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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
小鬼たちの哀歌

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111/122

旅は道ずれ、出会いは突然(ディートリウス)

 ダンジョンとは、よく分からなくて怖いもの。


 人に仇なす化け物どもの巣窟。まともな人間なら、まず近寄ったりしない。

 それがディートリウス・シャルマの抱く「ダンジョン観」だ。


 ダンジョン発生当初、彼はまだ中学校(セカンダリースクール)に上がって一年も経っていなかった。心配した母親に、危ないから見に行かないよう強く言い含められたのを覚えている。

 といって、たった一年半前の記憶だが。


 子どもからしてみれば、一年半は太古の昔だ。

 ディートの身長も10センチ伸びた。

 だから、というわけでもないだろうが――


「さすがに第一層はもう余裕……だね」


 少し前、ディートは探索者デビューを果たした。

 彼風に言うならば、まともでない人間になったのである。


 樹木が隙間なく、びっしりと林立した薄暗い迷路。濃い土の匂いがする床に、ゴブリンが一匹倒れ伏している。やがてその体はポリゴンに変わり、弾けた。跡地にころん……と翡翠色の石が転がり込む。

 一つ息を吐き、ディートがドロップ品を拾おうと屈んだ時だった。


「ギャッギャ……アギャ?」

「っ!」


 曲がり角から新手のゴブリンが現れ、目が合う。


「グギッ――」


 きょとんとする小鬼に対し、ディートの動きは素早かった。左腕に括りつけた小型の機械弓(クロスボウ)を標的に向け、トリガーを引く。真っすぐ飛んだ矢は狙いを違えず、ゴブリンの眉間に突き刺さり、屍に変えた。


 結果だけ見れば危なげない勝利だったが、ディートは額を拭う。


「……焦ったぁ。さっきの戦いで使わずにいて正解だったかも。ね、みんな?」


 振り返ると、そこには誰もいない。

 ただ半透明になった一つ目のライブカメラが浮かんでいた。彼はその向こうにいる視聴者に向かって話しかけたのだ。

 次いでコメント欄を呼び出し、目を落とす。


 “すごい! つよい!”

 “さすがは俺のシャルちゃんだぜ”

 “可憐だ……”

 “おいふざけんな! シャルちゃんはみんなのものだぞ!”

 “かわいい”


 ただいまの同時接続者数(しちょうりつ)は100人ほど。その割に勢いよく流れていくコメントに対して、ディートは苦笑いを浮かべた。


(戦闘後の感想が「かわいい」って、どうなのさ)


 普通は危機を脱して安堵したり、良かった動きを褒めたりするものだろう。間違っても可愛いだの可憐だのといった言葉は出てこない。


 もっとも、ここはイギリスダンジョン「鏡映しの時計塔」の第一層だ。出てくるモンスターなどノーマルゴブリンしかいない。ディートであれば余裕を持って倒すことが出来るから、視聴者も大して心配せずに見ているのだろう。


 そして、何よりも。



(……まぁ性別非公開にしてる僕が悪いんだけど)



 ディートリウス、もとい探索者「シャルル」の出で立ちは。

 誰がどう見ても、華奢で思わず守りたくなるような金髪碧眼の美少女だった。もともと小柄で、女顔。しかも声質まで中性的という完全体(パーフェクトボディー)にあって、ウィッグまでしているのだから質が悪い。


 彼の視聴者(リスナー)たちは、ダンジョンの謎だの、強いモンスターだのよりも、常に画面を占有しているキュートな探索者に夢中だった。


 何故、ディート少年が女装をし、あまつさえダンジョンに潜っているのか。

 そこには海より深い――わけでもない、微妙な理由があった。


 始まりは、ダンジョンが生まれてしばらく経った頃。

 セカンダリースクールの夏季休暇に突入した、涼やかな日のことだった。



 ◇ ◇ ◇



 夏休み。それは大部分の人間にとって涎が出るほど魅力的な響きだ。

 しかし万人が万人、そうじゃない。


 少なくとも12歳のディートリウス・シャルマ少年にとって、夏季休暇は可もなく不可もなく、どちらかといえば「悪い」に入る類のものだった。何故なら、家にいたところで聞きたくもない小言を聞かされるからだ。


