天使さま、瞠目する
護衛艦リーヴァの甲板。
そこは発着場にも使われるためか、広く、片付いている。平時から船員が訓練に活用できるように、空気の充填や重力制御も行っているそうだ。
そんな場所に今、俺はジード艦長と向き合って立っていた。
これから決闘を行うためである。
周りを囲むゴブリン族のギャラリーたち。かれらは皆、一様に不安そうな表情を浮かべていた。耳を澄ませば、艦長の無事を願う声がたくさん聞こえてくる。
何も命の取り合いをしようってんじゃないんだから、そんな心配しなくても……。
俺は確認と、かれらを安心させるため、改めて『ルール』を口にした。
「勝敗はどちらかの〈障壁〉が壊れるまで。先に相手の守りを破壊した方が勝ちとします。異論はありますか?」
勝負に先立って、俺は自分と相手に防護の操霊術をかけた。一度だけ、どんな致命傷からも身を守ってくれる障壁を張ったのだ。実力を測るための余興であって、どちらかが怪我しちゃしょうがない。
「……いえ」
ジード艦長は既に集中しているらしく、僅かに声を返すのみ。
抜剣している俺と違って、剣は鞘に納めたままだ。
「これは貴方の、引いては小鬼種族の力を測るためのもの。従って、私が戦略級の術を使うことはありません。どうぞ……全力でかかってきて下さい」
神族として俺が気ままに力を振るえば、そも戦い自体が成立しない。
それこそ操霊術を使えばいくらでもえげつない勝ち筋を持っているのが俺だ。相手の空気を失くしたり、空に逃げて一生矢の雨を降らせたり。そうした術は全て封印し、ひとまず観察に徹するべく剣を構えた。
対し、ジード艦長は胸に拳を当て、一礼。
「シンクレア流、免許皆伝。剣聖――ジード・ラ・スタレイ……参る」
え、なにそれカッコイイ、俺もやりたい――と思った瞬間、ジード氏が消えた。前傾姿勢になり、柄へ手をかけた矢先のことだった。響く雷鳴のような音。
考えるよりも前に手が動いた。
「ッ……!」
首を守るよう、横に寝かせた刃。その上に小鬼の剣が降ってくる。
完全に受ける形になってしまったが、思いのほか力が載っていない。火花を散らしながらジード艦長ごと後ろへ弾いた。逆らわず、トントンと下がっていってくれる。俺は小さく息を吐き、目を細めた。
「震雷――初太刀を捌かれたのは何時ぶりでございましょうか。さすがに、お強い」
「……随分と手荒い挨拶ですね」
「恥ずかしながら、愚拙には剣しかありませんゆえ」
とんでもない速度の一撃だった。忘れたように背中で汗を掻く。
それなりに距離が離れていたと思うんだが、気がついたら目の前にいたぞ。まぁただ、動きは直線的で、予測が立てやすかった。俺ならギリギリ目で追えないこともない。何せ、もっと速い人を知っているから。
本気出すと、ゼル爺って『分身』するんだよな……。
本当に同じ生物か? あの人。
それと比べれば、軽い身体強化だけでもまぁ何とかなる。
「続けましょう」
「はい」
どちらともなく前に出て、剣を打ち合わせる。
どうやら先ほどの一撃は速度以外の全てを犠牲にする型だったらしく、変じて、ずっしりと重い手応え。鋭い踏み込みから放たれる一太刀を流し、斬り払う。それから数合打ち合って、確信した。
強い、間違いなく。ジード艦長は強者の部類だ。
もっとも、強さの定義をどこに置くかという問題はあるが。
「ふッ」
少なくとも俺のにわか仕込みの剣術とは歴が違う。
すり足のような歩法で距離感を狂わされ、閃く剣筋は一本一本が重い。
何とかなっているのは身体強化の操霊術によるゴリ押しであり――そう、本来ならいくら技量に優れていても、俺とまともに打ち合えるのがおかしいのだ。
小鬼種族の体躯、その身体構造から考えて。
空気を固め、至近距離で発射する。
即席の見えない弾丸だ。ただし威力はない。僅かにたじろぐ小鬼の剣士。
「ぬ、ぐ……!」
行儀が悪いことを承知で、その隙を狙って蹴り飛ばした。
が、防御が間に合ったらしい。障壁を割るまでには至らない。
「なるほど、力の根源はその剣ですか」
「……一生支剣、でございます」
「はい。納得しました」
稼いだ時間で解析が間に合った。ジード艦長が持つ剣。あれは操霊具だ。神族ではない人の身にして、霊子の加護を受けるための器具。どうやら身体強化の術だけが設定されているようだ。
しかし、その練度が桁違いと言っていい。
必要な時、必要な部位だけを瞬間的に補強している。神族と違い、無尽蔵に霊子を扱うことは不可能だから、限られたリソースを上手く分配しているんだろう。
言うなれば、目の前の小鬼は――――探索者の終着点だ。
レベルを上げ、肉体が強化された先に見える景色。
