天使さま、名作ゲーをプレイするⅡ
やらかした。完全にやらかした。
ダンジョンにおけるゴブリンの地位を変えてみせるだなんて空手形、どうして切っちゃったんだろう。でも、吐いた言葉は飲み込めない。やると言ったからにはやるしかないんだ。
問題があるとしたら、一切ノープランだってこと。
「うーん、うーん……」
あれから必死に頭を悩ませてみたけれど、ゴブリンを単純に強化するんじゃ駄目だ。そもそもダンジョンにおけるゴブリンは、最初の村を出た時に遭遇する敵みたいなもので、弱いからこそ価値がある。
誰でも倒せる存在でいなくちゃならないんだ。
もちろんダンジョンには通常ゴブリンの派生種がたくさんいて、まだ登場していないのも含め、探索者を苦しめているわけだが……。それらを低層に配置するわけにもいかない。バランスが崩壊してクソゲー待ったなしだ。
ドロップをちょっとだけ美味しくする、とか?
いやいや、それじゃ余計舐められるぞ――
「耕助ー? ご飯、出来てるわよー?」
「あ、はーい! 今行きます!」
頭を抱えながら唸っていると、母さんの声が聞こえた。
それもそのはず。俺は今、前世の実家へ晩御飯を食べに来ているのだ。
たまに顔を出さないと母さんが怒るんだよな……。親父も無関心そうな顔して、ぼそっと犬を引き合いに出しながら「コタローが寂しがってるぞ」とか言うし。まぁその、照れ隠しなんだろうけどさ。
ともあれ、リビングからキッチンへ移動する。
暖色系の丸い照明の下、大きなテーブルに母さんと親父が座っていた。最近、俺がいつ来てもいいように買い直したらしい。柴犬のコタローはエサ皿の前に行儀よく伏せ、ゆるく尻尾を動かす。
先にキッチンで待機していたらしいフクレが、すかさず俺の椅子を引いてくれた。
小さくお礼を言って、座りながら問いかける。
「匂いからしてカレーだろうなとは思ってましたけど、何カレーですか?」
「野菜カレーよ。もう毎日採れるんだもん。消費しなくっちゃ!」
『御母堂。皿はこちらでよろしかったか』
「あらフクレちゃん、ありがとう! 助かるわぁ」
勝手知ったる様子で、食器棚からサラダ用の小皿を取り出すフクレ。そのままグラスを持って親父の方へふわり。流れるようにビール瓶の蓋を開ける。
『御尊父。注ぎましょう。このくらいで?』
「……ああ」
薄緑色のクラゲが地球人へ、お酌をしている光景。
冷静に考えると凄い状況だ。最近週一くらいで見る光景だから、すっかり馴染んでいるけど。
やがてフクレも俺の隣へきて、みんなで手を合わせた。
山戸家は昔から、ご飯の時間は家族揃ってと決まっている。ずっとそれが普通だと思ってたけど、ある日龍二に違うと言われて、カルチャーショックを受けたのも今は昔。
「いただきます!」
秋野菜がごろっと転がるカレーを匙で掬って、ぱくり。
ライスに合う濃い目のルーがたまらない。カレーはどこで食べたって美味しいけど、やっぱり外食のカレーと家のカレーって違うんだよな。具体的に何が違うのか聞かれたら、評論家じゃないから困るけど。
その、香りとかとろみとか、隠し味がさ……。
違いと言えばゴブリンだ。
本物のゴブリンと偽物のゴブリン。
どうすればもっと後者の印象をアップすることが出来るだろう。
「耕助、ご飯の時くらいぼーっとするのはやめなさい」
「んぐっ!?」
「ほらもう、ちゃんと噛まないから。どうせまたゲームのこと考えてたんでしょ」
「や、ち、違いますよ! 今回は!」
確かに前世は、あのボスどうやって倒そうかなとか、あそこに隠し宝箱があるかなとか、次はどんな編成を試してみようかなとか、そんなことばっか考えてたけど!
