天使さま、求人する
俺が今回ダンジョンに仕掛けたアップデートはずばり、「仲間モンスター」の実装だ。まだテスト段階だから対象を絞って、ゴブリンのみ、討伐した時に確率で加入イベントが起きるよう設定してみた。
その確率は誰でも一律ってわけじゃない。
たとえモンスターが、ダンジョンの中でだけ再現されるデータのような存在だとしても、仲間になった以上、大切にしてもらいたいというのが『親心』だ。それに道具と同じような扱いをされたら、ゴブリンのイメージが更に悪くなってしまう。
それじゃ本末転倒だろう。
だから俺なりに、仲間として迎えたモンスターが大事にされるよう、いくつか『仕掛け』を施させてもらった。
上手くいくかは分からない。ただ、やることをやったと思う。細工は流々、後は仕上げを御覧じろってな。とにもかくにも、成り行きを見守るだけだ。
そのため、結果が出るまで少し時間がかかる。ゴブリンのイメージアップを図るには、もう一つ二つ作戦を打ち出したいところ。
たとえば、そう。
「ジードさん。ダンジョンで短期間、労働者を募集しようと思うんです」
護衛艦リーヴァの船室で俺が問うと、
「……は、あ」
小鬼種族の艦長、ジード氏は目を瞬かせた。
その隣で、座らずに立っている副官のオブダイエンさんも、ぽかんとしている。
何故俺がこの二人に会っているのか。
それは少し相談……というか、力を貸して欲しいことがあったのだ。
前回、俺がジードさんを呼びつけたら、不幸な行き違いが発生してしまったので、今回は俺から赴いた形である。
フクレは置いてきた。この先の戦いにはついてこられそうもない――わけじゃなく、久しぶりに大規模アップデートを行ったから、一応ダンジョンに不具合が起きていないかチェックしてもらっているのだ。
お土産は何にしよう。
月の石でも拾って帰るか……。
「順を追って説明しますね。私の開拓事業、ダンジョンについての話です。以前、ジードさんには小鬼種族によく似たモンスターを採用している、と説明しましたが――そのモンスターの中に入って、探索者と戦ってくれる人が欲しくなりました。いってしまえば、そう。着ぐるみ俳優の募集です」
もちろんこれじゃ何一つ分からないだろうから、説明を足す。
「たかがゴブリン。そう油断している人間の鼻っ柱を折るのが、主なお仕事……といえるでしょうか。低層で、明らかに場違いなほどレベルの高い探索者がいたり、マナーの悪い人がいた時に出動してもらいます。ちょっとした治安維持ですね」
本当はもう一つ、ゴブリンがただの『やられ役』じゃないと知らしめる目的もある。というか、そっちが本命だ。
ただ話がややこしくなるので、ここは黙っておいた。
「いろいろお聞きしたいことはございますが、何故、そのお話を私めにされるので?」
「単調直入に言いましょう。貴艦の船員を貸していただきたい」
ダンジョンは秘密の多い職場だ。そこで働いてもらおうと思ったら、当然地球人は雇えない。必然的に異星人――地球から見て――が必要になる。その点、ゴブリン族は条件ぴったし。即採用だ。
「……羽神様の思し召しとあらば、否やはございません。しかし……その……」
ジード艦長が言い淀む。
いちいち聞かなくとも、彼の本音がどこにあるのかは分かっていた。
「この船は今、修繕作業の真っ最中。ゆえに手を貸すどころか、むしろ借りたいくらい。そうですね?」
「はい。お恥ずかしながら……」
「しかし全員が全員、整備士というわけでもないでしょう。あくまで、余力でいいのです。雑務の傍ら、訓練に身を投じる方がいるのなら、その時間を私に下さい。もちろんバイトという以上、報酬はたんまり用意しますよ」
言うなり、俺は操霊術を発動した。
差し出した手の平。その上に霊子を束ねるイメージ。くるくると光の糸が渦巻いて、球体を作りあげていく。音は無い。代わりにジード艦長たちの息を呑む気配が伝わってきた。
