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金色の螺旋  作者: 亜薇
第二章 蒼き獅子
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九.船上の対決【2】

 何度か斬り結んでから、お互い間合いの外に離れて距離を取る。蘢は麗蘭を横目で見ると、自分の外套がいとうを外して彼女に手渡した。

「……此れを裂いて、御印みしるしを隠すんだ」

 彼の表情には、何時も見せているような余裕は無い。一切の甘えの無い、厳しい剣士の顔。

「……何故か階級章を付けてないが、蒼稀上校か?」

 言い当てられ、蘢は眉根を寄せる。自分の名前を極力知られぬよう動いたというのに――対峙した兵から聞き出したのだろうか。だが蘢の方も、既に頭領の正体を知っている。

「そう言う貴公は、茗の高名な玄武でしょう?」

 口元に僅かな微笑を浮かべながらも、蘢の瞳は笑んでいない。

「玄武だと……?」

 蘢の指示通り、布を刀で裂いて肩に巻き付けながら、麗蘭は驚嘆の声を上げる。

――玄武と言うと、珠帝の有名な腹心の一。茗の上将軍ではないか。

「ほう、俺は近年戦場に出ていないというのに、未だ俺のことを知っている若い将校がいるとは」

「其の、頬の傷。瑛睡殿が負わせたものですね? まさか貴公ともあろう方が海賊の真似事など……にわかには信じられないのですが」

 玄武を挑発するように、屈辱の古傷を顎で指す。

「ふん……身の程知らずな奴だ。瑛睡はもっと慎重な奴だろう? あの商船のように、詰まらん小細工を弄する所は何となく似ているがな」

 嘲笑い、再び構える玄武。

「おまえには死んでもらう。其の娘を連れ帰れば、きっと珠帝もお喜びになる」

 玄武から並々ならぬ剣気と殺気が立ち上る。確かに名を知られてしまったからには、蘢や麗蘭を帰すわけにはいかぬだろう。

「其れは、此方こちらの台詞だ。神巫女に無体な真似をした罪、万死に値する」

 余りに静かだが、溢れんばかりの闘気。普段穏やかな蘢が険しい顔でする物騒な物言いから、彼が本気で怒っていることが見て取れる。

――蘢の言う通り、私の正体がばれた以上、此方も奴を逃がすわけにはいかぬ。

 麗蘭も彼に加勢しようとした時、横から海賊が邪魔をする。弱弱しい太刀を難なく避け、柄による一撃を鳩尾みぞおちに叩き込む。

「この女、強いぞ! お前ら来い!」

「ちっ……」

 集まって来た海賊達に、麗蘭は唇を噛む。振り返ると、既に蘢と玄武の戦いが再開されていた。

――何処かで見たことのある太刀筋……胸糞の悪い。

 激しい剣戟けんげきを展開しつつ、玄武は左頬に傷を受けた時のことを思い返している。

 未だ若く、今よりも血気盛んだった十数年前のあの頃、瑛睡とまみえ勝負を挑んだ。自分の力に傲慢になっていた彼は顔に消えぬ傷を負い、挙句止めを刺されず逃がされるという汚辱を受けた。

――こいつの剣は、奴に似ている……

 敵が打ち込む斬撃を最小限の動きで回避し、攻撃も大胆なものが無く隙がほとんど生まれない。気力も体力も抑えつつ、細かい剣技で相手を苛立たせて自滅を狙う。

――そんな技を、此の若さで身に付けているとは。

 玄武も認める。確かに蘢は天才と呼ばれるだけある逸材だ。

 再び間合いを取り、離れる。お互い涼しい顔をしているが、呼吸は少しずつ乱れてきている。どちらかと言えば、やはり経験豊富でより体格にも恵まれた玄武の方が優勢に見える。

「……驚いた、もう何年も戦場に出ていないというのに、未だこんな剣を振るえるとはね」

 時折、ほんの一瞬だけ、力技で気圧けおされているように見える蘢だが、不安や焦りを一切顔に出さない。柔らかで端正な顔にそぐわぬ好戦的な眼差しで玄武をあおり立てる。 

「おまえこそ口が減らない餓鬼だが、認めてやるよ。殺すには惜しい人材だ……おまえが死ねば、瑛睡も恵帝もさぞやお嘆きになるだろう」

 久し振りに剣を交えた強敵との打ち合いは、玄武を期待以上に楽しませてくれる。だがそろそろ慢心を捨て、殺しに掛からねばならぬ頃合いだと思い始めていた。

「俺の久々の手柄はおまえの首と、聖安の光龍だ。復活祝いには丁度良い」

 其の発言を聞いた途端、蘢はくくっと笑い出す。

「復活? 貴方は未だ自分が珠帝に重く扱われていると思っているのか? 大方こんな港町に捨て置かれて……珠帝に袖にされたんだろう? 認めなよ」

『もう一年もの間、こんな異国の地に追いやられて……開戦が近いというのに呼び戻されもしない。一年? いえ、もっとですわね……此処何年も、貴方が戦に呼ばれることは滅多に無い。そうでなくって?』

 決定的な、一打撃。此処まで蘢の仕掛ける煽りをかわしながらきた玄武だったが、瑠璃の言葉と重なる其の言に、遂に我慢ならなくなる。

「死ね!」

 蘢の首筋を狙い、放たれた一閃。一歩後退して剣で防ぎ、微笑む蘢。

――しまった!