「仕事です! 仕事のことでちょっと……悩んでいて……」
「ふぅん」
母さんが相槌を打つ。そのまま俺の方を見つめて、離さない。
こうなると白旗を上げるより他にないので、観念して口を開いた。
「……たとえば。たとえばですよ? 見た目や境遇のせいで、第一印象があんまり良くない人がいたとします。その人の周りからの印象を少しでも良くしようと思ったら、どうすればいいでしょう」
「そうねぇ」
変に混ぜっ返したりせず、母さんは頬に指を宛てて考える。
「その人の良いところをいっぱい書いて、配ってみるとか?」
「ううん……」
「親睦会を開いてみるとか」
「むしろ、逆効果になりそうです」
「そぅお? じゃあ、やっぱり挨拶よ。挨拶は大事だわ。毎日ちゃんとおはようって言ってあげれば、ちょっとずつでも良くなるんじゃない?」
ダンジョンで遭遇したゴブリンが、にたりと笑って挨拶してきたら、それはもうホラーなんだよな。一部の言語学者だけ狂喜乱舞しそうだけど。
母さんの、のほほんとしたご近所付き合いの秘訣に耳を傾けながら、唸る。
すると、それまで黙々と匙を進めていた親父がぽつりと呟いた。
「……知らないからじゃないか」
「え?」
「一つ嫌いなところを見つけると、他の些細なところまで、全部悪いように見えてくるのが人間だ。話してみれば、案外気の合うような相手でも」
ビールグラスの水面に、誰かの顔でも浮かべているんだろうか。
親父は目を落とし、またむっつり貝みたいに黙ってしまう。
「知らないから……」
ゴブリンの生態を詳らかにしたところで、侮る風潮がなくなるようには思えないが、一方で、何か重要なヒントをもらった気がして考え込む。
そもそも、どうなったらゴールと言えるんだろう。
弱いモンスターなりに、畏怖、あるいは尊重されるようにする……とか?
それって矛盾してないか。
思考の水底に沈もうとした俺の意識を、
「あ、そうだ耕助」
不意に、母さんが引きずり上げる。
「押入れの掃除してたら、またあなたのゲームカセットが出てきたのよ。家に置いといてもしょうがないし、帰る時に持っていってくれる?」
「そんなゴミ出しお願いね、みたいなノリで言われましても……」
「ふふっ。玄関の棚の上にあるから、よろしくね」
「はぁい」
俺の持ってたゲームは、大体ロゼリア号に移したつもりだったんだけど、まだ残ってたか。人から借りて遊んだタイトルもあれば、借りパクされたソフトもあるから、古いヤツだと記憶が曖昧なんだよな。
せっかくだし、帰ったらちょっと遊んでみるか。
冷えて、ぬるめになった最後の一匙を口に咥えながら、俺は生返事をするのだった。
◇ ◇ ◇
懐かしいロゴマークと起動音。
今となってはレトロゲームに数えられるゲーム機の電源を入れると、無事一発でついてホッとする。運が悪い日はまずここで躓くからな。接触不良か何か知らないけど、一生画面が暗いままだったり、タイトルが出てこなかったりするんだ。
さておき、オープニングのイントロ音楽が流れはじめ、口元を緩めた。
「わぁ……そうそう、こんな感じでしたね」
すぐボタンを押さず、8bitの響きに耳を傾ける。宇宙船――ロゼリア号の船内に広がるゲームの調べ。
果たしてこのリズムは妖精種のお気に召すだろうかと、隣に座ったフクレに目をやれば、画面でなくゲーム機の方を眺めていた。
『外部記憶媒体を使っている……ということは、古い機種デスか。それにしても、この装置の意味は一体……?』
ゲームは一人で遊んでも面白いけど、道連れがいればもっと面白いというのが俺の持論だ。だから時折、フクレに「英才教育」を施してるんだが、いつも最新機種を使っているから古いゲーム機が珍しく映ったらしい。
特に、今日のはちょっと変わってるしな。
据え置き機――テレビに繋いで遊ぶタイプの機種なんだが、そこに携帯ゲーム機のソフトを読み込むための、追加アクセサリーがくっついている。言うなれば、二段重ねのアイスクリームみたいなもんだ。
一見、謎の装置に見えるのもしょうがない。
「これは、本来このゲーム機で遊べないソフトも遊べるようにするための周辺機器です。これのおかげで、携帯ソフトを大画面で楽しむことが出来たんですよ! まさに革新的大発明!」
『は、はぁ……』
