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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
小鬼たちの哀歌

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121/122

小さな騎士・下(ディートリウス)

【連続投稿 2/2】

「今の……」


 声の主は明らかに、少し前まで話していた少女のものだ。

 立ち上がりながら小さく呟く。


「嫌な、何か、嫌な予感が……する。ゲオルク、逃げよう」


 そうは言うものの、ディートの足は動かない。


 やがて奥の角から何かが転がり出てくるのが見えた。それはクラスメイトの少女たちだ。一人大怪我をしたらしい。懸命に負ぶって逃げてきたようだが、躓いてしまう。そんな彼女たちを追うように現れる影が一つ。


 ゴブリンだ。ゴブリンが一体、血濡れの剣を持って姿を見せる。


 彼女たちとて第三層までは来られるレベルの持ち主だ。今さらただのゴブリン一匹に後れを取るとは思えない。だからすぐ、ピンときた。



(――特殊個体(イレギュラー)!)



 普通のゴブリンを遥かに凌駕する強力なモンスター。初心者どころか中級者でさえ、会えば死に戻り(リスポーン)しかないという死神のような存在。どうして、という疑問はすぐさま恐怖へと変わった。


 考えている暇などない。

 彼女たちが気を引いている間に、逃げなくては。


「……どう、しよう。どうすれば」


 そんなの決まってる。逃げるんだ。どうせ自分が行ったって勝てやしない。徒に犠牲者を増やすだけだ。確かに少し可哀そうな気はする。けれど、彼女たちが自分に何をしてくれた。頼んでもいないのに秘密を暴いただけじゃないか。


 助ける義理なんてこれっぽっちもありはしない。

 それなのに、何かを求めるよう手を伸ばしたクラスメイトの姿から、目を離すことが出来なくて。足が一歩も動かせなくて。


 頭では賢い選択をとうに出しているはずなのに、ディートの心が拒絶していた。

 本当にそれで良いのか。

 そっちを選んでしまえば、もう二度と――



「グァアア!」



 足を止めたディートの代わりに、走り出した者が()()



「ゲオルク!? お前、なにやって! 戻れっ、戻れってば!」



 気がつけば、ゴブリンのゲオルクが盾を構えて突撃していくところだった。寸分の迷いなく、勇猛果敢に進む様はディートと大違いだ。


 しかし、多少レベルを上げているとはいえ、特殊個体に勝てるわけがない。ましてゲオルクは盾しか持っていないのだから、むざむざ死にに行くようなものだ。どうして突然暴走したのか――考えて、愕然とした。


(僕が……迷っていたから……?)


 ゲオルクは――仲間ゴブリンは、いつだって主に忠実だ。


 主が困っていたら、己を犠牲にしてでも助けようとするし、少ない言葉から何をしたいのか汲み取ってくれる。だから彼は、恐怖に駆られて動けない主の代わりに、願いを果たそうと決めたのだ。

 ディートにさえ言葉に出来ない想いを携え。


「な、なに!? ゴブリンが!」

「この状況で増援って勘弁――えっ、仲間割れ!?」

「よく分かんないけど逃げるわよ……!」


 特殊個体の振るった刃、その軌道にゲオルクが体を滑り込ませる。盾で懸命に守りを固め、見事受けきっていた。


 一瞬、特殊個体は眉をひそめたものの、すぐに邪魔者の排除へ移る。

 烈火のような連撃が降り注ぎ、その度にゲオルクがくぐもった鳴き声を漏らした。耐えることしか許されていないゴブリンの決死の時間稼ぎ。少女たちは怪我人を抱えて離れようとするも、歩みは遅い。


「……なん、で」


 不甲斐ないディートに代わって、小さな体を傷だらけにするゴブリン。

 主人を馬鹿にした、憎いはずの人間を守るため、血反吐を吐くゲオルクの背中が雄弁に語っている。ディートの本当の想いを。偽れない心を。決して見ないようにしてきた――過去の自分を。



 ――ディートリウスは誰もが認めるような『騎士』になりたかった。



 だって、小さい頃は本気で自分が騎士の末裔だと信じていたから。

 けれど。


 近所の友だちが言った。「お前の父ちゃん、嘘つきだ」と。

 学校の誰かが言った。「なんでそんな嘘つくの」と。

 学校の先生が言った。「ディートさん、嘘はよくないよ」と。

 親戚の子も言った。「いい加減やめてよ、あれ。恥ずかしい」と。


 みんなが言った。「お前は間違ってる」「嘘つき」「みんなの気を引きたいだけ」「勘違い野郎」「証拠あるの」「馬鹿が移る」「あそこの子と付き合っちゃいけません」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」「違う」――――ああ、()()()()()()()()()()()