「騎士の誇りを忘れるな。常に男らしくあれ」


 それがディートの父の口癖だった。


 なんでもシャルマ家は由緒正しい騎士の家系で、その名に恥じぬ生き方をせよというのだ。でなければ、ご先祖様に申し訳がないと。


 ――父親は、近所一帯の笑いものだった。


 もし本当にシャルマ家が代々続く名家なら、相応の苗字を持っているはずで、よしんば聞いたことがなかったとしても、労働階級に落ち込んでいる今、そんな過去など何の意味もない。第一、先祖が偉いならお前も偉いのか。

 誰もが呆れ、白い目で彼を見た。


 その子どもであるディートもまた嘲笑の的になったのは言うまでもない。


 親が子に、その子どもがまた友に。あいつの父親は騎士を自称する痛いヤツなんだと触れ回り、ディートの小学校(プライマリースクール)生活は最悪の一言だった。常にからかいの対象となり、教師までもがそれに加わった。


 もし彼が本当に名家の生まれだったなら、伝統ある全寮制の学校に入学していたはずだ。そうならなかった時点で、運命は初めから決まっていたのだろう。セカンダリースクールに上がったところで、状況は何一つ好転しなかった。


 遠巻きにひそひそと噂されるなんて日常茶飯事。

 わざと難しい問題を当てられ、答えられなければ「騎士として教養も大事だぞ」と嗤われたり。スポーツの時間、故意にボールをぶつけられ「悪い悪い、騎士道精神で許してくれよ」と煽られたり。段ボールのレプリカ剣がロッカーに突き立てられ、荷物をぐちゃぐちゃにされたこともあった。


 そんな学校にいたところで針の筵だが、その原因を作った父親の顔も見たくない。それに最近、いつもディートを優しく励ましてくれていた祖母が他界した。もはや家にも学校にも安住の地などない。

 ディートは自他ともに認めるほどのおばあちゃん子だった。


 そうして迎えた夏季休暇、案の定、彼は父親と衝突した。

 やれ騎士らしくしろ、男らしくしろと小うるさい人間にどう迎合しろというのだ。母親も度が過ぎれば場をとりなしてくれるが、別にディートの肩を持つわけじゃない。躾の一環とでも思っているのかもしれない。


 耐えて、耐えて、耐えて、耐え続けて。


 その果てに破裂したディートリウスは――気がつけばウィッグを被り、女物の服を身にまとっていた。生家から少し離れた、知り合いと出会いそうにもない街で。素知らぬ顔をして歩き回っていた。


 もし、当時の彼の心を分析(プロファイリング)するならば。

 恐らく「当てつけ」だったのだろう。


 騎士らしく、男らしく。

 そう嘯く父に対して、真反対のことをしてやろうと。

 そんな思春期らしい反発と、ちょっとしたいたずら心から生まれた奇行。


 しかし、その変装はあまりにも堂に入り過ぎていた。



「これが……僕……?」



 ショーウィンドウに映った姿は間違いなく「女の子」だった。


 おずおずと頬を触る少女。ディートだからこそ――12年間その体と寝食を共にしてきた彼だからこそ、違和感に気づけるが、それでも信じられない思いがした。実際、通り過ぎる人々は誰も奇異の目を向けてこない。