やがて生み出されたもの。それは、
「――この霊子核で」
翡翠色の大きな宝玉だった。
霊子核は、霊子文明における最もポピュラーな燃料だ。これがなければ霊子を用いた機構は動かせない。地球でも、ダンジョンのモンスターからドロップする謎のエネルギー結晶体――「魔石」として有名なそれ。
「現在、貴方たちはエネルギー問題を抱えている。だから、どちらにも益のある話だとは思いませんか?」
この間ジード艦長と話した時、生活物資は余裕があるものの、帰り道に必要な燃料、すなわち霊子核の残量が不安だと零していた。
まさか地球のお金を渡したってしょうがないし、連邦にある俺の口座は、冒険者時代に稼いだ通貨がちょびっと残っているだけだ。ほとんど全部、開拓のために使ってしまった。
応接机の上に霊子核を置くと、その形状のせいでコロコロ転がり出す。あわや床に叩きつけられるかと思いきや、オブダイエンさんが両手で受け止めてくれた。
間一髪、ナイスキャッチ。
「……凄い。こんなに純度の高いもの、初めて見ました」
そうだろう、そうだろう。腐っても俺だって神族だからな。
霊子核は、霊子を感応出来ない人類のために神族が生み出した「お助けアイテム」だ。文明が発達するにつれ、神族でなくとも霊子核を生産出来るようになったが、その品質差は比べるべくもない。天と地ほどの差がある。
神族が直接川に手を入れて水を汲むのだとすれば、それ以外の種族は無駄に長い柄杓を用意して、何百メートルも離れた場所から掬い上げるようなもの。しかし神族が皆、母星に引き籠もってしまった現代、迂遠でもその方法に頼るしかない。
俺からすれば、その辺でひょいっと採れる石と同じなんだけどな……。
「どうでしょう。悪くない取引かと思いますが」
「そう、ですな」
ジード艦長が考え込むように、机を人差し指で叩く。ただし俺を慮ってか音は鳴らさない。それから彼は副官の方を向いた。
「オビー、お前はどう思う」
「どう思う、と言われましても。まず『だんじょん』って何ですか?」
「……む」
ありゃ、てっきり説明済みかとばかり。俺に気を使って、口外しないでいてくれたのかな。ありがたいけど、それじゃ話が進まない。
俺はジード艦長と目を合わせ、頷いた。
「構いません。貴方の口から話してください。その方が理解も容易いでしょう」
「では、僭越ながら――」
ダンジョンとは、モンスターとは。聞く限り、ジード艦長の説明に間違いはない。淀みなく流れていく語りを聞いていると、自然、思考が別の方へ逸れていくのを感じた。
――霊子核は俺にとって、簡単に、いくらでも生産出来るシロモノだ。
正直、困っているんだったらタダであげたっていい。
そんなものを対価にゴブリンを働かせようだなんて、良いご身分だな……という考えが、一瞬でも頭に過ぎらなかったわけじゃない。
だが、しかし。
俺は知っているのだ。
タダという名の『施し』が如何に人を駄目にしてしまうのか、ということを。
あれは前世、中学生の時だった。
俺はその時分初めてMMORPGというジャンルに出会い、のめり込んだ。画面の向こうにリアルタイムで動くプレイヤーがいるというのは、当時のゲーム体験として既に珍しくもなかったが、チャットベースのコミュニケーションツールや広大な世界に惹かれた。
クエストでたまたま同道した人と意気投合。そのままギルドへ誘われ、あれよあれよとメンバーに。時間の許すままだべったり、突然狩りに出かけたり。今振り返っても楽しい一時だった……と思う。
なんで自信がないのかというと、そのすぐ後に問題が起きたからだ。
俺も中堅プレイヤーとして、少しは見られるようになったんじゃないかなという頃、ギルドに新規メンバーがやってきた。俺含め、歓迎する一同。その人はゲーム自体がまったくの初心者という、どうやったらこの世界に辿り着けたんだって人材だった。