その頂に立っている。
ゆえに、同じ土俵で競り合えば未来はない。
「戦術を変えます。これにはどう対処しますか?」
小首を傾げ、空に無数の雷球を生み出す。
そこから次々に落雷が発生して、ジード艦長へ降り注いだ。
「活路は――前ッ!」
果たして彼が選んだのは、最初に見せたのと同じ力強い踏み込みだった。剣を鞘にしまい、俺の雷撃に負けない音を轟かせ、真っすぐこちらへ突撃してくる。
だが、それはもう見た。
俺は再び空気を固め、眼前に見えない盾を作り出す。
当然、ジード氏が頭からぶつかって、それでノックアウトになる計算だったが、
「っ、く」
野生の勘でも働いたのか、何なのか。
直前で気づかれ、跳び越される。
代わりにその体が無防備にも投げ出され、必中の稲妻が疾った。
「これで……決着です」
如何に剣の達人と言えども、宙に居てはどうしようもない。
踏ん張るための地面がないのだから。
完全な詰みだ。
俺は障壁の割れる音に耳を澄まし――
「う、おぉおおおおおおおお……ッ!!」
剣士の雄叫びが耳朶を震わせた、刹那。
神速の居合、そして落雷が剣先に沿い、捻じ曲がるのが見えた。
(操霊術を、斬った!? ……いえ、あれは)
斬った、というのは正確な表現じゃない。
正しくは弾いた、だ。それでも驚嘆に値する。
瞠目しつつも、俺の体はジード艦長の落下点に向かい走り出していた。
渾身の一撃を放ちもはや隙だらけの相手に向かって、斬りつける。
――ぱりん。
硝子が割れるような音。
俺の剣がジード艦長の障壁を破壊した証だった。
向こうもそれが分かったらしい。
受け身を取り、軽やかに地面を転がった後、流れるような動作でぬかづいた。
「……参りました」
「良いものを見せてもらいました。最後のあれは、奥義ですか?」
「は。その通りにございます。名を、破霊。ただし、御覧の通り使い手が未熟ゆえ、真髄には未だ遠く……」
確かに、受けきるので精いっぱいって感じではあったな。
それでも十分びっくりしたし、誇っていいと思うんだが、ジード艦長の顔には苦いものが浮かび上がっていた。
「……マジか、艦長ってあんなに強かったのか」
「お前知らないのか? 当代の剣聖だぞ」
「おやっさん、今の船に来てからは大人しかったしなぁ」
「そうか、今の奴らはあの扱きを受けてないのか……そうか……」
「俺たちが若い頃はなぁ――」
わいわい、やいのやいのと観衆が騒ぎ出す。
さっきまで皆して息を呑んでいたから、堰を切ったように言葉を交わし合う。
その様を見て、内心ほっとした。
何故ならジード艦長がゴブリンのスタンダードでなく、異常値だと分かったからだ。全員あのレベルで強かったら、ダンジョンに入れたが最後、蹂躙劇が始まるところだった。ほんのりゴブリン=戦闘民族みたいなイメージを抱きかけたけど、違いそうだ。
遠巻きに称賛されても、ジード氏は眉毛一本動かさない。
どころか、立ち上がって一喝した。
「お前たち、羽神様の御前だぞ! 静かにしないか!」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。それだけ皆の心に響いたということです」
「……は」
さて、ここで一度、目的を思い出すことにしよう。
どうして俺が艦長と戦うことになったのかといえば、それは船員を代表して、彼が小鬼種族の力を見せてくれると言ったからだ。
「結論から言いましょう。ジードさん、あなたの腕前は申し分ない。従って、あなたの麾下の者たちもまた、相応に鍛えられていると信じましょう」
「過分な評価、痛み入ります。どこまでお役に立つか分かりませんが、是非お使い下さい」
「しかし、惜しいですね」
「……?」
当初、俺が考えていたのは、ダンジョンで回遊しているゴブリンについて、探索者が条件を踏むと肉入りになって、ちょっと強くなるという仕組みだった。そのために護衛艦リーヴァの船員を借りに来たのだ。
ついでに霊子核を供与してあげれば一石二鳥だし。
お互いWin-Winの良い取引だ。
ただ、ジード艦長の実力が想定以上に高くて、少しばかり欲が出た。
「ジードさん」
艦長ともなれば、前に出て戦うことなんてほとんどないだろう。そも、航行中に害獣と出会ったら、主役は艦の武装であり、砲台だ。司令塔が剣を振り回すなど以ての外。
それは少し、勿体ないことのように思えた。
だから。
「その剣、今しばらく振るってみる気はありませんか? 私のダンジョンで――期間限定のイベントボスとして」
人差し指の腹を差し出して、提案してみる。
イベント名は、そう。
小鬼たちの哀歌……なんて、どうだろうか?