 ぞくぞくと、得体の知れない興奮が体を駆け抜けていく。


 それからだ。

 休日になるとディート少年が、()()()()をして外出するようになったのは。


 いつか誰かに気づかれるんじゃないかというスリルや、単純に自分をどこまで可愛く見せられるか、興味が湧いたというのもある。

 だがそれ以上に、今の自分じゃない誰かになれる――その一点に憑りつかれた。


 あくまで大衆の中にいてこそ、なのだ。

 自分だけがそれを見るなら、ただの一人遊びと変わらない。

 だんだん強く、激しく燃え上がる欲求に従って、もっとたくさんの人に『もう一人の自分』を見て欲しいと思うようになるまで、そう時間はかからなかった。


 ぱっと思いついたのはインターネット配信だ。

 しかし機材を揃えるお金がない。どうせなら高画質を載せたいから、安いウェブカメラなんてごめんだ。毎月のお小遣いは服や化粧品に消えていく。もちろん両親には内緒で。


 さて、どうしたものか――


「ねぇねぇ聞いてよ! アタシたち、ついに昨日ゴブリンウォーリアーを倒したの!」

「うん、配信見てたよー! すっごい恰好よかった!」

「でしょ、でしょ!? 今は知り合いくらいしか見てくんないけど、これから成り上がってやるんだから……!」


 教室を移動している際、不意に聞こえてきた会話。

 通り過ぎたようとしたディートの足がぱたりと止まる。偶然「配信」というワードが聞こえてきたからだ。


「あ? 何こっち見てんのよ」

「っ、ななな、なんでもない……です……」

「……チッ」


 名も知らぬクラスメイトに凄まれ、ディートは慌てて首を振った。

 悪い意味で顔の売れているディートだから、こんな扱いにも慣れたものだ。そそくさと立ち去って、息を整える。胸に手を当てながら呟いた。


「……ダンジョン、か」


 21世紀に突如として現れたファンタジー。

 ディートだって一人の少年(おとこのこ)だ。いくら危ないと言われても、興味がないわけではない。人並みにニュースくらい見ている。だからダンジョンに配信文化があることも知っていた。なんなら親に隠れて「D-Live」を覗いてみたことだってある。


 それに「禍つ星なる竜アリス・テスラ」との戦いは有名だ。

 明け方、まだ星の輝く頃に始まった大戦は、空が白み出す頃まで続き、眠気を吹き飛ばすほどの熱狂と興奮をイギリス全土にもたらした。


「僕も……やってみよう、かな」


 討伐戦を経て、ダンジョンに憧れを持った少年少女は多い。

 けれど。



「――元手無し(タダ)で配信出来る環境なんて、そうそうないもんね」



 ディートの動機は即物的で、同世代の人間に比べると少しばかり変わっていた。

 それも全て、もう一人の自分を世に送り出すため。


 初めての『変身』から既に一年が経過し、暦はまた涼しい夏を迎えようとしていた。



 ◇ ◇ ◇



 ディートがダンジョン「鏡映しの時計塔」に通うようになって、一か月と少し。


 その間、彼はソロの探索者として第二層まで行けるほどに成長した。平日は授業があるため、主に休日だけの活動、しかも一人であることを考えれば、非常に順調と言える。一番の目的だった配信活動も軌道に乗ってきた。


 今、ディート改め探索者「シャルル」が配信をつけると、平均で100人前後が見に来てくれる。顔ぶれは大抵同じ。シャルルの活動が休日の朝から夕方までに寄っていることから、固定客が居ついた形だ。

 かれらのお目当ては可愛らしい新人探索者を応援することにあった。


「ここからは慎重にいかないとね。みんな、しーだよ。しー!」


 鏡映しの時計塔・第二層。

 そこは第一層から続く樹木の迷宮だった。壁代わりに木々が隙間なく植わっている。もっとも、第五層を抜けるまでこの景色は変わらない。変わるのは罠の有無と、出てくるゴブリンの種類だけだ。


 “(は? かわいいかよ)”

 “(わかったよ、シャルちゃん!)”

 “(そういうシャルちゃん本人が喋ってるんだが?)”

 “(今絶対俺の方見てウィンクしてくれたな……)”

 “初見ですが、早速ノックアウトされました”


 いつ曲がり角から敵が出てくるとも分からず、唇に人差し指を当て、警戒を促すディート。その姿にコメント欄が盛り上がる。


(今日も初見さんがいるみたい。よし、良いとこ見せるぞっ。……あくまで無茶はせず、ほどほどに)


 新たな視聴者(ファン)獲得に向けて燃え上がる一方、ディートは冷静な心も持っていた。


 普通、無名の新人探索者なら配信の同時接続者数は一桁が普通だ。曲がりなりにも三桁のファンを持っている時点で、非常に『上澄み』と言える。その理由は第一に、外見のおかげだろう。

 一見すれば妖精のような美少女だ。サムネイルの時点から抜群の吸引力がある。


 それにディートは()()()()()()()()()

 探索者として強さを求めた結果、コーディネートを放棄した混合(キメラ)装備になっていないし、防御力が欲しいからと鎧を着こんだりもしていない。フェミニンな普段着の上に魔物素材の灰色パーカーを羽織り、前は開けている。


 そこに腰の小剣やベルトポーチ、ごつめのブーツ、左手に固定した小型の機械弓などの戦闘具が加わり、ぎゅっと探索者らしさを醸し出す。ディートなりに可愛さと実用性を苦慮した結果、行きついた折衷案(スタイル)だ。

