たとえば、一つのパターン(財前守)
【連続投稿 2/2】
「情報にあった通りでしたね。差し詰め、小鬼精兵……といったところでしょうか」
クラン「池袋ハンターズ」のナンバー2にして、参謀役の財前守が、眼鏡のブリッジを押し上げながら呟く。すると、クランメンバーたちが顔を見合わせ、ひそひそと声を交わした。
「おい、坊ちゃん先生がまたなんか言ってんぞ」
「しっ! そういうお年頃なんだよ、黙っとけ」
「すまねぇ、アメリカ語はさっぱりなんだ」
「ゴブリンはゴブリンだろ?」
かれらはそれで一応、内緒話のつもりらしい。
ふるふると財前が震え出す。
「聞こえてんですよ、全部! いいでしょう名づけくらい! 名前があったほうが便利じゃないですか! まったく……」
池袋ハンターズの面々は、基本的に普通の人生からドロップアウトしてしまった人間ばかりだ。九九の段さえ怪しい者もいる。その中にあって財前は都内有数の進学校に通っていた過去があり、時々環境の違いからメンバーと話が通じないことがあった。
もっとも、彼は高学歴を鼻にかけない――どころか話題に出されたくない男なので、仲間たちからも「坊ちゃん先生」として親しまれている。
なまじ頭が働くばかりに、渡せば全ての金を使ってしまう男たちの財布を管理する羽目になった苦労人の参謀は、これ見よがしに溜め息をついた。
「と・に・か・く! 噂の強化個体、倒してはみましたが……」
かれらの目の前に今、一体のゴブリンが倒れ伏している。
それは近頃、特定の条件下でのみ出現すると噂されていた変わり種のゴブリンだった。
何でも高レベル者がいると出てくるだの、素行が悪い者に天罰を下しにくるだの、情報が錯綜し判然としない中、池袋ハンターズも調査に乗り出すことしばし。通常より多い10人編成で「ゴブリン窟」に向かったところ、無事遭遇することが出来た。
確かに普通のゴブリンと比べ、段違いの強さを誇るものの、身体スペックはどこまでいってもゴブリンだ。最前線の探索者10人が寄って集って攻撃すれば、怪我人を出しつつ、倒せないこともなかった。
伊達に生産職が一人もいない純戦闘クランなだけはある。
「何か紙みたいなものを落としましたね。まさか、報酬はこれだけ?」
ゴブリンがポリゴンに変わり、ドロップアイテムを産み落とす。大抵、小指の先サイズの小さな魔石を落とすが、今回は蛇腹に折られた白い紙が落ちていた。
腰をかがめ、手を伸ばす財前。
(苦労した割に……)
まず探すだけで一苦労だったのだ。
せめて、その労力に合う見返りが欲しいと思うのは贅沢だろうか。
(うーん、ちょっと勇み足だったかな)
ダンジョンでは時折、突発的な変事が発生する。たとえばマンドラゴラの大繁殖などが最たる例だ。最近たまに話すようになった「サンライト」のリーダーなどは、そうした変事を『イベント』と呼んでいるらしい。
果たして、今回の変事が自分たちにとって吉凶どちらの面を見せるのか。他のクランよりも先に見極めるべく、財前が音頭を取って探しにきたのだ。あくまで別動隊であり、本隊はリーダーの梶山筆頭に変わらず最前線の探索を続けている。
(……ん? これ、白紙じゃないな)
拾い上げた紙は、よく見ると薄っすら文字のようなものが裏映りしていた。
目を細めたところで読めやしない。
すかさず財前が検めようとした瞬間――
『クエスト:小鬼たちの哀歌が発生しました。〈小鬼の剣聖〉から果たし状が届いています。挑戦を受け付けますか?』
手の中で紙が光り輝き、声が聞こえた。
眼前に出現する光の板と、減りゆく刻限。
委ねられるは「はい」か「いいえ」の選択肢。
「うお、びっくりした」
「果たし状だぁ? 俺たちに喧嘩売るたぁいい度胸じゃねぇかよ」
「どうする、坊ちゃん先生。今はあんたがリーダーだ」
長くダンジョンに潜っていれば、多少のハプニング耐性くらいついてくるというもの。僅かに驚きこそしたものの、男たちは冷静だった。
財前もまた、落ち着いて決定を下す。
「正直、不確定要素が多すぎるうえに、時間制限まであるのが、いかにもこちらの判断を焦らそうとしているみたいで、気に入りませんが……。受けましょう。僕たちは池袋ハンターズだ。逃げの二文字なんて存在しない。それに今ならたぶん、一番乗りですよ。みんな好きでしょ? 一番乗り」