俺たちは親切心から、いっぱいいろんなアドバイスをして、いっぱいいろんな装備やアイテム――俺たちからすれば型落ち品――をあげて、蝶よ花よと育てていった。毎日、どこそこへ狩りにいこう、なんて計画を立ててな。
そうしてその新人さんのキャラクターレベルが中堅クラスにまで成長した時、また新規メンバーがやってきた。当然、今度はそちらを育てていこうとなった……んだが。
この流れに、元新人さんが異を唱えた。
曰く「自分をないがしろにしている」と。
更には新しく入ってきた人を、みんなで依怙贔屓しているとまで言い始めたのだ。
もしかしたら、自分の居場所を取られたとでも思ったのかもしれない。
彼、あるいは彼女は、全ての導線を俺たちが用意してしまったせいで、どこの狩場にどんなモンスターがいるのかも、どんな装備を着ていけばいいのかも、果てはどんなスキルを覚えればいいのかさえ、人に聞かなければ分からない有様で。
多少、本人の資質もあっただろう。
けれど俺たちは、甘やかしすぎてしまったのだ。
可愛い新人から一転、毒を吐く怪物へと転身を遂げたそのメンバーによって、ギルド内の空気は最悪になり、崩壊した。
ほどなくして、俺はそのゲームを引退したのである――
以上の経験から学んだことは一つ。
時として、無償の施しは当人のためにならない。むしろ毒にさえなり得る。
だから霊子核もタダで譲渡せず、労働の対価として提示することにしたのだ。
俺は普通の神族と違うから、それがスタンダードだと勘違いされても困るし、もしかしたら変に気遣って、かれらの誇りを傷つけてしまうかもしれない。あと向こうからしても、交換条件として報酬をぶら下げられている方が、手を伸ばしやすいだろう。
まぁ俺、というか神族が生み出す霊子核の質を考えると、とんでもなく割のいいバイトになるんだが。それはそれで怪しいか……?
なんて悩んでいる内に話し合いが終わったらしい。
「……なるほど。良いんじゃないですか。最近ドンパチやったばかりとはいえ、こう停泊続きじゃ体が鈍っているヤツもいるでしょう。うちは血の気が多いですからね。それに見てください、おやっさん! 特級ですよ、コレ!」
何やら興奮した様子で霊子核を掲げるオブダイエン氏。
一方のジード艦長は相も変わらず表情が薄い。
「これも剣神様のお導き、か。そうだな――羽神様」
「決まりましたか?」
「大役、謹んで拝命いたします」
深々と頭を下げるジード艦長に対し、俺は首を振った。
「頼んでいるのはこちらです。そう畏まらないで下さい」
「いえ。貴方様がいらっしゃらなければ、我々は今頃当て所なく宇宙を彷徨っていたはず。ともすれば、既に破滅を迎えていたやもしれません。そのうえ帰途のはからいまで。……どうか愚拙を、恩知らずの愚か者にしないでやって下さいませ」
「ああもう! 分かりました、分かりましたから!」
たぶん俺より年上だと思う人に何度も頭を下げられるのは、こう、ムズムズするんだよなぁ。フクレといい、どうして皆こう堅っ苦しいんだ……。
「その想いはぜひ、ダンジョンで返して下さいね」
「はっ。しかし一つだけ懸念事項がございます」
「はて……?」
何だろう、労働環境についてかな。
大丈夫大丈夫。うちはホワイトだから。フクレ? あ、やー……俺はいつも止めてるんだけど、本人がワーカーホリックだからさ……。
「先ほど、御身は治安維持活動のようなものだとおっしゃられました。つまり業務にそれなりの腕前が求められるということ。果たして部下たちがその御眼鏡に適うか、一抹の不安がございます。さすれば――」
ジード艦長が顔を上げる。
満月のような瞳が俺という存在を映し出し、輝いた。
「船員を代表し、愚拙と一戦、剣を交えてはいただけませぬか?」
小さいとばかり思っていた体躯が、急に膨れ上がったように錯覚する。
漏れ出す気迫のせいだろうか。
その瞬間、俺の目の前にいたのは、紛うことなき『鬼』で。
――なんか、そういうことになった。