 一般的な探索者と比べ、明らかに垢ぬけている。そんな『少女』が戦うのだから、耳目を集めて当然と言えた。


 ――だからこそ、一つだけ気をつけなければならないことがある。


 それは負けが許されないということだ。


 苦戦ならばしてもいい。

 けれど死に戻り(リスポーン)だけは絶対に駄目だ。

 視聴者が引く「放送事故」になってしまう。


(みんなが見にきてるのは、明るく楽しい僕だもんね)


 ディート自身、自分のファン層が一般的なそれと違うことをよく認識していた。かれらは新進気鋭の可愛い探索者が、時に凛々しく、時に危なっかしくダンジョンという異世界を冒険していくのが見たいのであって、泥臭い、血が飛び散るような映像を求めていない。


 もし「シャルル」が無残にもやられてしまうシーンを映したが最後、コメント欄は阿鼻叫喚に包まれるであろう。


 ゆえに、本来なら第三層に挑戦してみても良い頃合いにも関わらず、ディートはまだ第二層で足踏みしていた。堅実といえば聞こえはいいが、配信者として刺激が少ないのも考えものだ。


 飽きられる前に行動しなくては――と思案した時だった。


「……3体かぁ。ちょっと危ないけど、うん、狩ります」


 ディートの行く手にゴブリンが3体現れる。内一体は普通のゴブリンでなく、きちんとした剣を持ち、革鎧を着こんだゴブリンウォーリアーだ。近くに障害物がないから、隠れてやり過ごすことは出来そうにもない。


 ディートが気づくのとほぼ同時、向こうも戦闘態勢に入る。

 上位種のゴブリンウォーリアーに囃し立てられ、まず二体のゴブリンが駆けてきたが、


「ほ……っと」

「ギ!?」


 内一体の頭に投げナイフが突き刺さり、ポリゴンを撒き散らした。

 それからディートは冷静に機械弓を構え、もう一体の胸を射貫く。


「これで一対一、だね」

「グォオオオオッ!」


 ぺろりと下唇を舐めれば、怒りに駆られてゴブリンウォーリアーが突撃してくる。ディートは小剣を抜き、構えた。


 ただし、その刃で敵を迎え撃つのかと思いきや、まず彼が行ったのはポーチをまさぐることだった。空いた左手で薄い丸瓶を取り出す。中に黄色い液体が満たされ、てらてらと光っている。それをゴブリンウォーリアーの足元に投げつけ、叩き割った。


「これが大手食品会社の力……なんてね」

「……!?」


 黄色い液体の正体。それは油だ。

 即席の罠に足を取られ、ずるりと体勢を崩すゴブリンウォーリアー。


 ディートは軽やかに地面を蹴り、前に飛び出していた。

 小剣の刃が蒼い輝きを放つ。



「いくよ――【鎧通し(スティレット)】!」



 鋭く突き出した剣先が小鬼剣士(ゴブリンウォーリアー)の喉を貫く。

 鎧相手にも関わらず、ディートの小剣はするりとその守りを突破していた。すぐさま刃を引き抜き、相手から距離を取るのも忘れない。


 スキル【鎧通し】は防具を着込んだ相手に真価を発揮する、少し変わった攻撃技だ。腰蓑一丁のゴブリン相手に使っても、ただの刺突撃にしかならないが、ゴブリンウォーリアーのような敵が相手の場合、威力が大幅に増加する。


「ゴ……ガ……!」


 果たして、ゴブリンウォーリアーは両手で喉を抑え、二、三歩後ろに下がって見せたが、限界だった。すぐに体が崩れていき、ポリゴンに変わる。


 ディートは肩の力を抜き、一つ息を吐いた。


「ふぅ」


 これが探索者「シャルル」の戦い方。

 敵の数が多かろうと少なかろうと、まず中距離から襲撃し、接近戦に持ち込まれれば小道具を駆使する。今回は油だったが、他に煙幕や投網などを使うこともある。そうやって自分に有利な状況を作り上げるのだ。


 戦術として正しい一方、探索者のスタンダードではない。ちまちまと戦うより、レベルを上げ、スキルを振り回した方が手っ取り早いからだ。


 では何故、ディートが慎重に慎重を期し、週末は親にジムへ通っていると嘘までついて、その月謝を装備代金に充てているのかというと。


 一つはアイドル系配信者として、万一にも放送事故を起こさないための安全マージンを確保するため。

 そしてもう一つの理由は、ディートの職業(クラス)に起因していた。


 ――〈傭兵〉、それがディートリウス・シャルマの職業(クラス)だ。


 武器種の制限が他の戦闘職に比べて緩いうえ、覚えるスキルも遠・中・近距離と幅広い。様々な戦況に対応する力を持つ一方で、〈剣士〉や〈弓士〉などの一芸専門職に比べれば突破力に劣る。いわゆる「ハマれば強い」の典型だ。

