寄ると、少女二人に代わって彼の腕を自分の首へ回し、肩を貸す格好になる。

「傷は塞いであるが……手当をして休ませたい。頼めますか?」

 麗蘭が言うと、男は彼女と優花の顔をそれぞれ一瞥して首を縦に振る。

「奥へ運ぶ。付いて来てくれ」

 其の言葉通り麗蘭たちは、狭い一本の廊下を進む男と蘢の後に続いて行く。男が誰なのかは未だ分からないが、怪我をした蘢を見た時の反応から、とりあえず此の状況を任せられる相手であると、麗蘭は判断した。

玉英ぎょくえい、玉英は居るか!?」

 廊下に面した戸の無い部屋の中へ、男がぶっきらぼうに声を掛けると、若い女の声で返事が聴こえて来た。すると間もなく声の主である女が小走りでやって来た。

 女の顔の輪郭は丸く身体はやや太ってはいたが、鋭い瞳は強そうな意思を窺わせる。歳の頃は二十を少し越えた辺りだろう。

「はいはい何かしら……って、あれ?」

 男の後ろに並んでいる麗蘭、優花の顔を順に見てから、男に支えられている蘢の方へと目をやる。最後に男を見上げて小首を傾げ、眉根を寄せて尋ねた。

「ちょっと號錘ごうすい……また何かやらかしたの?」

「違えよ、人様の前で人聞きの悪いことを言うな」

 玉英の呆れた物言いに、號錘と呼ばれた男は心底不満そうな顔をして否定する。太くばさばさとした眉毛を片方吊り上げ舌打ちして、自分と蘢の体を少しだけ動かし顔が女に見えるようにする。

「良く見ろ、こいつは蘢だ」

「え?」

 驚いた声を出して、女は目を閉じたままの蘢の顔を覗き込む。 

「……本当だ、早く言いなさいよ!」

 体力を消耗して生気のない蘢を見て驚き、怒りを含んだ声を出す。だが直ぐに落ち着きを取り戻したようで、くるりとまた振り返る。

「一番奥、譲葉ゆずりはの間へ連れて行くよ……お嬢さんたちも」

 麗蘭たちに一瞥をくれると、彼女たちを先導して歩いて行く。號錘と蘢、そして麗蘭、優花と、玉英に続いて最奥の客室へと入っていった。

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