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金色の螺旋  作者: 亜薇
第三章 竜の化身
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三.竜の大将

 蘢の報告を受けた麗蘭は、直ぐに発つべきという彼の提案に賛成した。元々今朝、船で出発することにしていたので、支度は調っている。

 部屋から出る前に、陸路を確認するべく蘢が手持ちの地図を取り出した。卓に広げられたものを見ると以前見たときには無かったばつ印が所々に付いている。

「海賊の話を聞いてから、海路が使えなくなることを考えて、幾つか経路は考えてあったんだ」

 そう言って彼が指し示したのは、たった一カ所だけ黒墨で丸が付けられた部分。

「行き方が幾つか有るのだけど、茗人に見つからずに入国しようとすると限られてくる……随加から内陸方面へ南西に行った所に位置する泉栄せんえいという街。此処を通って北西へと進み、国境の町白林はくりんを抜けて茗入りするのが良いと思う」

 此れまで妖討伐のため国内の各地を訪れたことのある麗蘭だったが、蘢の言う町は随加同様、初めて行く所ばかりだった。

「白林を通るということは、琅華山ろうかさんを越えるということか?」

「いや、確かに其の方が早いのだけれど、出来れば迂回うかいして行くべきと思っている」

 蘢の声には、何時ものような自信や余裕が含まれていない。其れも其のはず、琅華山という山は妖が出ることで有名過ぎる場所なのだ。検問所を置かずとも、普通の人間は先ず避けて通る。修験しゅげん者や武人が修練のために入ることも有るが、二度と戻らぬ者も多いという。

「確かに、危険と言えば危険だが……」

 麗蘭は分かっている、問題は自分だということを。自分の気と神力は妖を引き付け過ぎる。蘢は麗蘭に危害が及ぶことを案じているのであろうが、麗蘭は自分の所為で彼が傷付くことを恐れていた。

「琅華山を越えれば、確かに茗には見つかりにくいけれど……まあ、向こうに着く迄に考えよう」

 地図を畳んで片付けると、彼は側に立て掛けてあった剣を腰に差す。

「行こう、先ずは泉栄だ。部下に馬を用意させているから、一気に駆けよう」

 蘢の言葉に、麗蘭は強く首肯して弓を背負った。





 随加の街と港から離れた入り江。入り組んだ鋸歯きょしのような地形に、奇岩に囲まれた海岸。打ち寄せる波の音や、遠く海鳥の鳴き声だけが聴こえている。

 足場の不安定な高い絶壁の上に立ち、曇天どんてんの空の下海の向こうを眺める一人の男。正しく、昨夜海賊たちの命を虫螻むしけらを相手にするかの如く踏みにじった覆面の怪物である。

 背中にあの大きな剣を背負い、顔の部分で唯一隠していない赫い右目で遙か彼方を見詰める其の姿からは、あの凄惨な殺戮を行った者にはとても見えない。銀の髪を海風になびかせながら、穏やかな眼差しを真っ直ぐに向けていた。

 彼は主君の密命を受け、此の敵地へと入り込んでいる。海賊たちをりくしたのも、他ならぬ主の命。彼の絶大な力を以てすれば、百人近い人数を僅かな時間で殲滅せんめつする等容易い所業である。

 元々、彼に与えられているのは別の命であった。しかし昨日、突然主からの新たな命として下されたのが、茗人の海賊達の皆殺し。昨夜滞りなく終えた今、最初の任務に戻っている。

 二日前随加の街に入ってから、確かに感じていたあの特殊な神気。あの気の持ち主こそが、彼の……彼の主が探している少女であると確信した。神気を辿り少女と接触を図ろうとしていたところ、待ったをかけられた。先に聖安の捕虜となった賊たちを一掃しろと命じられたのだ。

――見失ってしまったか。

 少女のものらしき神気を近くに感じない。朝になり、主と連絡を取っている仲間に任務完了を報告したり、ほんの数刻休んだりしているうちに、随加を発ってしまったようだ。

「……紅燐、港の方は如何だ?」

 背後から近付いてきた女の気配を感じ、振り返ることもなく問い掛ける。彼の後ろには紅燐……朱雀が立っている。

「船を出した形跡は有りませぬ。陸の道を出たのでしょう……追われるのですね?」

「無論。発たれる前に接触出来なかったのは私の落ち度、陛下に顔向け出来ぬ」

 男……茗の上将軍青竜は、海の先にある本国を見据えたまま、抑揚の無い声で言う。そんな彼を見て、朱雀は首を横に振った。

「お身体を考えれば無理なきこと。ご自愛ください」

 朱雀は彼を案じていた。同じ四神として、そしてこの上なく尊敬する上官として。およそ同じ神人とは思えぬ程の力を振るう彼には、戦う度少しずつ身体に負担が掛かっているに違いないのだから。

「……此の力は扱い難い。年を経るごとに扱い辛くなっていく……私ももう若くないからな」

 若くない、と言う彼だが、未だ未だ壮齢の男盛りの頃。朱雀よりは一回り以上歳上で、白虎や玄武よりも少し上と言ったところである。玄武と同じく体格に優れてはいるが、彼よりもやや細身でより無駄が無い強靱な身体は、如何にも現役の将軍らしい。苦く笑う其の男は、其処で漸く背後の朱雀へと目をやった。