 騎士だなんて嘘っぱち。馬鹿なこと言ってないで、ちゃんとしなきゃ。

 気がつけば、本気でそう思うようになっていた。


 それなのに。

 精いっぱい、忘れたふりをして蓋をしてきたのに。

 どうして今さら思い出させるんだ。


『きっとディー坊にもこの先、何かを選択する時がくる』


 いつか聞いた気がする祖母の声が木霊した。


『もしそれにぶつかってしまったなら、いいかい。自分の心に、そっと耳を傾けるんだ。そうすりゃ嘘はつけっこない』


 騎士になりたい。


 その願いの根底にあるのは、人に認められたいという幼稚な心だ。困っている人を助ける勇敢な騎士。誰もが頼る格好いい騎士。そんな人間になりたいと。いつしかそれが歪み、承認欲求という形となって配信へ繋がっていった。

 でも本当の願いは別にあるから、沢山の視聴者を得たところで満たされるはずがない。


 ディートリウスでも、シャルルでもない。

 生きていくために作った薄っぺらな自分じゃなく。


 膝を抱え、外の世界を見ないようにしてきた、小さな自分(ディート)が訴えている。

 ここで彼女たちを見捨てて逃げたら、もう二度と取り戻せない。

 一度抱いたはずの憧れ――


 ディートリウス・シャルマの『騎士道』を。



「……おばあちゃん、僕に勇気を。ひとかけらの……勇気を……!」



 そして、走り出した。

 ゲオルクが教えてくれた己の心――本当になりたかった自分に向かって。


「ゲオルク、交代(チェンジ)ッ!」

「グァ!」


 ディートが叫ぶと間髪入れずに返事がきた。

 それは攻守を入れ替える合図だ。短いながらも鍛えてきたコンビネーションが光る。ただ耐えるだけだったゲオルクが、ぐっと盾を前に突き出した。ディートはその影から飛び出して、小剣を突き出す。


『……!』


 死角からの一撃であったにも関わらず、特殊個体は剣でもって薙ぎ払う。カィン、と金属音が響いて、一人と一匹の合わせ技は無力化されてしまった。今までのゴブリンなら少なくとも手傷くらい負わせられていたはずで、手応えの無さに歯噛みする。


 ただ、初めから織り込み済みだ。

 次の一手を繰り出すべく、腰のポーチをまさぐった。


「は!? あんた、なんで――」

「いいから逃げて! 僕とゲオルクで時間を稼ぐ、長くは持たない……!」

「…………ごめん!」


 何に対しての謝罪なのか。クラスメイトたちと問答している時間はない。

 そしてまた、ただの犠牲者になってやるつもりもない。


「これはどう!?」


 そう言ってディートが特殊個体のゴブリンへ投げつけたのは、目の細かい投網だった。とにもかくにも、動きを止めてやろうという算段だ。しかし瞬きの間に剣が閃き、網はかかることなく裁断されてしまう。

 しかもそのまま、ディートに向かって斬りかかってきた。


「グゥゥ……」


 躱す間もなかったが、咄嗟にゲオルクが守ってくれる。


「なら、これは!?」


 油やら、香辛料爆弾やら、果ては煙玉。何から何まで投げつける。

 当たれば儲けもの。そんな薄っぺらい考えなどお見通しとばかりに避けられ、普通のゴブリンなら目眩ましになる煙幕さえ、効いている様子はなかった。所詮、子どもが考えた浅知恵の産物だ。


 その代わり、クラスメイトを逃がすことに成功する。

 点々と続く血の跡は気がつけば大分遠くにまで伸びていた。


(後は僕たちが逃げるだけ、なんだけど……)


 手品はもう店仕舞いだ。

 今から背を向けたとして、見逃してくれるとは思えない。


 最悪、ディートだけだったなら、痛い目には遭うけれど死に戻り(リスポーン)するだけだ。もちろん死なないというだけで、死ぬのと同じくらい怖い想いを受けるし、何よりも――ゲオルクは生き返れない。