「といっても、私は直撃世代じゃないんですけど。早速始めていきましょう。お、データが残ってるじゃないですか。どれど……れ……」
セーブスロットに残っていたデータ名を見て、俺は固まった。
星マークがついてないことや、プレイ時間からして、恐らく未クリアのデータだろう。それはいい。特に小さい頃遊んだタイトルに関しては、エンディングまでいけたものの方が稀だ。それに、すぐ詰んで最初からやり直す癖があったし。
問題なのはそこじゃなく――
「……そういえば私、主人公は自分の名前にするタイプでした」
セーブスロットに燦然と輝く「こうすけ」の四文字。
は、恥ずかしい……! 想い出に耽るより先、むず痒さが湧いてきた。例えるなら、中古で買ったソフトに知らない子の名前でデータが残っていた、みたいな。
『それは、変わっていることなのデスか?』
こてん、とフクレが首を傾げる。
「いえ、まぁ、RPGってそういうものなので、別に変ってわけじゃないんですが……その……幼いがゆえの純真性というか、共感性羞恥というか……。うん、この話題はここまでにしておきましょう!」
物語の主人公を自分に置き換えるのは、小さければ誰だってする。なんなら、大人だってする時はする。でも成長するにつれ現実を知っていくと、どこかで置き換えることに限界が訪れるんだ。知らず線を引き、物事を俯瞰で見てしまう。
だから、素面だと昔の自分なんて直視出来るわけがない。それこそ、お酒の力でも借りなくっちゃ。まぁ俺はゼル爺に「飲酒、ダメ絶対」って言われてるけど。
閑話休題。
さすがに消すのはもったいないので、件のセーブデータを読み込んでみる。
「……あ、ああー。そういえば、こんなパーティーだったような……?」
『カクカクしてます』
「そうですね、カクカクです」
フクレにとってドットデザインのゲームは全部「カクカク」なので、適当に相槌を打ってメニューを呼び出す。すると主人公「こうすけ」の後ろに列を成していた、仲間たちのステータスが表示される。
いや、この場合は『仲魔』と呼ぶべきか。
「なんですか、これ。イベントで仲間になるボスばっかり! さては配合をサボってましたね、私……!」
『レグ様。これはどういったゲームなのでしょう』
「そうですね……。このゲームはモンスター育成型RPG、とでも言えば良いでしょうか。主人公は前に出て戦いません。戦うのは、このオトモの子たちなんです。まぁ見ていてください」
一事が万事、習うより慣れろだ。やりながら説明した方が速い。
俺は手持ちのパーティーでも問題なく無双出来る初期ステージに当たりをつけ、キャラクターをワープポイントに向かわせる。旅立った先で十数歩も動かせば、すぐ戦闘が発生した。
編成している三体のモンスターたちが、勇んで戦線に踊り出す。
「っと。こんな風に命令を出せば、戦ってくれるわけですね」
『なるほど。レグ様が前に見せて下さった「こまんどしきあーるぴーじー」と一緒デス』
「ただし、ちょっとだけ違うのは……アイテムからお肉を選んで、相手を餌付けしてから倒すと……よしっ。見てください、仲間になりました!」
倒したモンスターが起き上がり、主人公の傘下に加わりたいと申し出てくる。
選択肢は当然、イエスだ。
さすがに弱いモンスターだけあって、安い肉でもしっかり食いついてくれたな。
「このゲームの敵は皆、敵であって敵じゃないんです。潜在的に、誰もが仲間になる可能性を秘めている」
『ははぁ。つまり戦いながら仲間を増やしていくゲームなんデスね』
「ちっちっち。それじゃ半分正解といったところ。あくまでこれは下準備に過ぎません。本番はここからです」
アイテムを使い、一度拠点に帰還する。
そうして俺が向かったのは……。
「先ほど仲間にしたモンスターと、既に掴まえていた別種のモンスター。それぞれを選択し、配合してみましょう。すると……二匹のモンスターが消え、代わりに卵が一つ残されました。新たな生命の誕生です!」
『あの、レグ様』
「はい? なんですか」
フクレがひょい、と手を挙げるみたいに触腕をかざす。
『どちらのモンスターも卵生には見えなかったのデスが』
「……そこは、その。何かそういう奇跡だと思ってもらえれば……」
確か正確には交配してなかったんじゃないかな。
うん、そんな設定だった気がする。たぶん。