 必然、装備もその戦い方に沿ったものとなる。


 初めてダンジョンに足を踏み入れた時。

 ディートは己に与えられた職業の名を聞き、思わず笑ってしまった。

 だって「傭兵」だなんて、こんなにも皮肉なことがあるだろうか。


『お前も俺も、偉大な騎士の末裔なんだぞ』


 そう言っていた父に聞かせてやりたい。

 ダンジョンはそれぞれに最も適した職業を与えるという。ならばこの身に流れる血は、騎士などではなく傭兵(ならずもの)に違いない。どうせ昔、騎士に憧れ、その名を自称した傭兵崩れのご先祖様でもいたんだろう。


 それにディートは昔から小器用な人間だった。

 特出した技能を持たない代わりに、何だって平均点を取ることが出来た。だからこそ、これという趣味を持てなかったのだが……。ともかく、そんな自分にぴったりの職業だと思ったのだ。


「僕の勝利です。ぶい!」


 ともすれば容赦のない戦い方を、コケティッシュな笑顔で打ち消すように。

 ライブカメラに向かってピースサインを掲げるディート。


 さて、視聴者の反応はいかほどかとコメント欄を覗けば――


 “シャルちゃん、後ろ!”

 “まだ! まだだよ!”

 “やばばばばば”

 “読んでる場合かー!?”


 いつも以上に流れの速い言葉の数々。


「え……――ッ!」


 予想していた反応とまったく違うことに思考が止まる。

 ただ、理解してからの動きは機敏だった。咄嗟に小剣を構え、踵を返す。



「モンスター湧き(スポーン)!? このタイミングで……!」



 気がつけば、ディートのすぐ傍で光が渦巻いていた。

 主にボス部屋で見られるその現象はモンスターが湧き出る合図だ。道中であっても、ごく稀にモンスターが『補充』されるタイミングに居合わすと観測出来る。つまり、イレギュラー中のイレギュラー。


(――どうする)


 左手の機械弓を装填し直している時間も、ナイフを拾いにいく暇もない。

 戦うなら小剣がメインになる。


 己の不運を嘆きながら、それでも思考の歯車を回し始めたディート。

 その眼前に、一匹のモンスターが顕現する。


 子どものような体躯に、緑の肌。

 くりっとした黄色い双眸と二本の小角。

 無手で、麻の服に腕を通したその存在の名は。


「……普通の、ゴブリン?」

「グァ!」

「はぁ~……」


 現れた小鬼が、まるで「その通りだ」とでも言うように鳴く。

 途端にディートは緊張が解けて、溜め息を吐いた。


(なぁんだ、心配して損した)


 そもそも、この階層にはゴブリンしか出現しないのだから、考えてみれば当然だ。ゴブリンウォーリアーじゃなかっただけマシだと思うべきだろう。そのうえ何も武器を持たされていないときた。

 これなら楽勝で勝てそうだ、と小剣の柄を握り込んだ――瞬間。



『モンスターが仲間にして欲しそうに貴方を見ています。連れていきますか?』



 ピロン、と電子音が聞こえた。


 レベルが上がった時や新しいスキルを覚えた時に、頭の中で響くそれ。

 次いで紡がれたお知らせ(アナウンス)は、ディートの理解を超えるものだった。あまりにも意味が分からなすぎて、声が右から左へ抜けていき、うっかり剣を落としそうになるほどの困惑。


 気がつけば彼の目の前には、コメント欄と同じような光る板が現れていた。


「はにゃ……!?」


 ホログラムに表示された「Y/N(はい・いいえ)」の文字列。

 その向こうで、ゴブリンが一心不乱にディートを見つめている。



「――グァ?」



 よく見れば、その個体は普通のモンスターよりも目に宿る光が理知的で。

 何となく愛嬌のある顔立ちに思えた。


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― 新着の感想 ―
───プロやなぁ
天使さまは定期的にサイレントアップデートしないと死ぬ病気だから仕方ないね
探索者「おいおい勝てそうにないからって仲間になりたいだぁ? みっともない真似してんじゃねぇ死ねよヒャッハー!」 みたいな感じで殺されるゴブリンさんが出そうw
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