 恐らく、ゲオルクは自分を見捨てて逃げろと言っても聞かないだろう。

 だから活路は特殊個体を倒す方にしかない。


「ゲオルク、挟むよ!」

「ギギ!」


 フォーメーションをより攻撃的に。ゲオルクを特殊個体の後ろへ回りこませる。自分の守りが手薄になるが、この際、四の五の言ってられない。人数有利を生かして、同時に襲いかかっていく。


 どちらかが早まって当たれば陣形の意味がないから、呼吸を合わせて挑むも――


「はぁ、はぁ……くそ! この!」

「ギウ! ギィ!」


 斬れば受けられ、突けば躱され、叩けば押し戻される。ディートたちは絶対的な力量の差を痛感せざるを得なかった。大して反撃こそしてこないものの、一方的に体力を使わされている状況だ。


 さすがに焦れて、ディートはスキルの発動体勢に入った。

 小剣を深く引いて、息を整える。


「ならこれは!? 【乱杭(パラセイド)】ッ!」


 瞬く間に十の突きを繰り出す攻撃スキルが解き放たれた。その攻めは、たとえ騎馬隊だろうと食い止める。一つくらい当たれば、という狙いは、しかしただ楽になろうとする選択肢でしかなかった。


 特殊個体のゴブリンは後ろにいるゲオルクを無視し、完全にディートへと狙いを定める。そして今、己に襲いかからんとする剣の雨へ身を投じた。


(…………嘘でしょ)


 ディートは見た。高速の十段突き。その全てを剣で逸らす特殊個体の技術を。かのゴブリンは初めから待っていたのだ。探索者が焦れて、スキルに頼る瞬間を。何故ならば、スキルを打ち終わった後の探索者は――こんなにも隙だらけなのだから。


 硬直して動けないディートの目に、血濡れの刃が映る。


(あ、終わ――)


 最後の瞬間、目を瞑る暇もなかった。

 だから、時が止まったかのように感じるゆったりした世界で――自分を突き飛ばすゲオルクの姿がくっきりと映って。


 背中を斬られた従者(ゴブリン)の苦悶の表情と、飛び散る鮮血。



「あ、あぁ、あ……うぁああああああああッ!!」



 ただ激情に駆られてディートは喚いた。


 怒りか、悔しさか、驚きか、悲しみか、恐れか。分からないが、とにかく叫んで特殊個体へ襲いかかる。戦術などありはしない。ただ感情に任せて武器を振るう。スキルでさえ捌かれるのに、そんな児戯が通じるわけもなく、弾かれる。


 ゲオルクは地に伏せていた。今ならまだ治療が間に合うかもしれない。

 だから早く死んでくれ、早く早く早く――



「あ」



 焦りは判断の低下へ繋がった。

 激昂のまま振り下ろした小剣が、反対に打ち上げられる。まんまと胴を晒したディートへ、特殊個体が斬りかかろうとし、動きを止めた。


 不意に生まれた空白。


 それは血だまりに沈んでなお、主人を助けるため、特殊個体の足を掴んだゲオルクが生み出したものだった。止せばいいのに、傷だらけの小鬼は邪魔をする。そんな邪魔者を特殊個体は苛立たしげに睨んで、背中へ剣を突き立てた。


 びくん、と跳ねるゲオルクの肢体。

 その目は恐ろしい敵でなく、ディートを真っすぐ見ている。

 丸っこい黄色の目が、じっと己を貫いている。


 言葉が伝わらなくとも、何が言いたいのか分かってしまった。


「っ……!」


 声を抑え、激情を鎮め。

 ただ一突きに魂を籠める。


 ゲオルクの献身を無駄にするな。


 踏み切った足は軽やかに、猫のようなしなやかさを持って特殊個体へ肉薄する。彼の怨敵はゲオルクから剣を抜こうとして、しかし、引き抜けなかった。ゲオルクが最期の力を振り絞って阻止したからだ。

 万力のように引き締められた筋肉は、刃をがっちり捉えて離さない。



「【鎧通し(スティレット)】……ッ!!」



 刹那、狙いすましたディートのスキルが、特殊個体の喉を突き破った。

 青く輝く小剣が、的確に急所を抉り取ったのだ。

 もし外したが最後、窮地に陥るのは分かっていたが、絶対に当てられる自信があった。


 そうじゃなければ無駄になるから。ゲオルクの――命を使った抵抗が。


『……? ……!』


 特殊個体は初め、喉元を抑え、ぽかんとしていたが、もはやぴくりとも動かない血濡れのゴブリンと、ディートを見比べ、にやりと笑った。それからポリゴンに変わり、消えてしまう。後には一枚の紙切れが残された。