「玄武の所在は未だ分からぬか?」

「はい。彼のことですので、死んだとは考えにくいのですが……」

 玄武の動向を見張っていた朱雀は、彼が聖安の禁軍に敗れたと分かり直ぐ珠帝に伝えた。すると珠帝は彼女が思いも寄らぬ行動に出たのだ。

「幾ら聖安を牽制けんせいするのが目的とはいえ、玄武を亡き者と公表するとは……恐れながら、陛下らしくないかと」

 朱雀には解せなかった。将軍の身でありながら海賊等に扮し興じた上、聖安軍に敗れる等、玄武が珠帝の怒りを買うのは当然である。だがだからといって、「捕らわれ殺された」と訃報を出す等、本人の誇りが最も損なわれるようなことを、あの玄武に対して行うだろうか?

 朱雀は珠帝が意外と情に厚いことを良く知っている。自分が認めた者に対しては温情を惜しまないのだ。ましてや、玄武は珠帝が先帝である夫を暗殺する際一役買った人物。そんな彼を冷遇するはずがない。此処数年、珠帝は確かに玄武に対して心ない処置をしてきたようにも見えるが、何か考えが有ってのことなのだろう……朱雀は其のように考えていた。

 四神の中でも長年珠帝に最も信頼され、其の心の内まで知り得ているであろう此の青竜ならば、何か知っているのではないかと朱雀は踏んでいる。だが青竜は、玄武については何も話さず腕を組み、沈思するような素振りを見せるだけだった。

「……私とおまえが離れている間、例の黒巫女が陛下を毒さぬかどうかが心配だ。早く公主とやらを捕らえ帰国せねばならぬ」

「貴方は『公主』の存在を如何思われているのですか?」

 朱雀も、命じた珠帝も公主の存在を完全に信じ切っているわけではない。『光龍』の存在についても同様に。

「公主なのかは分からぬが……私が此の随加で感じた気は、間違いなく光龍のものであろう。此の左目が疼いて仕方がなかったのだから」

 其の発言を聞いて朱雀は納得した。『青竜の左目』が反応するということは、屹度きっと光龍に相違そういない。

「随加に居たということは、黒巫女の言うとおり茗へ向かっているのだろう。玄武を破った聖安の指揮官は、確か蒼稀上校なのであったな?」

 聖安側は恐らく意図的に、水軍を指揮した将校の名を伏せている。だが討伐の後、朱雀の諜報によりあの水軍は丁陽に駐屯する上校の軍であり、彼自ら指揮したことが分かっている。しかし、諜者の存在を隠したい珠帝の意向により、「玄武を討ったのは蒼稀上校である」との発表はされていない。つまり、茗側は蒼稀上校が指揮官だとは知らないということになっている。

「恵帝に重用されている上校に、光龍である娘。此処随加に同時に現れたとなると、何かが……有るのでは?」

 朱雀の言葉に青竜が深く頷く。

「偶然……とも言える。娘が上校と関係が有るとは言い切れぬ。ただ、本当に公主であるのならば……陛下の仰るように、上校を供にしている可能性は十二分に有ろう。海路を遮っていた玄武の海賊を退ける為に、上校が軍を出したと考えれば、些か大胆ではあるが頷ける」

 其れを聞き、朱雀ははっとさせられる。

「もしや、陛下が聖安との海上貿易を禁じられたのは、彼らの海の道を閉ざす為でしょうか?」

「其れは分からぬな……むしろ船で早く茗入りさせて、蘭麗姫の居る恭月塔で待ち伏せする方が簡単だ。外交的な戦略だろう」

 冷静な分析をしながらも、彼は自分の説明に納得しきれずにいた。

――だがもしかすると、我らを使って光龍を追わせることを一興とお考えなのかもしれんな。政治とは別に、其れが理由の一つかもしれぬ。

 彼等の主君には、敢えてそうした回りくどい方法を採ることで楽しむ性質が有るのだ。

「おまえは如何するのだ?」

 海に背を向け歩き出し、直ぐに足を止めた青竜に、朱雀が答える。

「……陛下より別の命を仰せつかっておりますので、暫くご一緒できませぬ」

「例の……男の件か?」

 彼女は僅かだけ視線を下げてから、もう一度青竜を見て頷いた。

「左様でございます」

「そうか、気を付けてな」

 青竜は朱雀が何処へ行くか、詳しく聞こうとはしない。此の件については、朱雀は余り話したがらないであろうから。

 上将軍が立ち去った後、朱雀は彼の立っていた場所で独り佇む。暫し海を見ていた後、目を閉じて短く呪を唱えた。

 すると、何処からともなく一羽の鳥がやって来る。水浅葱みずあさぎ色の大きなはとが舞い降りて来て、着物の袖の下に付けた腕当てにゆっくりと止まった。此は彼女が神力によって縛し、伝令として用いている伝書鳩である。

「あさぎ、陛下に伝えよ。『青竜将軍は娘を追い随加を出た。朱雀はご命令通り、魔の王子を探しに行く』と」

 主に応えるかの如く一声上げると、美麗な羽を広げて再び空へと飛翔する。朱雀は海を越えて灰色の空を飛んで行くあさぎを見送り、其の姿が小さくなって行くのを見届けてからきびすを返して歩み始めた。


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