「と、とにかく! こうやって仲間にしたモンスターとモンスターを組み合わせ、力を受け継いだ、より強力なモンスターを作り……その子を育成して、また配合に使っていく。そうやって国一番の魔物使いを目指すのが、このゲームの目的です。ただ、長く育てた子は想い出もひとしおで……。配合すると消えちゃうのが悲しかったのを覚えています。ああ――だからこんなパーティーだったんですね」
カチカチとカーソルを動かす。牧場に預けられた、現在連れ歩いていないモンスターの中に、ちゃんとニックネームをつけた個体が散見される。たぶん、元々はこの子たちが一軍だったんじゃないだろうか。
で、配合するにも出来ず、代わりに最初からレベルが高い途中加入の仲間たちを連れまわしていた、と。
そりゃクリア出来ずに投げ出すわけだ。優しさは時に毒だぞ、「こうすけ」よ……。
「当時は攻略本も持ってなかったですし、どの組み合わせが良いかなんてちっとも分かりませんでしたねぇ。今なら攻略も余裕でしょう。どれ、弔い合戦といきますか」
『ワタクシも御供致します』
律儀にむん、と触腕を握るフクレを見て苦笑する。
考えてみれば、俺にも随分と愛らしく、そして頼りになる相棒がいたもんだ。
そのまま夢中になって遊ぶこと、小一時間。
ゲームシステムを理解したフクレと雑談交じりにプレイしていると、不意に話題がキャラクターデザインへと移った。
『そういえば、レグ様。ワタクシ、このモンスターたちを一部、どこかで見たことがあるような気がするのデスが』
「お、気がつきましたか?」
そう。このゲームを語る上でもう一つ、外せない大きなファクターがある。
それは魅力的で、キャッチーなモンスターデザインだ。
「このゲームに出てくるモンスターのほとんどは、以前フクレと一緒にクリアした『国民的RPG』の敵キャラクターなんですよ。いろんなナンバリングから出張してきているので、見覚えがない子もいると思いますが」
『フムム、道理で……』
「人によっては手抜きに映るかもしれませんね。ただ、これぞIPの有効活用。素晴らしいものは何度だって使うべきです。ファン心理からしても、過去作の要素をふんだんに盛り込んでもらえると――まぁ、程度がありますけど――嬉しいですし」
一個の作品として完結したゲームは美しく、記憶に残る。
けれど膨大な作品世界を背景に持つシリーズものも、時には良いものだ。一度その世界を好きになれば、いろんな扉が待っている。見慣れたキャラクターたちに手を引かれ、ジャンルさえも飛び越えて。
思うに、俺がハーヴェン族の知的財産でなく、地球産のゲームにこだわったのも、そうした想い出補正が強かったから……なのかもしれない。
「なんとこのゲームでは、各作の魔王まで仲間にすることが出来るんですよ。敵として恐ろしい相手だっただけに、味方になれば鬼に金棒。そりゃあもう、頼もしいことこのうえありません」
まぁ、小さい頃の俺はそこまでモンスターを作りきれなかったんだが。
そんな情けない過去をおくびにも出さず、自信満々に言葉を紡いだ。
「かつての敵が仲間になるという、逆転の発想。配合システムもさることながら、やはりこのあべこべさが面白さの秘密でしょう」
知っているからこその驚きや発見だってある。
たとえば、どの作品でも最初に倒される『最弱モンスター』が、実は育てきると、最強の技を会得したりとか――
「……あ」
気がつけば、俺の口はぽっかりと開いていた。
『レグ様? どうかされましたか?』
「そうか……そうですよ……モンスター、仲間、逆転、育成……」
知らないから嫌いに見える。
少し前、そう零していた親父の顔が浮かび、消えていく。
瞬間、俺の脳裏に天恵と呼ぶべきアイディアが浮かんでいた。
思考の迷路を抜け、暗雲が晴れる。まるで一本の月光が降り注いだかのような。今、俺には世界がきらきらと輝いて見えた。なんだか踊り出したい気分で、フクレの触腕を手に取って立ち上がる。
そうしてくるりと一回転。
「ゴブリンのイメージアップを図る妙案が思い浮かびました」
『ワ、ワワ……! レグ様!?』
どうしてこんな簡単なことがすぐ思いつかなかったんだろう。
一分前の自分を小突いてやりたい。
満面の笑顔を浮かべて、言った。
「名付けて――『昨日の敵は今日の友!? 目指せモンマス大作戦』です!!」
さぁ、久しぶりの大型アップデートといこうじゃないか。