 ――戦いは終わった。


 大いなる犠牲を生み出して。



「あ、ああ……ゲオルク! ゲオルク、しっかりして! 今ポーションかけるからね!」



 血だまりに沈む従者にディートは急ぎ駆けつけ、その傍に膝をついた。ポーチの中はほとんど空っぽだが、虎の子の回復薬(ポーション)が残っていた。多少の傷なら立ちどころに直して見せる魔法の薬だ。

 それを惜しげもなく振りかける。


 けれど。


「な、なんで……なんで効かないんだよ! 頼む、治ってくれ! 治れ、治れってば!」


 如何に魔法の薬とて、死者を蘇らせる力まではない。

 何の効果も発揮せず、ただ薬液が血だまりと混ざって汚れるだけ。


「グァ……」

「だ、大丈夫、僕が助けてあげるから心配しないで!」

「……ギギィ」


 顔をべちゃべちゃにして、涙塗れで己を見る主人に対し、ゲオルグは微かに首を振った。その様はまるで、無駄遣いを嗜める大人みたいで。


「馬鹿、諦めるなよ、馬鹿……!」


 これじゃどちらが主人か分からない。


「あ、あぁ……崩れてく……止まれ! 止まれよぉ……!」


 ゲオルクの体が爪先から順番に、さらさらと崩れていく。

 かき抱いても留まることを知らない。


 いつだってそうだ。別れは唐突に訪れる。ディートにとって大切な祖母が亡くなった時もそうだった。学校から帰って、倒れている祖母を見つけたあの日。最期に言葉を交わすことも出来なかった。


「……う、ぐ」


 だからディートは必死に涙を拭って、ゲオルクを見下ろす。

 どうしても伝えたい想いがあったから。


「ゲオ、ルク……き、君は……君は……」


 しゃくりあげそうになりながら。

 挫けそうになりながら。


 それでも努めて笑顔を作り、言った。



「僕なんかには勿体ない、最高の『騎士』だったよ」


「ギヒ、ヒ……――」



 果たして、ゴブリンであるゲオルクにその意味はどこまで通じたのだろうか。

 分からないけれど――ゲオルクもまた、あの怪しい笑いを浮かべて、事切れた。


 舞うポリゴンが送り火のように輝く。


 もはや我慢する必要もなくなって、ディートは声を枯らして泣き叫んだ。


「――うぁあああ、あ゛ああああ、わああああん……!」


 たった一月もない付き合い。そのほとんどを、ゲオルクは言われるままに使われただけ。でも少しずつ見せる成長や、通じ合う意思に、嬉しいと思う気持ちがあった。何よりも、忘れかけていた本当の願いを思い出させてくれた。


 それなのに、自分を置いていくなんて勝手すぎる。もしもっと力があったなら、もう少し頭が良かったなら、こんな結末変えることが出来たのだろうか。


「いた、あそこです!」


 やがて助けを呼んで戻ってきた少女たちが見たもの。


 それはゲオルクが遺留(ドロップ)した魔石を胸に抱き、わんわんと泣き喚く、一人の探索者の姿だった。その傍にはもう、頼りになる小さな騎士はいない。ただ、(よすが)となる装備が寂しく転がっているだけだった。



 ◇ ◇ ◇



 散々泣いて目を腫れぼったくしたディートは、「鏡映しの時計塔」ダンジョン第零層、欧州連合探索者協会(EUES)の用意した応接室にいた。頭からタオルを被り、一人俯いている。

 先ほどまでは女性職員が横にいて、背中をさすったり、何やら励ましの言葉をかけていたのだが、何か用事を思い出したらしく、席を外していた。


 ゲオルクという尊い犠牲の上に掴んだ勝利。

 ディートを待っていたのは、健闘を称える探索者と協会職員の拍手だった。しかし、そんなものを貰ったってちっとも嬉しくない。ぼんやりとした頭で思考する。


(……これからどうしよう)


 何のかんのといってディートは無事だ。これからも探索者を続けることが出来るだろう。配信は――大きく視聴者数を減らすかもしれないが、どうでもいい。ただ、いまいち続ける気になれなかった。


(ゲオルクが、いないんじゃ)