問いかければ「応」と声が返ってくる。
その声援に背を押され、財前は迷いなく「はい」を押す。
――途端、景色が一変した。
苔生した薄暗い洞窟から一転、薫風そよぐ青やかな平原に。
探索者たちは目を見開くも、声をあげない。何か異変が起きるのは分かっていたことだから。代わりに油断なく周囲へ目をやって、ほどなく『それ』に気がついた。
原っぱの中、ぽつんと置かれた丸い岩。
そこに軽装のゴブリンが胡坐をかいて座っている。どうやら瞑想していたようで、ゆったりと瞼を上げる。満月のような双眸が闖入者の存在を捉えたと思ったら、鷹揚に立ち上がり、腰の剣を揺らした。
『やれやれ、ようやくか。待ちくたびれたぞ』
「ゴブリンが……喋った……!?」
たとえ天地がひっくり返ったとしても、平静に対処してみせる。そう息巻いていた財前はしかし、ぽかんと口を開いた。他の面々も同じだ。平原に響く嗄れた声音に衝撃を受け、呆然と立ち尽くす。
そんな探索者たちを見下ろして、ゴブリンはくつくつと笑った。
『喋るとも。人を何だと思っている? まぁ、いい。俺に挑戦せんとする者は、どいつだ。まさか、お前たち全員か?』
「……そのまさかだ」
『ふむ。それは光栄だ、と言うべきか? それとも、戦士としての矜持はないのか、と問うべきか? いずれにしても』
ドン、と雷鳴のような音が木霊した。
それを知覚した時、既に姿は消え失せている。
『――不合格だ。出直して来い』
気がつけば小鬼の剣士が後ろにいて。
いつ抜いたかも分からない剣を鞘にしまい直すところだった。
(な、にが……起き、え?)
財前にとって幸運だったのは、たまたま仲間の影に隠れる位置に立っていたことだ。ゆえに、即死を免れる。思い出したように池袋ハンターズの男たちが倒れていく。いずれも胸や腹をばっさりと斬られ、致命傷だった。
「みんな……?」
『幸運、いや、この場合は不運か。安心しろ。すぐにお前も後を追う』
「……!」
血だまりの海に立って、しかし。
財前が選んだのは、逃げ出すことでも、喚きたてることでもなかった。
「【火矢】!」
『術師か。悪足掻きだな』
スキルの発動により、空に矢を象った炎が現れる。
その奇跡は〈火術師〉の基本技だ。速度にこそ優れるものの、威力は見込めない。仮に当たったところで、事態はちっとも好転しないだろう。今や〈火精術師〉にまで成長した財前が放つ手にしては、あまりにも頼りない。
もちろん、そんなことは百も承知だった。
「そうだね、悪足掻きだ。でも……有効かどうかくらい分かるさ」
『何?』
「火傷すら負わないなら、それは火が効く相手じゃないってこと。ちょっとでもダメージが通るなら、それは倒せない相手じゃないってこと。避けられたなら……それは相手が、僕の攻撃を恐れたってこと。倒せなくたっていい。傷一つ、つけられなくたっていい。少しでも情報を持ち帰ることが出来れば――――次に繋がる」
指折り数えて、言葉を紡ぐ。
ダンジョンではいつだって『次』がある。本当の意味で負けがあるとすれば、それは心が折れた時だ。進むのを止め、頭を垂れてしまった時、初めて敗北が訪れる。
財前の瞳には、頭上の【火矢】に負けないほどの闘志が燃えていた。
「だから限界まで……悪足掻き、させてもらうよ……!!」
クラン「池袋ハンターズ」のナンバー2にして、参謀役。
メンバー随一の知恵者にして、金庫番。
彼の仕事は誰よりも前に立ち、勇猛果敢に戦うことじゃない。誰よりも冷静に思考を研ぎ澄ませ、活路を見出すことだ。時に大敗しながら、その経験を次に活かし、幾多の階層を踏破してきた。
勉強が出来るか、出来ないか。
ただそれだけを物差しに生きて、逃げ出した自分に差し出された、荒っぽい手の数々。その恩に報いたい。胸を張って、自分も仲間だと誇れるように。財前は恐怖を押し殺し、毅然とした表情で前を向いた。
たとえこの場に未来などなく、殺されるのだとしても。
次の未来へ繋がる『欠片』を持ち帰ってみせるのだと。
『……なるほど。侮っていたのは俺の方か。非礼を侘びよう、術師殿。存分に足掻いてみせるがいいッ!』
「言われなくても!」
ごうごうと音を立て、炎の矢が走り出す。
それが開戦の合図となり――
ほどなくして、平原は再び元の静寂に包まれるのであった。