 思わず大きく振り被った為に、防御された後当然の如く隙が出来る。

 体勢を立て直そうとした時には、既に遅い。

「ぐうっ……!」

 痛みにくぐもった声を漏らし、膝を折る。蘢の薙いだ剣閃が、玄武の左手首を斬り落としたのだ。

 剣を落とした彼は、傷口からぼとぼとと落ちる血を右手で抑えて呻く。

――俺が……この俺が、若造の安い挑発に乗って負けるだと……!?

 悔しがる間も与えず、蘢は玄武の首へと血に濡れた剣を当てる。

「次は外さない……終わりだ」

 勝負は決した。相手が玄武とあれば、選択肢は一つ……討ち取るしかない。捕縛しても自軍や珠帝に不利になることは決して明かさぬであろうし、何より四神が討たれることで茗側に与える損害は多大なものだ。

 だが蘢の凍りついた目に宿る殺意は、既にそうした理屈を超えていた。目の前の男が麗蘭にした非礼な行動が、只赦せなかったのである。そして其のこと以上に、男が麗蘭に触れることを許してしまった自分自身に激しい憤りを感じていた。

 他方、頭領が討ち取られようとしているのに、周囲の海賊たちは見て見ぬ振り。玄武が蘢との戦いに気を取られているうちに大半が戦闘不能となり、決着がついたのだ。

『ほら、ごらん? 私の言った通りだったでしょう?』

 最期の時に、脳裏に甦るのはやはり瑠璃の声。

――陛下ではなく……あの女か。耽溺たんできするとはこういう事なのだな。

 自虐的に苦笑して、蘢から目を逸らす。思えば此の戦闘中も、蘢の首を持って帰り見せつけたいと思ったのは珠帝ではなく、瑠璃だった。

――俺も人のことは言えなかった。なあ? 紫暗……

 蘢は剣を振り上げる。敵将玄武の首を落とす為に。項垂うなだれた玄武には、往年の恐ろしい猛将の面影はない。しかし其の潔さは武人らしいもの。

 一歩離れ、蘢は両手で剣を持ち斬撃を落とす。玄武の首が落ちると思われた次の刹那、意外にも、其れは為されなかった。

 何故か、蘢は寸前で手を止めたのだ。彼の視線の先には、海賊達を捻じ伏せ此方をじっと見ている、麗蘭が居た。

「甘いな、やはりおまえは未だ青い。人を殺めるところを、あの娘に見せたくないんだろう?」

 下方から玄武の声が聞こえたかと思うと、蘢は体当たりされてぐらつき体勢を崩す。踏み止まって前を見ると、玄武の姿がなくなっている。

「……追え! あの男が首領だ!」

 船体の前方へと走って行く玄武を見つけると、指差して声を張り上げ、船上に居る部下達に命じる。

 麗蘭も走り出し後を追う。しかし直ぐに、船に起きている異変に気付く。

「火が点いた! 火が点いたぞお!」

 何処からともなく沸き起こる恐怖の叫び声。麗蘭と蘢が背後を見ると、船の後方から黒い煙が上がっている。

「いけない、麗蘭、軍船に戻るんだ!」

 見たところ、既に消火が出来ぬ程大きな火だ。木造の帆船は着火すれば短時間で燃え広がる。味方の船に火が移る前に、一刻も早く離れねばならない。

「全員撤退しろ! 未だ燃えていない、占拠した海賊船に捕らえた者を乗せ、随加に向け帰還せよ!」

 見失った玄武を諦め、蘢は部隊に次々と的確な指示を出していく。麗蘭も彼に従い、負傷した者に手を貸しながら軍船に移る。少しでも他の船に火が点くと、素早く鎮火し被害を抑えた。

 迅速に動いたお陰で、焼失し沈んだのは最初に火が点いた敵船のみ。此方の死傷者は総数の約六分の一であるのに対し、敵方は約三分の二、殆どが捕縛され連行された。

 肝心の玄武はと言えば、死体や怪我人、捕虜の中には姿が無く行方知れず。海賊船と共に海に沈んだか、混乱に乗じて逃亡したか……分からず終いとなった。

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