 自分に騎士道を教えてくれた大切な友だちは、もういない。

 真に彼の友を思うなら、こんなところで折れず、意思を継いでいくべきだ。

 そう分かっていても立ち上がる気力が湧いてこないのだった。


 昏い瞳でぼうっと前を見つめていると、戸の開く音がして、誰かが目の前に座る。


「ごめんなさい、シャルルさん。もう大丈夫……な、わけないわよね」

「……?」

「聞こえていたか分からないけど、あなたの戦利品を鑑定させてもらったわ」


 見ればそこに、中座したはずの女性職員が座っていた。

 名前は確か、何といったか。記憶が曖昧ですっぽ抜けている。彼女はディートを気遣うよう、優しい声音で言う。


「一応表にしておいたから、もし換金したかったら声をかけて。探索者を続けるにせよ、止めるにせよ、必要だと思うから……」

「……ありがとう、ございます」

「ううん、いいのよ。それとね、私〈鑑定士〉なんだけど、念のためその魔石――ゲオルクくんの遺品も鑑定させてもらえないかしら。売値をつけるためじゃないわ。規則なの。じゃないと外に持ち出す許可が出せないから。気が利かなくてごめんね」


 この先のことは一切分からない。ただゲオルクの形見、普通のゴブリンよりも一回り大きい魔石は持ち帰るつもりでいた。埋めるか、肌身に着けるか。いずれにしても鑑定する必要があるというなら、従うしかない。


 本当はひと時たりとも手放したくなかったが、ディートはしぶしぶゲオルクの魔石を差し出した。


「ありがとう。それじゃあ、大切に調べさせてもらうわね。……【鑑定(アナライズ)】」


 女性職員の眼がきらりと光る。

 恐らく、魔石の価値としては二束三文だろう。ダンジョンの奥深くへ潜れば、もっと大きく、もっと澄んだ魔石はいくらでも見つかる。ただ公的に価値がなかったとしても、ディートには関係の無い話だ。


 だから特に感情もなく、結果が出るのを待った。

 すると――〈鑑定士〉の職員が何故だか目を見開く。


「え、何これ……だって他の子のは確か、普通の……」

「あの……?」

「シャルルさん。落ち着いて聞いて」


 小石くらいの小さな魔石をディートに返しながら、彼女は紡いだ。



「この子は――ゲオルクくんは、まだ生きてるわ」



 真面目な顔つきだ。嘘をついている様子はない。

 けれど信じられなくて、ディートはぽかんとしてしまう。


「……え?」

「鑑定結果は『ゴブリンコア/個体名:ゲオルク/状態:休眠中』……つまり、疲れて眠っているだけなの。たぶん、だけど」

「生き、てる……?」

「正直に言うと私にもよく分からないわ。今までだって仲間になったゴブリンの魔石を鑑定したことはあるの。でも全て、普通よりちょっと状態が良いだけの魔石だった。こんなこと初めてよ」


 恐る恐ると魔石を受け取る。会話のせいか、不思議と鼓動のような光を内包しているように見えた。


「一週間か、一か月か。分からないけど、十分なエネルギーが戻ったら起きて来るんじゃないかしら?」


 ついさっき、不幸な出来事にあったばかりだから、ディートには疑う心があった。けれどゆっくり、ゆっくり、噛み砕くように意味を理解するにつれ、喉が震えた。そうしてもう出ないとばかり思っていた涙が、ぽろぽろと零れていく。


「……よか……よ…………た……」

「うん」

「よがっだ、よぉ……! う、ひぐ、よ……か……うわぁあああああん!!」


 別れは突然で、けれど再会もまた唐突に。


 ディートは体中の水分を使い果たすんじゃないかというくらい泣き通す。

 やがて疲れて眠ってしまった彼を、職員が介抱するまで、その涙はいつまでもいつまでも続くのだった。


 いくら嬉し涙でも、過ぎれば頭が痛くなると知るのはもう少し先――



 後、ディートリウスは親に本当のことを話し、改めて「シャルル」としての活動を始めた。言い出すのは勇気のいることだったが、ゲオルクが見せてくれたそれに比べれば、何てことはなかった。

 そうして無事復活を果たした友と一緒に、彼はダンジョンへ潜っていく。


 ゆくゆく、小鬼騎士(ゴブリンナイト)へと進化したゲオルクと並び、ディートが「双璧の騎士」と呼ばれるようになるのは、余談だろう。一切性別を隠す必要のなくなった彼は、嬉々として色んな格好に袖を通し、世界中に「KAWAII」を振りまいたという……。


 それもまた、ディートにとっての騎士道だから。

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ゲオルク、カッケーよ!
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